揃えるための1日
翌朝、朝食を終えてから昨日まで使っていた場所へ向かうと、頼んでいた鉛はすでに用意されていた。
これまで雷を落としてきた鉄と、屋敷にあったアルミ。そして新しく届いた鉛。
三種類が揃った。
今日は父さまではなく、ジルドが僕についている。
普段は父さまについている執事で、必要なこと以外はほとんど口にしない。今朝も父さまから何か言いつけられていたようだが、僕が何をするのか細かく尋ねることもなく、少し離れたところに立っていた。
僕は三つの金属を見比べる。
鉄とアルミと鉛。
光哲だった頃の知識では、それぞれ電気の通しやすさが違う。アルミは鉄より通しやすく、鉛は鉄より通しにくかったはずだ。
ただ、それがこの世界の雷にもそのまま当てはまるとは限らない。
だから確かめる。
そのために三種類を用意してもらった。
「……あ」
そこで、肝心なことに気づいた。
鉄とアルミと鉛をただ並べて雷を落としても、形も大きさもばらばらだったら、何が違いにつながったのか分からなくなる。
できるだけ同じにしておいた方がいい。
僕はこれまで使ってきた鉄を見る。
これを基準にすればいい。
そう思ったところで、また手が止まった。
「測ってない」
何度も使っていたのに、この鉄がどのくらいの大きさなのか、一度もきちんと測っていなかった。
今までは必要がなかったからだ。
「ジルド」
「はい」
「長さを測りたいんだけど、尺ってある?」
「ございます」
それだけ答えると、ジルドはすぐに動いた。
しばらくして持ってきてくれた尺を受け取り、鉄に当ててみる。
端を合わせて目盛りを追っていく。
「十二ミルス……」
光哲だった頃の感覚なら、三十センチくらいか。
次に厚さを測る。
「六ナルミルス」
こっちは十五ミリくらい。
『雷の記録』を開き、鉄の寸法を書き込んだ。
一辺十二ミルス、厚さ六ナルミルス。
今度はアルミと鉛を見る。
「これと同じにしたいな」
僕が鉄を指すと、ジルドは三つの金属を見た。
「加工なさいますか」
「うん。大きさと形をできるだけ同じにしたい」
「では、工房を手配いたします」
ジルドはそれ以上聞かなかった。
僕が『雷の記録』に測った数字を書き終える頃には、町へ出る準備が進んでいた。
相変わらず早い。
町の金属工房へ着くと、中から金属を打つ硬い音が響いていた。
熱気の混じった空気の中に、光哲だった頃にも覚えのある金属の匂いが混じっている。
思わず奥を見る。
鉄を見本にして、アルミと鉛を同じ大きさにしてほしいという話はすぐに通った。
一辺十二ミルス、厚さ六ナルミルス。
完全に同じにできるかは分からないが、できるだけ合わせてもらう。
話が終わると、僕の視線は自然と作業場へ向いた。
金属を加工している。
この世界では、どうやっているんだろう。
炉も見たい。
道具も見たい。
職人の手元も――
「坊ちゃん、そこから先は駄目だ」
足を向けかけたところで職人に止められた。
「火花が飛ぶ。危ねえから離れてな」
「あ……はい」
言われて作業場を見ると、確かに奥で火花が散っている。
分かっている。
分かっているんだけど。
見たい。
製鉄所にいた頃なら、安全を無視して作業場所へ近づこうとする人間を止める側だった。
五歳になったからといって、危険がなくなるわけじゃない。
むしろ逆だ。
「……見たかったな」
小さく呟いてから引き下がる。
隣にいたジルドは何も言わなかった。
職人が止めて、僕も下がった。それで終わりらしい。
加工にはしばらく時間がかかるという。
工房の前でずっと待っていても仕方がないので、その間、町を歩くことにした。
ジルドも黙ってついてくる。
通りにはいくつもの店が並び、人の声が行き交っていた。
何となく店先を眺めながら歩いていると、少し先に見覚えのある短い髪が見えた。
両手には野菜の入った籠を抱えている。
「あ」
向こうも僕に気づいた。
「クロード?」
「ミーニャ」
畑で出会い、啓示の日にも顔を合わせた同い年の女の子だった。
「何してるの?」
僕が聞くと、ミーニャは抱えている籠を少し持ち上げた。
「これ届けるの」
「野菜?」
「うん。宿屋さんの夜のごはんに使うんだって。ちょっと足りないから欲しいって」
「ミーニャが持ってきたの?」
「これくらいなら持てるもん。お父さんたちは畑にいるから、わたしが頼まれたの」
