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後宮の華は暁に咲く  作者: 麗明
第壱夜:敵国に咲く華
15/23

03

 ――皇后。


 その言葉を一言で表すのならば、《皇帝の影》であろう。

 皇后とは後宮に咲き乱れる数多の花々を統率し、時には皇帝の右腕として表の政治を肩代わりし、次代の皇帝の教育を担わなければならない立場にあり、個人である前に常に公人でなければならない。

 

 が、その代わり皇后となり得た女性は、権力と言う名の絶大な力を得る事が出来るのだが、大抵はそれらの力は正常に振るわれる事は無く、大抵は何を勘違いしているのか、歴代の皇后は国の国庫を傾ける傾向にあった。

 それ故に、異国からの和睦の証である釉妃が柳麗帝の皇后位に就く事は揉めに揉めたが、そこは莉迂国とは異なり、臣下や国民たちから絶大な支持を得て帝位に就いている皇帝によって、反対意見は捩じ伏せられた。


「――余の皇后は奏鈴である。これは勅命である。」


 梁麗では真名で名を呼ばず、字で名を呼ぶ風習があり、異国からの妃には、妃の声音が鈴の様に清らかに奏でられる事から、奏鈴そうりんと柳麗帝直々に名付けられた。


 それは当代皇帝の時代に置いては初めての事だった。

 皇帝直々に字を贈られると言う事は、それは即ち、皇帝から寵愛を得たと言う事である。

 

「陛下、その、お妃様とはもう、夜を共に・・・?」


 緊張感に支配された朝議の間に、その緊張と疑惑が込められた声が響いた時、その朝議に同席していた大臣たちの喉が鳴ったのを聞きながら、梁麗の皇帝である青年は苦笑しながら頷いた。


 そして・・・。


「皇后は実に従順な女性で、品のある愛らしい女性だった。――彼女なら次代の国母として相応しい。」


 静覇は昨夜の妃の様子を思い出し、内心哀れに思った。


 彼女を皇后位に就けるという事は、彼女には普通の女性としての幸福を諦めて貰う事が、他の妃よりも多くなる。

 それゆえ、昨夜は寝台を共にするだけにとどめようとしていた静覇の思いとは裏腹に、久しく自国の皇帝が他国から来たばかりとは言え、妃の一人と同衿すると知った年嵩の女官が妙に張り切り、釉妃の身体を隅々まで洗いあげ、芳しい花の香りの香油を刷り込み、仕上げにほぼ身体を覆い隠す用をなさない薄絹を羽織らせ、彼の部屋へ放り込んだのである。


 静覇もそこは男である。

 無防備な異性がいれば欲望が生まれるだろうし、現に釉妃に手が伸びそうになったところで、彼女の身体の細かい震えに気が付いた。


 そして思い出されたのは彼女の境遇だった。

 彼女は死産とは言え、一度己が腹に子を宿したことがあり、当代の絽王が帝位に就くまではそれなりに穏やかで、愛し愛された生活を送っていたという。

 それが何の因果か彼女の夫が王位争いに巻き込まれ、皇帝の位に就いたことで彼女の人生は途端に狂い始めたのではなかったか。


 それらを少しばかり思い出した静覇は、ぐっと己の欲を拳を力強く握ることで封じこみ、皇后位にと決めた女性を安心させる為に心を砕いた。


 ふるふると顔色を蒼褪めさせ震えている妃を、柔らかな寝台に座りながら手招きをして呼び寄せ、それに答えて慎重に歩み寄る懍砡に微笑みかけた。


『今宵は眠るだけにしよう。悪いがここ最近仕事漬けで疲れていてな。』


『で、ですが・・・』


『妃がどうしてもと望むなら応えないでもないが・・・?』


 にやり、とわざとらしく意地悪気に微笑めば、他国から嫁してきた妃は今度こそぶんぶんと顔を横に振り、静覇を薄らと涙の幕で覆われた瞳で以て睨み上げた。

 そして。


『陛下は意地が悪いのですのね、そう言う所は昔のあの方にそっくりですわ』


 ムッと、頬を膨らませ、ふいっと顔をそむけた彼女の横顔は、彼の心を容易に掻き毟ることが叶うほど切なく、憂いの色を帯びていた。

 

 静覇は、己の様子を見逃すまいとする臣下に瞬き一つで意識を戻し、皇帝として再度命じた。


「余は奏鈴を皇后に迎え、正式に莉迂国との戦の終結を宣言する。――これは政である」


 一個人としてではなく、梁麗の皇帝としての意志であるとのこの静覇の言に、彼を尊ぶ者たちは自然と頭を垂れ、是との返事を返していた。

 それにより、この日の内に梁麗国内外に、静覇が莉迂国の元昭媛・釉 懍砡こと、奏鈴を己の皇后として立后した事を宣言し多くの民により祝福された。


 


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