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後宮の華は暁に咲く  作者: 麗明
第弐夜:散るは過去の想い
21/23

02

 ずらりと山のように積み上がっている上奏文は、釉妃からしてみれば多く思えるが、帝位に就いて数年の静覇からしてみれば少ない方だと言う。

 確かに今にも机上から崩れ落ちるのではないかという上奏量は膨大かもしれないが、これは【文字が読み書きできる民】の一部だけが行使できる訴えであり、読み書きも出来ない寒村の方へ目を向ければ、これらの量はほんの挨拶程度である。


「我が国は長らく戦の時代にあった。切っ掛けは愚かしきことだが、それでも今となっては民に悪いと思っている。戦は各々の家の重要な働き手でもある男手と子の命、女性としての尊厳を奪いかねないものであるのに、誰も戦を止めることは出来なかった」


 肩に羽織っていただけの上衣を后に羽織らせれば、頬を淡く染める。


 たったのこれだけのことで彼の后は幸福だと表情に出る。


 一体どれほどの間不遇の時代を過ごしていたのだろうか。

 人は不幸が過ぎれば人としての大切なモノを失うと言う。それが目に見えないものであるがゆえに気が付かれる可能性は著しく低く、また気が付いた時には手遅れであることが多い。


 釉妃はまさしく手遅れになりかけていた。

 静覇は救ってやりたいとは思わなかったが、立ち直らせてやりたいとは思った。これが同情であると言われようが構わない。

 同情の何が悪いのだ。

 情が湧かなければ愛も恋も感じ得られないだろうに。

 情の対局は無である。

 情があるからこそ嫌悪も感じるのだ。

 そこを間違えてはならない。


「ところで后よ、このような夜更けに何事だ」


 兵は何をしていると顰められた眉間はしかし、釉妃によって呆気なく均衡を崩し、次いで盛大な溜息を吐かせられることとなった。


「これは異なことを。わたくしは陛下の后であり、臣であり、民であり、妻でござりましょう? 夫の心配をしてはならないのですか?」


 首を傾げれば、さらりと艶を纏った長い髪がこぼれ、そのせいか白い首筋が露わになる。

 静覇はその無作為に晒された首筋に意識を奪われつつも、鋼鉄の理性で性の衝動を抑え込み、あくまでも自然に見えるように釉妃にかけてやった上衣の合せ目を整えてやり先に眠りに就くように促したのだが、敵は甘くはなかった。


「陛下は優しいのですね。普通は如何に同盟を組もうとかつての敵国の女は慰み者になるが常道。なれど陛下は私を一人の人として扱って下さる」


 ――でも、今のわたくしは一人で眠ることが恐ろしいのです...

  なにより、あのころのゆめをみてしまうのです


 それがどんなに恐ろしく、哀しく、辛いことか、きっと言葉を尽くしても説明できないと思いますと弱音を吐けば、若くして帝位に就き、父帝を失たばかりの青年皇帝は両目を右手で多い隠し、降参だと呻き声を漏らし、釉妃、――否、奏鈴を真正面から見据え、言い含めるようにゆっくりと言葉を紡いだ。


「奏鈴、俺とて男だ。そなたさえ夫君を想いきると言うのならば...、遠慮は止める」


 そら、まだ触れられるだけでまだ震えておるくせに。

 無理はするな、とにこやかに微笑めば、奏鈴と名付けた后は意を決したように制覇の胸元に飛び込み、彼にだけ拾える声量で、それでもいいからと青年の温もりを欲した。


 その夜、皇帝の後宮内にある私室には、甘くも切ない音色が夜が明ける頃合いまで響き、翌朝には久しく梁麗の国旗の一つである紅き旗が蒼天のもとではためき、民は皇家の祝福と安寧を心の底から祈願した。

 

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