見ると、確かに大人が市場へ運び込むような量ではない。
籠ひとつに収まる程度だ。
「そうだ。畑、どう?」
僕が聞くと、ミーニャの顔が少し明るくなった。
「前よりいいよ。《緑恵》を使うと元気になるの。お父さんもお母さんも助かるって」
「やっぱり作物に効くんだ」
「うん。でも、いっぱいはできないよ」
「いっぱい?」
「何回もやってると疲れるの」
思わずミーニャを見る。
「どのくらい?」
「どのくらいって?」
「《緑恵》を使って、疲れるまで」
「わかんない」
即答だった。
「数えてないの?」
「数えてないよ」
ミーニャは不思議そうな顔をした。
考えてみれば当たり前かもしれない。
僕みたいに記録を取っているわけじゃない。
「この前ね、もっと元気にしたらいいかなって、いっぱいやったことあるよ」
「いっぱい?」
「うん。もうできないってなるまで」
「それでどうなったの?」
「次の日、すっごく体が重かった」
「次の日まで?」
「うん。朝もなかなか起きられなくて、お母さんに怒られた」
僕は思わず一歩近づいた。
「使ってる途中は? 急に動けなくなった? それとも少しずつ疲れて――」
「クロード」
「なに?」
「変なの」
「なんで?」
「だって、わたしが起きられなかった話なのに、なんでそんなに聞くの?」
「知りたいから」
「ほら、変なの」
ミーニャはそう言って、少し呆れたように僕を見た。
でも、これはかなり大事な話だ。
僕は雷を使うとき、父さまに止められてきた。
三回までだったのを五回までに増やしたときも、一回ごとに休んで身体の様子を見ることになった。五回使わなければいけないわけでもない。
だから僕自身は、魔力を使えなくなるところまで試したことがない。
ミーニャはそこまで使って、翌日になっても身体が重かった。
同じことが僕にも起きるとは限らない。
《緑恵》と雷は違う。
魔力量だって同じかどうか分からない。
それでも、わざわざ自分で限界まで使って確かめる必要はなさそうだ。
動けなくなるほど使うのは危ない。
「もうやってない?」
「やってないよ。次の日つらかったもん」
「そっか」
それで十分だった。
ミーニャは僕の後ろにいるジルドをちらりと見てから、また僕を見る。
「クロードは何してるの?」
「金属を加工してもらってる」
「金属?」
「鉄とアルミと鉛を同じ大きさにして、雷がどこに落ちるか比べるんだ」
ミーニャはしばらく僕の顔を見た。
「……変なの」
「また?」
「だって前は石だったのに、今度は金属でしょ?」
「石も調べてるよ」
「やっぱり変なの」
何となく納得がいかない。
でもミーニャに説明しても、たぶんまた同じことを言われる気がする。
ミーニャも野菜を届けに行かなければならないし、僕もいつまでも工房を離れているわけにはいかない。
「ミーニャ」
「なに?」
「また畑、見に行ってもいい?」
「いいよ」
「野菜がどうなったか見たいし」
ミーニャがじっと僕を見る。
「ほんとに野菜?」
「え?」
「石じゃなくて?」
一瞬、返事に困った。
畑へ行ったら、たぶん石も見る。
「……石も見るかもしれない」
「やっぱり」
ミーニャは笑った。
「変なの」
そう言って、野菜の籠を抱え直す。
「じゃあね、クロード」
「うん。またね」
ミーニャは宿屋の方へ歩いていった。
その背中を少し見送ってから、僕も工房へ戻る。
戻った頃には加工が終わっていた。
鉄を見本に作ってもらったアルミと鉛を並べてみる。
三つとも一辺十二ミルス、厚さ六ナルミルス。
見た目の大きさは揃った。
屋敷へ戻ると、今度は三枚の重さを測る。
鉄、アルミ、鉛。
同じ大きさでも、持っただけで違いが分かるものもある。
それぞれを順番に測り、結果を『雷の記録』へ書き足した。
寸法。
重さ。
金属の種類。
そこまで書き終えて顔を上げると、もう今から雷を試すような時間ではなかった。
「……今日は一回も使ってないな」
朝には三種類の金属が揃っていた。
でも、すぐに雷を使わなくてよかったと思う。
比べたいもの以外は、できるだけ揃える。
そのために測って、加工して、また測った。
途中でミーニャから聞いた話もある。
目の前には、同じ形に揃えた三種類の金属が並んでいる。
鉄。
アルミ。
鉛。
明日は、この中から二つを並べて確かめよう。
僕は『雷の記録』を閉じた。




