戻ってきた顔ぶれ
ネモの店を出たクロードは、王都の通りを抜けて学園へ戻った。
男子寮の自室に入ると、鞄からノートを取り出す。
机の脇には、普通鉄球と雷鳴鋼球が並んでいた。
「まずは、ここからだね」
二つの球を机の上に置き、紙片をそれぞれの丸みに沿わせて大きさを確かめる。
以前ゴルダに同じ大きさで作ってもらった球だが、重さには違いがある。
クロードは比べた結果をノートに残し、上から見た図の両側へ線を引いた。
球が少し動ける隙間と、それ以上進ませないための止め。
その先には、球が押した時だけ位置の変わる目印を考えている。
「……この幅も、ちゃんと決めないと」
球が動くと分かったわけではないし、目印が思ったとおりに働くかも分からない。
それでも、ネモに次に何を伝えればよいかは、前よりはっきりしていた。
クロードは二つの図を見比べ、まだ決められない箇所へ小さく印をつけた。
今日はそこでノートを閉じた。
◇
次の授業日、4年魔法組の教室には、いつもどおり話し声が広がっていた。
ラディス班やセリアナ班の生徒たちとも、すでに何度か顔を合わせている。
けれど、それぞれの遠征先で何があったのかは、まだゆっくり聞けていなかった。
クロードが席に着こうとすると、ザナトスがカイルを連れて近づいてきた。
「おい、クロード! 川の話、まだしてなかったよな!」
「ああ、約束してたね」
「やっと聞く気になったか!」
「お前が話しかける前から、クロードは聞くって言ってただろ」
カイルが横から言うと、ザナトスは振り向いた。
「そういう意味じゃねえよ!」
クロードが笑うと、ザナトスは満足そうに頷いた。
「俺たちの行ったところ、川がずっと見えるんだ」
「歩きやすかった?」
「最初はそう思ったんだけどな!」
ザナトスは机の端に指を置き、道を示すように動かした。
「ここが岸で、こっちに道があったんだよ」
「川に近い方は、平らに見えたんだ」
カイルが続けた。
「でも、実際に近づいてみると土が柔らかくて、足元が沈みそうなところもあった」
「だから、先へ行けそうに見えても簡単には進めなかったんだ」
ザナトスが言う。
「俺はもう少し見たかったんだけどな」
「みんなで通れないなら、別の道を探すしかないだろ」
「分かってるって!」
クロードは二人の話を聞きながら、丘陵地で木立の道を確かめた時のことを思い出した。
遠くから見て通れそうでも、近づくと足元の様子は違う。
「それで、どうしたの?」
「一度戻って、少し高いところを回ったんだ」
カイルが答えた。
「そっちは足を置く場所がはっきりしてたからね」
「結構遠回りになったけどな!」
ザナトスが笑った。
「それでも、川が曲がった先まで見に行けたぞ」
「へえ、面白そうだね」
「だろ? お前らの丘より大変だったかもしれないぞ!」
「また比べるのかよ」
近くで聞いていたノーゼスが笑った。
「気になるだろ、どっちが大変だったか!」
「行った場所が違うんだから、簡単には比べられないんじゃない?」
エクリアが言うと、ザナトスは少し考えた。
「……じゃあ、そっちの話も聞いてからだな!」
「それなら、まず私たちも聞きたいな」
少し離れた席からピアの声がした。
◇
ピアはミナのそばに立ち、机の上へ広げた紙を覗き込んでいた。
「ミナ、岩の多いところだったんだよね?」
「うん。思ってたより、歩く場所を選ぶのが難しかったよ」
ミナは紙の端を指で押さえた。
「岩なら、全部固いのかと思ってたんだけど……」
「違ったの?」
「小さな石は、踏むと動いちゃうところがあったの」
「そうなんだ」
ピアが少し身を乗り出した。
