「デズーカ覚醒」
結局のところ、午前の部で十連勝を納めた者はいなかった。つまりは午後のチャンプであるウィリーがコロッセオのチャンピオンということになった。
ダンハロウも去ったが、午後の部はカーラとウォーが新たに名を上げ始めている。午前の部はさっぱりであった。
「このままではまた午前の部から客足が遠のいてしまいそうですね」
午前の部を早々に終えたヒルダが言った。フレデリックもそれが心配だった。せっかく名が売れ始めて来たというのに、また無名に戻り期待外れだと言われそうだ。
俺は午後の戦士相手に七連勝をしたのだ。あれはまやかしだったとでも言うのだろうか。自分の手を見る。午後の戦士達から受けた剣撃の名残は薄れてはいなかった。
観客席に二人は居た。カンソウの姿は見ていない。今日は試合にも出ていないようだ。
客達が暇そうに次の相手を待っていた。
そうしてノッシノッシと歩いて現れた巨漢を見て、客達は溜息を吐いた。
そう、デズーカであった。片手持ちの長剣型の木剣を持ち、挑戦者として挑む。相手は一連勝中のルドルフだ。ルドルフと言えば、ダンハロウを闇討ちした咎で独房に入っていたのだが、どうやら刑期を終えたらしい。
「誰かと思えば、デズーカか。この裏切り者!」
ルドルフが罵るが、デズーカは巨体を涼やかに身構えた。
ヒルダと思わずフレデリックは目を合わせていた。あの短気者のデズーカが言い返さないどころか、あの図体でどこか品のある構えをするとは思わなかったのだ。観客達の中にもそれに気付いた者があちこちでいたようだ。
今、午前の部の賑わいを取り戻すにはデズーカしかいない。そう、フレデリックは思っていた。デズーカがダンハロウ老人を師と仰ぎ、どこまでの実力を身に着けたのかがやはり注目すべき点だ。
デズーカは長剣をまるで腰の鞘に収めているかのように構え直した。
妙な威圧感をフレデリックやヒルダ、勘の良い観客達は感じていた。
審判が両者を見て言った。
「第二試合ルドルフ対、挑戦者デズーカ始め!」
宣言と共にルドルフは両手持ちの木剣を振り上げて突進した。地鳴りと咆哮が轟くが、デズーカは剣の柄に手をやるだけで、未だ、鞘があるとでも言うような構えをしている。
「死ねぇ! ウスノロがあっ!」
ルドルフが跳躍し大上段に剣を振り下ろした時だった。
まるでそれは影だった。
風の音色とともにデズーカの手が動き、剣が凄まじい速度で放たれた。
それはルドルフの木剣を折りはしなかったが、押し退け、そのまま眉間に切っ先が衝突した。血が噴き上がったのを誰もが見た。
ルドルフは地面に倒れ起き上がらなかった。
死んだのか?
誰もが息を飲んでいた。
審判がルドルフの首のあたりを触り、頷いた。
「挑戦者デズーカの勝ち!」
客席は困惑の空気に包まれていた。フレデリックもヒルダもデズーカが短期間にあんな必殺の一撃を身に着けるとは思わなかった。
嘘だろう、あのデズーカが。
客達が囁く中、どこからか声が上がった。
「良いぞ、デズーカ!」
称賛の声だ。それに続き、客席はデズーカコールに溢れた。フレデリックとヒルダは困惑した目を合わせて、それでも笑みを交わし合った。
デズーカは四方に対して慇懃に頭を下げていた。
「前のデズーカじゃないみたいだ」
「ええ、礼節をも重んじるようになられたみたいですね」
デズーカは相手を一撃で次々破っていった。
気付けば十連勝し、チャンピオン戦にまで到達していた。フレデリックもそこまでのし上がったことが無いので、先を越されたことに怒りも嫌悪も無くただただ驚いただけだ。
ダンハロウさんは、どういう指導をしたのだろうか。
「なぁ、ヒルダ」
「何ですか?」
「君にも師匠が居たりするか?」
ヒルダは頷いた。
「私をここまで育ててくれた二人の師がいます」
「うーん」
「どうしたのですか?」
「俺も誰かに師事すべきなのかな……と」
観客達が沸き始めた。チャンプ、堂々とした偉丈夫ウィリーが入場してきたのだ。
噂話だが、ウィリーは場合によって片手の長剣か、両手持ちの剣かを選んでいるとのことだ。その意図は不明だが、今回は両手持ちの木剣を握っていた。
ウィリーは並みの人よりも大きな体躯をしていたが、デズーカは更に大きかった。
そのウィリーがまるで初めて自分より大きな人間を見上げているようだった。
審判が両者の間に入る。
「これよりチャンピオン戦を行う。チャンピオン、ウィリー対、挑戦者デズーカ! 試合開始!」
ウィリーがルドルフの倍以上もの吼え声を上げて剣を下段にデズーカへ突っ込んで行った。
デズーカはやはり鞘があるかのように剣を持ち、微動だにしない。会場の誰もがデズーカの一撃を見たいと思っているようだった。フレデリックも瞬きせず、その様を脳裏に焼付けんとばかりに凝視していた。
間合いに入った。
瞬間に凄まじい激突音が木霊した。
ウィリーの剣をデズーカの剣が押そうとしている。
観客達の中には、信じ難い光景だと言わんばかりに声を発する者がいた。フレデリックもであった。デズーカはもともと膂力はあったが、あのウィリーに片手一本で挑んでいる。
しかし、さすがのウィリーも負けんとばかりに押し始め、デズーカは左手を柄に添えた。
会場はデズーカとウィリーの半分に分かれて声援が送られていた。
「デズーカさん!」
ヒルダが隣で声を上げる。
「デズーカ! 踏ん張れ!」
フレデリックも慌てて声援を送った。
声援の波の中、デズーカとウィリーはまるで全力を懸けるように鍔迫り合いに挑んでいた。それはこの競り合いを制した者が勝者だと言わんばかりの神聖さの漂う競り合いであった。あるいはコロッセオ一位の膂力がこれで決まることだけは確かであった。
心臓がうるさかった。フレデリックもまたこの力比べに呑まれた観衆の一人となっていたのであった。




