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短いですが
紅旗は梁麗においては皇家に祝い事があった時に限り掲げられる特別な旗であり、例え前皇帝が天に還った年や月であっても関係なく掲げられる。
無論、喪に服す期間であるならば、黒地に銀糸で縁取った黒旗が目立つようには配慮はしている。
その二つの旗を誰よりも感慨深げに眺めている人物がいた。
その人物は痩身でいながら官服の上からでも判るほど実践的な筋肉がしっかりとついており、髪はなんと皇帝である静覇と等しく白銀であり、瞳だけが紫水晶と讃えられるほど美しく澄んだ瞳の若き青年であった。
彼の名は 師美 廷樹。
梁麗の若き皇帝と容貌がどこか酷似している彼は、言わずと知れた現皇帝の異母弟であるが、生母が使用人ということで帝位争いを避けるため、今は亡き前皇帝によって梁麗国から追放された不遇の王子とされているが、それは勝手に周囲が思っているだけの事であり、事実は異なっている。
確かに彼の血縁上の父は今は亡きこの国の前皇帝ではあるが、彼の母は元はといえば生国から浚われてきた奴隷であった。
それが判明したのは、なにを隠そう廷樹の瞳の色である。
如何に幾つもの国々の王侯貴族と婚姻を交わそうとも、紫水晶と称される程の紫色の瞳を持つ国とは、梁麗国は望んでも出来ない環境にあった。
なのに、生まれた王子がその紫の瞳を持って生まれてきたことに皇帝は驚くと同時に、断腸の決断を下した。
彼はその日の事を今でも昨日の事のように思い出せる。
いつもは明るく朗らかに微笑んでいた母は、なぜか父の胸に縋り付き、声を押し殺し泣いていた。その間にも香り高い花茶が冷めてゆき、しっとりとした焼き菓子も乾いてゆく。それに気を落としながらも、廷樹は父に対し憤ってもいた。
何故母はこんなにも泣いているのだろうか。そして父は何故そんな母を突き放そうとするのか。
母は幼き頃の自分から見てもどこか不安定な人間だった。なれど、父といる時だけは安定しているように見えたからこそ、幼き日の彼は必死に兄を支えようと勉学に励み、母が父の傍に居られるようにと努力を重ねていた。
その頑張りの全てが否定されるのかと、子供ながらにどうにか導き出し、徐々に理解し始めた時だった。
『――明貴、そなたに想いを寄せたことは確かだ。だが余はそなたを私心でこの国に留めてゆくことは叶わぬのだ』
《何故ですか、陛下。わたしが、下女だからですか?あの子を、産んでしまったからですか?》
『――そうではない、そうではないのだ!!明貴!!』
そうして滔々と明かされた真実に、母は涙を流しつつも最終的には父の言葉を受け入れ、今回の葬儀には自身がこの地に赴きたい心を抑え、彼をこの地に遣わしたのだった。
「懐かしいな、ここは何も変わらない。いや、変わったのだろうな。あの兄上が后を娶られたのだからな...」
今は一応の為安全性を確保するために官吏の姿をしてはいるが、自分とて国へ帰れば国を中心で支える駒の一つでもある。
今回はその仕事上でも確実に役立つであろう異母兄の后との面会権をどうにかこうにか獲なければ、と思案していた彼は、まだ異母兄が娶った相手を知らなかった。
だからこそ、懐かしくもあり、切ない記憶が眠るこの地に足が運べたのかもしれない。




