番外編2 第二部へのプロローグ
パジャン村の山手にあるフランの家。
その裏を少し歩けば森がある。
鍛冶屋だった父と母が、
生きていた頃は管理をしていた森だが、
今はフランの練習場となっている。
今日も木々の隙間を桃色の閃光が走る。
風の音、足音、斬撃音だけが静かに響き渡る。
――ザッザッザッ
――斬っ斬っ!
葉が割れ、枝が折れ、大木には傷が残る。
フランは剣を持ちながら、
逃げる影を追っている。
「はぁ、はぁ、はぁ……
ちょこまかと良く動くのね」
ぽつりと呟く。
その言葉が聞こえたのか、
その影は一本の大木の前で立ち止まり、振り返った。
フランは千載一遇のチャンスと見て、
剣を影の首元に振り下ろした。
次の瞬間――
身体が固まった。
そして足元から石化していくのがわかる。
「なっ、なんで? 動けない!」
石化した足元から、ムカデや蛇など、
森に住む生き物が身体を這って上がってくる。
「うそっ! いやだ! どうして」
ムカデは胸元を通り越し、フランの首元までやってきた。
「虫っ……虫は嫌あぁー!」
断末魔のような叫び声をあげたフランの後ろに、
後鬼が立っていた。
フランの首元に手刀を向けて耳元で囁く。
「あなたには進歩がない……」
その直後、石化が解かれたフランは崩れるように膝をついた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
フランが追っていた影は――後鬼だった。
肩を落とす彼女を見下ろしながら、
後鬼はため息をついた。
「あなたは術師に対してめっぽう弱い。
直線的な戦いには絶大な能力を発揮できますが、
術師からすると赤子程度の弱さです。
Sランク最強の剣士が聞いて呆れます」
「も……紅葉(後鬼)が強すぎるのよ……」
「いえ、フランの戦術の無さに問題があります。
力任せで一本槍の戦い方は、前鬼と同じです」
「前鬼さんと同じなら、光栄よ……
彼の強さは、体術を使うものからすれば憧れてしまうほどよ」
「影に触れた途端に幻術にかかるようにしていました。
簡単に術にハマって、わたしに背後を取られている……
弱点に自覚を持って、改善していくべきです」
「……」
返す言葉がなかった。
確かに、対剣士などには絶対に負ける気がしないフランだが、
術を使う敵には苦手意識が先行してしまう。
「立ち止まったわたしを追い込もうと突進してきましたが、
あそこで岩の杭でも出されれば、あなたを簡単に串刺しにできました」
「……確かに……善処するわ」
フランはゆっくりと立ち上がった。
その際にも後鬼の小言は止まらない。
「一手先を読む剣士との戦いとは違います。
術師が相手なら5手先、10手先を読んで戦うのです。
前鬼のように相手の攻撃を恐れず戦うのは馬鹿のすることです。
彼にはつくづく呆れているのです……最近は本当に脳まで
筋肉でできているのではないかと思うくらいですから……」
「……紅葉」
「人間の中では、そのような馬鹿を脳筋と呼ぶようですね。
人間にも同じような者が存在するのでしょう。
脳筋とはおもしろい言葉を考えたものです。
知性が付くのなら、その言葉を考えた人間の爪の垢でも
前鬼に飲ませたいくらいです……」
「……前鬼さん、後ろにいるの知ってるよね?」
後鬼が後ろを振り向くと、
罰の悪そうな顔をした前鬼が立っていた。
「おや……前鬼、いらしていたのですね。
いつも言っていますが、黙って背後に立つのはやめてください。
うっかり殺してしまいそうになります」
後鬼が言い終わると同時くらいに、
前鬼はすごいスピードでその場を走り去って行った。
フランには気のせいか、
前鬼の目にはうっすらと涙が見えた気がした。
――鬼の目にも涙
その言葉がこの日誕生したとか、しないとか……。
「紅葉……言い過ぎなんじゃない……」
「そうですか……? 大丈夫でしょう」
「……」
「なんです?」
フランには気になっていたけど、
聞きそびれていたことがあった。
――それをフランはふと思い出した。
「ねぇ……ロキ坊は紅葉って名前知らないんでしょ?」
「はい。わたしからはお教えしていません」
「どうして?」
「聞かれたことがないですし……教える必要もないからです」
後鬼はいつも通り、淡々と答えを返した。
「紅葉ってさ……誰が名付けたの?」
「……さぁ、覚えていませんねぇ」
「ロキ坊と顔馴染みっぽく見えるんだけど、
いつ知り合ったの?」
「さぁ、覚えていませんねぇ」
「……」
2人の間に沈黙が落ちる。
「その話は……
今のわたしとフランの間に必要なことですか?」
「……少し、気になってて」
「あなたが気にすべきことは、
己の弱点に関してです。
今はそこに集中すべきでしょう……」
「……そっ、そうよね。ごめん」
さらに沈黙が落ちる――
「紅葉……」
「……はい?」
「……今日はここまでにして、
コーヒーでも飲みに戻ろっか?」
「……わたしはどちらでも」
「よし! 決まり!」
イルジョン島以来、
フランと後鬼のあいだには不思議な繋がりができた。
深く踏み込めない後鬼の雰囲気が気になるフラン――
鬼と恐れず接してくるフランに懐かしさを覚える後鬼――
この2人の物語もまた、
ロッキとフラン同様、これからも紡がれていく。
フランの質問に対する答え合わせ、
それはまた別の機会――
「焼き菓子はありましたか?」
「ヘヘっ、朝焼いたのがあるよー」
「そうですか……それは楽しみです」
2部へ続く
第2部の投稿を開始しています。
本編では語られなかった――
前鬼と後鬼の“過去”、そしてロッキの“正体”。
この物語は、まだ終わっていません。
むしろここから――
すべてが動き出します。
▶続きは
【第二部】処刑された最強呪術師、魔法世界で異端となる
〜鬼使いと閃光の剣士〜




