「遠い十連勝」
四人目の相手を倒したフレデリックはすっかり疲労困憊であった。戦わなくとも分かっていたが、戦ってみて分かったこともある。前者はまだまだ成長の余地があることを。後者は体力は既に尽き果てていたこと。今は、意地と根性でそこに立ち、新たな挑戦者を待っていた。
次の挑戦者は両手剣の木剣を担いで、余裕の表情で現れた。
「よぉ、小僧。午後のクラスは断念したようだな」
かつて午後一番に固執していた頃に手合わせしたことがある。セーデルクという戦士だった。無論、勝ったことは無い。
「そうだ。ここが俺の居場所だ。お前達が来るところじゃない」
フレデリックが言うと、セーデルクは笑った。
「荒らして悪いな、チャンプになれる近道と知れば俺達だって流れてくる。午前の部を賑わせてやっているんだから、感謝ぐらいしてほしいものだ」
「以前から午前の部は盛り上がっている。俺達がそうなるように努力したからな」
客席の方からフレデリックの名を呼ぶ声が聴こえた。
「確かに、頑張ったようだな。だが、悪い、この勝負は貰う」
審判が二人の会話が終わったのを見て声を上げた。
「第六回戦、フレデリック対セーデルク、始め!」
くそっ、身体が重い。
疲労困憊の身体に鞭を打ちフレデリックは相手の出方を待った。
セーデルクは六メートルの距離を警戒する様子もなく歩んで来る。
舐められている。この行動をそう取ったフレデリックは痛む足をこらえて駆け出した。
振り下ろした木剣はセーデルクに躱され、膝蹴りを腹部に食らった。
強烈な蹴りだ。これがプリガンダインより下の皮鎧だったら、その場で失神していたであろう。フレデリックはもろに吹き飛び、地面の上に倒れた。
体力がもう無い。午後一番の戦士達をここまで退けることに成功したのだ。それがその代償である。午後の戦士は歯ごたえがある。あり過ぎるほどに鍛えこまれている。
「俺は、まだ」
フレデリックは立ち上がった。
「つまらん試合だ。午前の意地もここまでのようだな」
その途端にフレデリックの脳裏をヒルダにカンソウ、デズーカの顔が流れた。
すまん、みんな、ここまでだ。
剣を構えるので精いっぱいであった。
その時だった。
「フレデリック君! ガッツを見せて! 頑張れ!」
ミリーの声が確かに聴こえた。
途端に、身体に熱が走った。
「おおおおっ!」
フレデリックは吼えると、剣を後ろに流して突撃した。
「はあっ!」
フレデリックの剣はセーデルクの剣にぶつかった。
「よしよし、良いぞ。華々しく散れ! フレデリック!」
両者は乱打し合った。どちらも同じタイミングで同じ場所を打っている。考えてなどいない。ただただ戦いの勘が赴くままにそうした。つまり攻撃は最大の防御という言葉をフレデリックとセーデルクは披露していたのだ。
高らかに鳴り響き続ける木剣の音色に観客達が声援を送る。
そして二人は同時に足払いを繰り出していた。
先に体勢を戻し打って来たのはセーデルクだが、フレデリックは転がってその背後に回り、必殺の一撃を振り下ろした。
だが、セーデルクのプレートメイルを打つ前に、相手は慌てて前進し、これを避けて振り返った。
「何だ。やるじゃねぇか」
セーデルクが不敵な笑みを浮かべて言った。
「負けるものかあっ!」
フレデリックは再び突進し、セーデルクに突きを見せると思わせ、側頭部に回し蹴りを放った。セーデルクはこれを屈んで避けて、突きを見舞った。
フレデリックはどうにか身を捻って避けて、セーデルクの背後に回り、その身体を包むように掴んで腹を反らせ、バックドロップを決めた。
「ぐうっ!?」
セーデルクの兜が鳴り、相手が呻きを上げる。
手を放し、立ち上がろうとするセーデルクの顔面に蹴りを叩き込んだ。
フレデリックは闘志の赴くままに戦っていたが、決して考え無しというわけでもない。セーデルクを弱らせなければ、自分は勝てない、自分の剣は決して相手に当たらない。そう考えていたのだ。
声援が疲労を麻痺させ、闘魂に炎を点ける。
セーデルクは学習したらしく転がって間合いを離して立ち上がった。
「野郎」
セーデルクが少々怒りの形相を見せた。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
セーデルクが突撃してくる。
怒りの突きをフレデリックは避け、手首を掴み身体を相手の懐に入れた。
そうして一本背負いを決めた。
会場が大いに沸いたが、フレデリックは倒れた相手を蹴るということを躊躇った。
「このぉっ!」
手を振りほどいてセーデルクが剣を薙ぎ払う。フレデリックは気付けば跳んでいて、ドロップキックを相手の顔面にぶつけていた。
「ふがあっ!?」
セーデルクが声を上げよろめく。
今こそ!
「喰らえ!」
フレデリックは思い切り剣を突き出した。が、セーデルクはそれを剣で籠手を打ち叩き落とした。
そしてその横っ面に大きな衝撃を受けた途端にフレデリックは暗い世界へと落ちていった。
2
フレデリックが目を覚ますと、誰かの顔が目に入った。
切れ長で少し大きな茶色の瞳。髪はピンク色で。
「ミリーさん?」
「フレデリック君!」
「ここは?」
「コロッセオの医務室よ」
「一般人が入れたのですか?」
「そこはヒルダさんに融通して貰ったのよ」
そうしてミリーが退くと皮の帽子を外した長い黒い髪の女性が現れた。
「そうか、俺は負けたのか。君もか?」
「ええ、二勝して終わりでした。試合の方ですが、セーデルクは過剰攻撃とされ、失格になりました。あなたは七連勝の記録を得たわけです」
フレデリックは思い出す。セーデルクは籠手を打った時点で勝ちだったのだ。それを顔を続けて打ってきた。
「七連勝よ? 凄いじゃない、フレデリック君! ヒルダさんに聞いたけど、みんな午後の戦士ばっかりだったって。強くなったんだねフレデリック君!」
ミリーが表情を喜ばせて言った。ヒルダが頷かなければフレデリックは十連勝せねば意味が無いとつまらないプライドを見せつけただろう。
「七連勝か。ありがとう、ミリーさん。試合の中であなたの声が届かなければ、格上相手にここまで来れなかった」
フレデリックが礼を言うとミリーはフレデリックの胸に飛びついた。
「死んじゃったかと思ったんだから……」
フレデリックの鎧下着に顔を埋める彼女は胸の中でそう言った。
とてもカンソウがどうなったのか、ヒルダに訊くことはできなかった。ヒルダの方もこっそり席を外してくれた。
「すみません、油断しました。もう不覚は取りません」
「うん」
二人はそうやってしばらく抱き合ったのであった。