1.ハズレスキルは《糸》でした
「糸っ?」
「はい。《糸》でございます」
「それは確かなのか?」
「恐れながら。前例もなく、どうしてこのようになったのか……全ては神のみこころでございます」
「そ、そうか……」
なんとも言えない沈黙が落ちた。
今、僕の目の前でそんな問答をしているのは、ユルスラシア聖教会の大司教ジルク様と、僕の父親――ユルスラシア王国の宰相、ブルゲ・ラルシーア公爵閣下だ。
ちなみに、父のフルネームはめっちゃ長い。
ここは剣と魔法の世界、ダリオイア。
そして現在、五歳になった僕――テオのスキル鑑定が行われている。
その結果が、
《糸》。
「テオは何も心配することはないのよ」
母が僕の右隣で、祈るように手を組んでいる。
「そうだな。テオは私の自慢の弟だから」
左隣からは兄のカイ。
「かわいいテオは、お姉ちゃんが守ってあげるからね」
後ろからは姉のメイに抱きつかれている。
なんというか。
神聖な儀式のはずなのに、わや、である。
ただ、当の本人である僕としては――
スキルがあるだけでワクワクなんですけど。
もちろん、そんな内心は貴族子女スマイルの裏に隠しておく。
そう。
僕には前世の記憶がある。
だからこそ、剣と魔法の世界で『スキル』なんてものを授かったら、そりゃあ期待する。
たとえそれが《糸》であっても。
しかも表示は、
《糸》Lv.――。
……うん。
少なくとも、見るからに最強という感じではない。
騒めいていた聖堂も、やがて静けさを取り戻した。
「ふう。すまない。少々取り乱したようだ」
父の一言を合図に、家族のみんながいつもの外行き用の貴族スマイルを被る。
先ほどまでの光景は、どうやら無かったことにするらしい。
聖職者たちも似たようなものだった。
「ともかく、我が子がスキルを授かったことに変わりはない。これでテオも、神より役割を与えられた貴族の一人となったわけだ」
「はい。仰る通り、大変喜ばしいことでございます。聖教会を代表してお祝い申し上げます」
その言葉をきっかけに、その場にいる全員が手を組み、祈りを捧げる。
僕も、この日のために教わった通りにそれに倣った。
「さて、テオよ。少し特殊ではあるが、今授かったスキルを見せてみよ」
「はい。お父様」
来た。
スキルのお披露目だ。
兄のカイは鑑定の時、この場で剣を振ったらしい。
姉のメイは手のひらに炎を灯し、《大魔道士》としての最初の一歩を踏み出した。
貴族の子供は鑑定のあと、神と家族、そして証人となる聖職者たちの前で授かったスキルを披露する。
もちろん僕も、そのつもりだ。
「神のみこころのままに」
内心のウキウキを微塵も見せず、ゆっくりと深呼吸する。
「やはり神童……この歳にして、このように振る舞えるとは」
聖職者たちから感嘆の声が漏れる。
まあ、公爵閣下への忖度もあるに違いない。
そんなことより。
《糸》である。
糸。
糸といえば――。
やっぱアレでしょ。
僕は徐ろに右手を差し出した。
中指と薬指を折り曲げる。
そして。
『糸!』
手首を勢いよく反らした。
……。
…………。
ぴろん。
手のひらから、十センチほどの糸がこぼれ落ちた。
そのまま床へ落ちて――
消えた。
「へっ?」
静謐な聖堂にはあまりにも似つかわしくない声を、誰かが漏らした。




