⑥
彼らはうまくいかない苛立ちをぶつけるようにローズマリーから食事を奪って苦しめる。
ローズマリーは真っ暗な大聖堂で空腹に震え、魔法樹に寄りかかっていた。
ぐーぐーなるお腹を押さえながら耐えるしかない。
三食きっちり食べていたのに、急に食事がなくなるというのはつらすぎるのではないか。
(大聖堂には草も花もありません。孤児院の時とは違って絶望的な状況ですね……)
ローズマリーの頭には走馬灯のようにここ十年の思い出が頭によぎる。
だけど苛立ちしかないことに驚きだった。
(ここに来てから食事をもらえる以外は幸せを感じませんでした)
なんとか食べ物で気持ちを誤魔化してきたものの、実際にここに来てからは休みなしで十年間働き通し。
教育を受けて魔法樹を癒し、食事をするだけの毎日。
こんなに働いているのに休みも娯楽も自由もない。
今まで考えないようにしていたが、なんだか空腹すぎてイライラが止まらない。
ローズマリーは何のためにここにいるのだろうか。
──グーギュルギュルグルグルゥ
けたたましい腹の音が反響している。
ローズマリーにとって空腹はどんな罰よりもつらいことだ。
するとローズマリーの目の前につるんとしたモスグリーンの丸いものが落ちているのが見えた。
果実にも見えなくもないが、こんな色の果実は今まで見たことはない。
(ついに幻まで見えるようになってしまいました。どうしましょう)
ローズマリーがその実をじーっと眺めていると、どこからか声が聞こえた。
『……食べなさい』
ついに幻聴まで聞こえてきたようだ。
なんとか力を振り絞り、体を起こした後に辺りを見回しても誰もいない。
(今の声は……誰でしょうか)
だけど目の前にあるモスグリーンの不思議な色の実が食べられると聞いたことで涎が止まらなくなる。
魔法を使い、実を大きくしてからすぐにかぶりついた。
甘酸っぱくて水分がたっぷり含まれている。
皮がパリッとしていて、とても美味しいと感じた。
するとコツリと頭に当たる固いもの。何故か次々と上から実が落ちてくる。
魔法樹が実を落としてくれているのだとわかり、ローズマリーは感動から魔法樹に抱きついた。
「ありがとうございます……!」
お腹が少しだけ満たされたローズマリーは、魔法樹に寄り添いながら眠りについた。
その日、ローズマリーは不思議な夢を見た。
モスグリーンの髪をした老人が出てきて、空腹のローズマリーを励ましてくれたのだ。
次の日もその次の日も同じように老人がローズマリーに寄り添ってくれる。
彼はローズマリーの置かれた状況をなんでも知っていた。
「もしかして……あなたは魔法樹ではないのでしょうか」
老人はゆっくりと頷いた。
「申し訳ありません。わたしのせいで……っ」
その老人が魔法樹なのだと気がついたローズマリーは、自分の力が足りないせいで枯らせてしまうことを謝罪した。
魔法樹の老人は首をゆっくりと横に振る。
それからローズマリーに魔法樹について色々な話を聞かせてくれた。
魔法樹が初めて生まれたバルガルド王国は欲深い使い方をしたせいで、随分と短い期間でその恩恵は朽ちてしまうのだそう。
ローズマリーがどうにかできないのかと問いかけても、彼は『もう遅い』と首を横に振るだけだった。
『ワシはもうダメじゃろう。ローズマリーの献身的な魔法のおかげで十年はもったが、何もかもが遅すぎた。運悪く欲深い国に根付いてしまったものだ……』
『そんな……』
『ローズマリー、そんな顔をするでない。魔法樹は繋がっている。またすぐに会えるはずだ』
どうやら魔法樹はまた新しく生まれ変わるのだけだそうで死という概念がないのだそう。
それを聞いた瞬間、ローズマリーは救われたような気がした。
魔法樹はバルガルド王国の貴族たちが己の欲のために魔法の使い過ぎてしまい枯れてしまうこと。
どうやらいいことに魔法を使えば魔法樹の寿命は伸びて、欲に塗れた使い方や悪いことに使えばその恩恵は短くなるという。
それだけでこの国のことがよくわかった気がした。
「ということは千年も長生きしているカールナルド王国の魔法樹は、とてもいい魔法の使い方をしているのですね。もっと早く気づいてあげられたら……ごめんなさい」
ローズマリーが眉を顰めていると魔法樹の老人はそっと頭を撫でてくれた。
『ローズマリーのせいではない。ローズマリーは精一杯がんばってくれたじゃないか。ありがとう』
優しい言葉にじんわりと涙が浮かぶ。
こんなに自分の力不足を悔いたことはない。
魔法樹を守りたいと強く思うのに何もできないことがつらかった。
二週間経つ頃にはすっかりと魔法樹と仲良くなっていた。
目が覚めれば、現実はとても厳しくつらいものだった。
朝が来れば順に入ってくる教会の人たちやルレシティ公爵やミシュリーヌに暴言を吐かれ続ける。
水とパン一つ置かれるだけの日々。
魔法樹が寿命ではないのに魔法が使えなくなってしまう……つまりローズマリーが聖女としての役割をサボっていると思い込んでいるのだろう。
ルレシティ公爵もミシュリーヌが魔法樹を元気にすることができないため焦っているのだろうか。
そんな窮屈で我慢ばかりの日々を過ごしていたローズマリーだったが、あと数日でバルガルド国王が帰ってくることを聞いて安心していた。
そうすればローズマリーの話に耳を傾けてくれるかもしれないと思ったが、もう遅すぎると気づいてしまう。
(もう魔法樹は……枯れてなくなってしまう)