⑦
バルガルド王国は魔法を己の欲のために使い過ぎてしまった。
だから四十年しか経っていないにもかかわらず、魔法樹が枯れてしまったと教えてくれた。
本来なら短くとも百年は恩恵を与えてくれる魔法樹。
前例がないため、クリストフや教会の人たちは魔法樹が枯れてしまうとは夢にも思っていないのだろう。
それにさすがにローズマリーが死んでは困るのか、魔法樹が回復しなくても水とパンだけは与えられる。しかし飢えは凌げない。
大司教たちやミシュリーヌも怒っていたが、ローズマリーの中に沸々と溜まる怒り。
空腹によるローズマリーの精神をどんどんとすり減らしていく。
魔法樹は毎日懸命に実をつけてローズマリーを守ろうとしてくれている。
それが日に日に小さくなっているのを見て心が痛くなる。
そんな時、夢の中で魔法樹があることを教えてくれた。
『もうすぐ新しい命が芽吹くはずだ。ローズマリーの力に惹かれてやってくる』
「わたしの力に……?」
『魔法樹にとってローズマリーの力は心地いい。ローズマリーがいてくれれば次の魔法樹も長生きするだろうが、この国にいてはワシと同じことになってしまう。どうしたものか……』
ローズマリーが眉を顰める。
つまりバルガルド王国の貴族たちが使い方を改めない限り、同じことの繰り返しになってしまうのだろう。
『ローズマリー、その子を守ってはくれまいか? あわよくば、ここではないどこかに……』
ローズマリーは魔法樹の言葉に頷いた。
「またあなたに会える?」
『ああ、会えるとも。いつかはわからないが必ず……』
「……っ」
『泣かないでくれ、ローズマリー。それとワシの名前は──』
目が覚めるともう魔法樹の声は聞こえなくなっていた。
もう日が日が高く昇っているようでステンドグラスが太陽の光で眩い光を放っている。
ローズマリーが上を見上げて魔法樹に触れてもいつものように答えてくれるような反応はない。
(クロムさん……あなたを救えずに申し訳ありません)
まるでクロムの旅立ちを見送るように、キラキラとした光が降り注いでいる。
光が当てられた場所に視線を移す。
ふと魔法樹の根の部分、ローズマリーの隣に赤ん坊が寝ていた。
風もないのにアイスグリーンの髪がサラリと流れている。
生まれたことを祝福されているようだと思った。
「この子は……クロムさんが言っていた〝新しい命〟でしょうか」
クロムと話していた通りだとしたのなら、この赤ん坊の正体がすぐにわかってしまった。
(間違いありません。この子は新しい魔法樹です……!)
そうわかった瞬間に『この子だけは守りたい』と強く思った。
どうにかしてバルガルド王国を変えたい、魔法樹を守りたい。
今までは食べ物にだけ執着して、周囲に流されるままだったローズマリーは意思が芽生える。
(わたしが動けば、新しい魔法樹を救うことができるかもしれません……!)
ローズマリーが空腹を忘れて何かを成し遂げようとするのは初めてのことだった。
もしもこれ以上、魔法樹を苦しめるのであれば、魔法樹を連れてどこかに行こうと決意する。
葉が揺れなくなった魔法樹、クロムは今から少しずつ枯れていくのだろう。
ローズマリーは赤ん坊を抱え上げた。
大聖堂からなんとか出してもらえるように頼もうと思っていると、何やら周囲が騒がしい。
バンッと乱暴な音と共に扉が開くと、そこにはクリストフとミシュリーヌを筆頭に貴族たちが列を成しているではないか。
嫌な気配を感じたローズマリーは赤ん坊を隠すようにクロムの根と根の間に置いた。
「ローズマリー、ミシュリーヌを騙していたとはどういうことだ!?」
「……何のことでしょうか」
「とぼけるな! 我々から魔法を奪うとはどういうことだ! この件のことをすべてミシュリーヌやルレシティ公爵から聞いているっ」
「……っ」
すべてを知っているローズマリーから見れば魔法樹を奪ったのは欲深いバルガルド王国の貴族たちの方だ。
(許せません……! ですが、この子のためにもバルガルド王国を変えていかないといけません)
ミシュリーヌやルレシティ公爵が、クリストフに何を吹き込んだのかはわからない。
だがローズマリーより魔法樹のことをわかっていないのだけは確かだ。
今朝からバルガルド王国の多くの貴族たちは完全に魔法が使えなくなってしまったらしい。
ルレシティ公爵とミシュリーヌは自分たちが責められないように、すべての責任をローズマリーに押しつけるつもりのようだ。
ローズマリーに向けられる罵声は聞くに耐えないものだ。
「聖女ミシュリーヌ様の力に嫉妬してこんなことをするなんて……!」
「国母に相応しくない! 何故バルガルド国王はこんな悪女をクリストフ殿下の婚約者に選んだのかっ」
「魔法樹を弱めた大犯罪者め……!」
教会の大司教たちもローズマリーを守るどころか、貴族たちの勢いに押されている。
ミシュリーヌが聖女だと思っている司祭たちもいるため、誰もローズマリーを庇う者はいなかった。
今、ローズマリーは魔法樹を弱めた犯罪者でしかないのだ。
(嘘をつくなんて許せません……!)
ローズマリーが反発するために声をあげようとすると、背後から赤ん坊の鳴き声が聞こえた。
その声を聞いて、ローズマリーはすぐさま赤ん坊を抱え上げる。
あやすように背を叩くと次第に鳴き声は収まっていく。
ローズマリーが赤ん坊が泣き止んだことで、ホッと息を吐き出した時だった。