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エピソード0

彼らは浮いていた


最初に気づいたのは、チリのアタカマ砂漠に設置された超広視野望遠鏡だった。


2027年3月17日、観測主任のマリア・フェルナンデスは深夜のデータチェック中、異常な反射点を捕捉した。高度約400キロ——国際宇宙ステーションと同程度の軌道を、何かが漂っている。大きさは数センチから数メートルまでばらつき、形状は不定。ひとつの物体が時間とともに形を変えていた。


「デブリか何かでは?」同僚が言った。


しかしデブリはあんなふうに、自ら軌道を変えたりしない。


その「何か」は、地球の重力に従っているようで従っていなかった。普通の衛星なら速度と高度で決まる円軌道を描くはずが、彼らはまるで水の中のプランクトンのように、三次元的に漂いながらも、どこか意図を持った動きを見せた。


マリアはデータをNASAとESAに送った。返ってきたのは困惑と、わずかな恐怖を帯びた沈黙だった。


それから三ヶ月後、中国の「天眼」電波望遠鏡が異変を捉えた。高度を下げて対流圏にまで侵入する個体を確認。レーダーに映るその物体は、あらゆる既知の航空機や気球のパターンと一致しなかった。


中国当局は極秘裏に迎撃を試みた。戦闘機が接近し、パイロットは目視でそれを確認した。


「光ってる……いや、違う。光を放っているわけじゃない。周囲の空間が歪んでいる。まるで空気が違う密度で曲がっているみたいだ」


パイロットの言葉を最後に、通信はノイズに変わった。戦闘機は無事帰還したが、機体のデータレコーダーには「何か」が機体を通過した瞬間、すべての慣性センサーが一瞬だけ異常値を示していた。


反重力。


その言葉が初めて、極秘の報告書に記されたのはその年の夏だった。


人々はまだ知らなかった。彼らはすでに、私たちのすぐそばにいたのだと。


そして誰も想像していなかった——この浮遊する生命体をめぐって、人類はわずか十年で、自分たちの倫理も、身体も、そして未来までも切り売りすることになるとは。


あの頃はまだ、彼らをただ「観測する」だけでよかったのだ。


2035年、人類は思い出す。すべての過ちは、最初の一個体を捕獲した瞬間から始まったのだと。

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