第20話 少し怖がらせてみようと思う
「何だ?!誰だお前は!」
席を立ちこちらを睨みつける領主の弟と、剣を抜き構えるゴイル。
「面白い話してるなと思って。ちょっと詳しく聞かせてくれないかな?」
「ふざけるな!今の話を聞かれたのであれば、何者であろうと見逃すわけにはいかん、ゴイル、やれ!」
「はっ!」
こちらに向かってくるゴイル。
さらに領主の弟がベルを鳴らすと、近くに控えていたらしき数人の男達が出てきて領主の弟を守るように周りを囲む。
「えーと、素直に話してくれたら、捕まえるだけで許すけど」
斬りかかってくるゴイルを避ける。
「なっ……何だその速さは……」
斬りかかってきたゴイルだけでなく、部屋にいる全員がザワ、と緊張したようだ。
「うん、俺ちょっと人より速いし……」
スッとゴイルに近寄って、コツンと肩を小突いてみる。
「ぐぁっ……」
「力も強いんだ。痛い目にあいたくなかったら、大人しく喋った方がいいよ、領主の弟のゲイリーさん」
肩を抑えてくずおれるゴイル。
おお、痛そうだな……
「あのさ、俺もあんまり痛くするの嫌だからさあ…」
「何をしているのだゴイル!少し小突かれたくらいでそんなに……」
「回復します!おそらく骨が折れています!」
領主の弟ゲイリーを囲む男たちのうちの1人が回復魔法を使えたようだ。回復魔法がかけられたゴイルは、こちらを睨んでくる。が、その目には隠せない怖れが滲んでいる。
「ゲイリー様、この男は異常です……!お逃げください!」
「な、何を言う!たった1人の優男ではないか!少し強いかもしれんが、ここで放って逃げるわけにはいかん、話を聞かれているのだぞ!何とかしろ!ゴイル、お前は裏ギルド最強だろう!」
「ですが……!」
領主の弟に逃亡をすすめるゴイルだが、聞き入れてもらえないようだ。
「かわいそうに、すぐ回復されるなんてお前の仲間は酷いな」
なんか悪役っぽくなってきたな……と思いつつ、再びゴイルに近づき、同じ場所、肩を小突いた。
「っぐ、ぁ……」
「あ、もう片手と、念のため足もごめん」
「ぐああ……っ」
両肩を軽く小突き、両足を軽く蹴る。
おそらく折れたのだろう、動けなくなり倒れたゴイルは痛みにうめいている。
うう、俺がやったんだけど、痛そうで嫌だな……
まぁ、こいつはキースを脅して俺を攫わせた奴だし、ちょっぴり懲らしめたい気もするし、しばらく痛がっていてもらおう。
「さて、抵抗は無駄だと思うけど、話す気になった?素直に話してくれたらゴイルを回復するけど」
「ふ……ふざけるな!やれ!全員でかかれ!」
諦めの悪い領主の弟ゲイリーは、周りにいた数人……6人か、全員で俺を攻撃させることにしたようだ。
一気に向かってくる彼ら。後ろで魔法を唱えてるやつもいるな。さっき回復魔法をかけたやつは魔法使いだったのか。
彼らの横を通り抜けざまに、手首や腕を叩く。
いや、全く格闘技も剣も経験はないけど、相手の動きがスローモーションにしか見えないおかげで、避けて叩くくらいは簡単だ。
そしてこの身体のパワーは異常なのだ。
軽く叩いたら岩が割れたからな。
「ぐああっ」
「な……」
バタバタと倒れて行く男たちを見て、愕然とする領主の弟、ゲイリー。
最後に一番後ろにいた魔法使いもトンと叩いて倒し、ゲイリーに近づく。
「あ、あ、な、なんだ貴様は!」
腰が抜けたのか、床に座り込み後ろに下がるゲイリー。うーん、だいぶ怖がってくれたかな。
そう、気絶や眠らせるのではなく、ちょっと派手に倒してみたのは、ゲイリーを怖がらせて喋ってもらいたかったからなのだ。
「さて、質問に答えてくれるかな?」
「な、何を……」
「まずは」
ドガシャアアァァ!
「ルカああぁぁぁー!大丈夫?」
豪快に壁を壊して、外からライラが入ってきた。
ライラ、ここ二階なんだけど……壁……
「ルカ、何この人間たち!あっ!それが敵のボス?倒したい奴?!」
「ライラ、あの」
「ルカを殺そうとした奴……?」
「な、な、なん、なんだおま」
ドゴオォォォン!