「平らに見える場所でも?」
「うん。だから、石の大きさだけじゃなくて、ちゃんと動かないかも見たよ」
ミナは指先で紙の上に曲がった線を描いた。
「レクシアたちとも話して、少し段差があっても足を置けるところを選んだんだ」
「私たちは木の根が多かったから、ちょっと違うね」
ピアは笑った。
「でも、通れそうだと思ったところへ行って、もう一度確かめるのは同じだったよ」
「そうなんだね」
ミナも少し笑った。
「帰ったら話そうって言ったの、覚えてたんだ」
「もちろん!」
ピアは頷き、自分たちが木立から街道へ出た時のことを短く話した。
何度も道を確かめながら歩き、七人で王都まで戻ってきたこと。
ミナは相槌を打ちながら聞いていたが、ふと表情を変えた。
「……ガレス、けがをしたんだよね?」
「うん。今も医務室で診てもらってるんだ」
ピアはそう答え、ガレスの席の方へ目を向けた。
いつもなら大きな声が聞こえる場所が、今日は静かだった。
◇
「そういや、ガレスはまだ来られないのか?」
ザナトスも、空いている席を見て尋ねた。
「けがしたって聞いたけど、どんな具合なんだ?」
クロードはザナトスへ向き直った。
「左腕の骨が折れてるんだ」
「……骨折?」
ザナトスの声が少し低くなった。
「どうしてそんなことになったんだよ」
「丘陵地で、ブラウンドラゴンに遭ったんだ」
ザナトスは目を見開いた。
カイルも、机へ置いていた手を止めた。
「ブラウンドラゴンって……あの大きな竜か?」
「うん。ガレスはその前脚が当たってしまって」
「ほかの皆は?」
カイルが先に尋ねた。
「グレイン先生も含めて、七人とも学園へ帰ってこられたよ」
クロードが答えると、カイルは小さく息を吐いた。
ザナトスはしばらく黙っていたが、やがてノーゼスを見た。
「お前も、ずっと一緒だったんだよな」
「ああ。ガレスはベンと俺で支えて帰ってきた」
「そんなに動けなかったのか……」
「自分の足では歩いてたぞ」
ノーゼスは首を横に振った。
「でも、左腕を揺らさないようにするのは大変だったな」
ベンも近くから頷いた。
「《ハイヒール》で痛みは少し楽になったけど、骨折は残ったままだったんだ」
「そっか……」
ザナトスはもう一度ガレスの席を見た。
「お前らが大変だったっていうのは聞いてたけど、そこまでは知らなかった」
「先生と医務室の人が診てくれてるから、今は任せてるよ」
クロードが答えた。
「いつ戻れるかは、まだ分からないけどね」
「……そうか」
ザナトスは一度口を結んだ。
それから、少しだけ顔を上げる。
「じゃあ、戻ってきたら本人にも話を聞くか」
「いきなり竜の話ばっかり聞くなよ」
カイルが言うと、ザナトスは眉を上げた。
「分かってるって! まず腕のことだろ!」
「それも、いきなり聞くつもりなの?」
エクリアの言葉に、今度はザナトスが言葉を詰まらせた。
ノーゼスが思わず笑った。
「ガレスの方から、先にしゃべり出すかもしれないぞ」
「……あいつなら、ありそうだな」
ザナトスも少し笑った。
ピアとミナが話を終えてこちらへ戻ると、ザナトスは川の道を曲がった先の話をまた始めた。
ミナも、自分たちが選んだ岩場の道について少しずつ言葉を足していく。
クロードはその声を聞きながら、教室を見渡した。
ラディス班もセリアナ班も、こうして無事に帰ってきている。
ガレスの席はまだ空いているけれど、いつもの教室では次の授業の支度が始まっていた。
「クロード、そっちの丘の話、まだ全部聞いてないぞ!」
ザナトスが呼ぶ。
「うん。どこから話そうかな」
クロードは顔を上げ、仲間たちの方へ向き直った。




