観測された愛の証明
フラッシュの瞬く光と、ざわめきに包まれた大講堂。
壇上に立つ白髪の老人は、震える手で分厚い一冊の論文を読み終えようとしていた。
『――世界中が恐れたその魔王は、誰よりも優しく、健気で、ただ床を磨き、美味しいお茶を淹れるだけの、自己評価の低い雑用係だったのだから』
恩師である偉大な量子物理学者が遺した、その御伽噺のような一文。
静まり返る講堂の中で、老人は論文の「最後の1ページ」をめくった。そこには、物理学者による『追記』が記されていた。
老人が、ゆっくりと代読する。
『なぜ私が、長い歳月をかけて「量子力学による神と悪魔の観測」などという途方もない研究に没頭し、あの時代の一つの歴史を例に出したのか。
――それは、歴史書において「魔王と相討ちになって死んだ」とされる二人の英雄の最期が、国によって捏造された嘘であることを、誰よりも確信していたからだ』
スクリーンに、一枚の古びた絵画が映し出された。
それは、どこかの湖畔の美しい洋館の前で描かれたものだった。
『この世界には、神の愛も、悪魔の誘惑も、確かに存在した。
そして、その強大すぎる二つの力をたった一人で背負った少年は、世界を滅ぼす代わりに、不器用で、愛が重すぎる二人の女性によって……ただの幸せな「夫」へと変えられたのだ』
スクリーンに映る写真には、少しサイズの余ったシャツを着て、照れくさそうに笑うエメラルドグリーンの瞳の青年が写っていた。
彼の両隣には、銀色の髪の美しい騎士と、おっとりとした微笑みを浮かべる聖女が、競い合うように彼にぴったりと密着している。
そして――彼女たちの腕の中にはそれぞれ、産まれたばかりの小さな赤ん坊が、大切に抱かれていた。
老教授の声が、講堂に響き渡る。
『彼らは世界を捨て、歴史から姿を消した。
しかし、彼らの紡いだ愛の結晶は、確かにこの世界へと受け継がれている。
――この偉大な量子物理学者の名は、アルバート・ヴァン・クロイツ。
彼らが残した、魔王と英雄の血を引く末裔であり、私の誇り高き恩師である』
大講堂が、割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。
写真の中で笑う三人の幸せそうな姿は、全能の神でも、恐ろしい悪魔でもなく――ただひたすらに、純粋な『人間の愛』の美しさを、いつまでも後世へと証明し続けていた。