ライラがゲイリーに近づき、床を踏み抜いた。
床に大穴があき、片足が穴に入りそうになったゲイリーはヒッ、と言っている。
豪快だなライラ……
「あの、これからそいつに話を聞くから」
「……まだ殺しちゃダメってこと?」
「そう、あ、でも素直に話してくれなかったら少し……」
「やめてくれ!話す!何でも話す!殺さないでくれ……!な、何なんだ!何なんだお前たちは!人間なのか?!」
ライラがゲイリーの首根っこを掴み、嫌そうにプラーンと床に開けた大穴の上に来るように吊るした。
「ヒイイっ!」
「ルカの質問に答えなかったら、手を離すから」
「わかった!わかったあぁ!」
なんか思ってた以上に酷く脅してる感じになったな……後ろでうめいてる男たちもいるし、サクサク聞こう。
「じゃあ、ゲイリー、王子を殺すよう依頼してきたのは王の弟だな?」
「はっ、は……はいい!そうです!」
答えをためらった瞬間に、ライラに首を掴む指を減らされて、いい返事になった。
「依頼の内容は?」
「魔の森で、王子が発見され、この町を通るから、城に戻る前に殺せと……」
「なぜお前が頼まれた?」
「面識があるのです、昔、こちらを訪れてくださって、弟同士ということで、意気投合しまして、その時に、私はこの町のことは何でも、裏のことも把握していますから、何かお困りのことがあればお役に立ちますと……」
「ふうん。この裏ギルドのボスはお前か?ここの領主は関わってるのか?」
「いえ、兄は、知りません……」
「本当に?」
「本当です!真面目な兄に嫌気がさし、私は裏に関わっていったので……」
「なるほど。ちなみに成功報酬は何だったんだ?」
「それは……王弟殿下から、この領地を優遇してもらえると……」
「優遇?お前が領主じゃないのに?」
「領主にも……遇すると……」
「王弟が王になった暁には、ってことか?」
「は、はい……」
「さっき、王弟の邪魔者がいなくなるとか話してたな。それは王がいなくなるってことか?」
「は、は……あの、はっきりとそう聞いたわけではありませんが、その、そのように受け取れる内容を使者から……」
「具体的に何を聞いた?」
「その、依頼人である王弟殿下の邪魔者が近いうちにいなくなり、王弟殿下はさらに上に登られると……そのために、懸念材料である王子のことを、しっかり始末するようにと……」
「近いうち、とは?」
「わ、わかりません、そこまでは……」
「どういなくなるかってことは聞いてないのか?」
「は、はいそれは、聞いていません……」
「ふうん……まあ、こんなもんかな?あ、あと、キースの家族を盾に脅したのはお前の指示か?」
「はっ、それは、私は詳しくは知りませんが、キースなるものが今回の王子の護衛にいることと、グラディの出身だと知らされ、使えるのではないかと……ご、ゴイルに伝えました!」
「うわ、お前それものすごい責任転嫁な感じがするけど……まぁ、だいたい聞けたかな。じゃあ、いいか。歯を食いしばれー!」
「は、はっ、えっ?」
「脅されたキースと、狙われた王子の恨み!くらえ!」
「うわああぁぁぁあああぁぁ!」
俺は拳を握りしめ、領主の弟ゲイリーに打ち込……む直前で寸止めした。だが、恐怖のあまり失禁して気絶してしまったようだ。
「えっ汚い!」
ライラが掴んでいた首をバッと離してぱっぱっと手を払っている。もちろん、空中に放り出されたゲイリーは下の階に向かって落下した。
うわ、それはちょっとかわいそうかもしれない、と思いギリギリで浮遊魔法をかけて下の階に降ろした。激突はしなかったようだがまだ気絶している。下の階は幸い空き部屋だったようだが、さっきから壁を壊したり床をぶち抜いたりしている音がうるさかったのだろう。宿泊客や店員らしき人たちが遠巻きにのぞいている。もしかして、ぽっかりあいた壁から外を見てみると、外にも野次馬がいる。
しまった、結構目立ってる……
いや最初に天井ぶち抜いた俺が悪かったのかもしれない。
「こ、これはどういうことですか?!こんなに宿を壊してどうしてくれるんだ!そ、それにこの方は領主の弟のゲイリー様では!なぜこんな、お前たち何者だ!」
この店の店長らしき人物が出てきた。やや恰幅の良いオッチャンだ。
「そいつは確かに領主の弟だけど、裏ギルドのボスでもある犯罪者だ。ここを拠点にしていたようだし、お前も裏ギルドの仲間か?」
「なっ、なんだって!裏ギルドなんてものには関わってないよ!」
「そうか、じゃあそいつを下手に庇わない事だな。これからしっかり調べてもらおう、領主は関わってないようだからな。あ、あとここの修理費は払うよ。幾らかな?」
「はっ、払ってもらえるんで?そりゃありがたいが……あんたは誰なんだ?」
「俺?俺は……王子の……守護者だよ」
「王子の?王子っていうと今この町におられるっていう……」
「そう、宿は違うけど。あー、こいつら引き渡すから、町の衛兵読んできてくれない?人数いるし、応援に王子のとこの騎士にも来てもらうから」
後ろでうめいている男たちをロープで縛る。この間から縛る様子をよく見ていたのでなかなか上手く縛れた。回復魔法で治して暴れられても困るので、悪いけどうめいていてもらおう。
ゴイルは酷いので縛った後、少し回復しておいた。
「えーとライラ、俺ちょっと一瞬向こうの体に行くから、この体見てて」
「え、うん、わかった、すぐ戻る?」
「うん、一言伝えるだけだから」
ライラの近くで壁にもたれて赤ちゃん王子の体に視点を切り替えた。