③⑥ クリストフside6
父はその場に崩れ落ちて項垂れてしまった。
「ああ……どうしてこんなことに」
「父上、しっかりしてください……!」
だがクリストフは諦めることができなかった。
ここで終わるということは、バルガルド王国とクリストフの未来がないということになるのではないだろうか。
(そんなのは許されないぞ……! 直接、ローズマリーに会って確かめなければ納得できない。それに魔法樹もバルガルド王国のものだ。この俺が魔法を取り戻してやるっ)
クリストフは護衛を連れてすぐにカールナルド王国に向かった。
魔法が使えないせいでこんな屈辱な思いをしなければならない。
護衛の騎士たちも剣の振り方を忘れた奴ばかりで護衛として役に立たない。
五日かけてカールナルド王国へと到着する。
お祭り騒ぎのカールナルド王国が憎たらしくてたまらない。
カールナルド王国に入国しようとするものの、バルガルド王国からの人間は入国を拒否しているそうだ。
恐らく手紙が届いたことで、ローズマリーを取り戻しにくるかもしれないと警戒しているのだろう。
(カールナルド国王めっ! なんて姑息な……ローズマリーは俺のものなのにっ)
クリストフはなんとかカールナルド王国に入国する方法を探す。
ローズマリーに会えさえすればクリストフの勝ちなのだ。
クリストフは荷馬車に紛れ込む方法を思いつく。
カールナルド王国の一つ手前の街に向かい、カールナルド王国行きの荷馬車を探す。
カールナルド王国行きの馬車を見つけて、すぐに箱の中に体を詰め込んで荷物に紛れ込む。
箱の中は狭くて苦しくて気が触れてしまいそうになる。
ローズマリーにもこんな風に怖い思いをさせてしまったと思うと胸が痛い。
クリストフはなんとか耐えていたが、数時間耐えるのが精一杯だった。
すぐに箱の蓋をあけて外の空気を吸った。
(ローズマリーに会うためなら我慢できる。王太子に戻れるんだ!)
なんとかカールナルド王国に入り込むことに成功したクリストフはすぐに自分の意思で箱から出て裏路地に紛れ込む。
そこでクリストフは衝撃的なものを目にすることになる。
皆が当たり前のように魔法を使っている姿だ。
カールナルド王国では平民も当たり前のように魔法を使っているではないか。
(信じられない……なんてもったいないことを。そう言えば調査員が魔法を使えると言っていたな)
久しぶりに魔力が巡る感覚がした。クリストフは魔法を使用できている。
自分に追い風が吹いている。そんな気がしてならなかった。
クリストフはなんとか王都に向かい、ローズマリーの情報を集めていく。
それと同時に嫌でも耳にするカールナルド王国の王太子、リオネルの名前。
「リオネル殿下は緑の聖女様を大切になさっているわ。このまま王妃になるのではないのかしら」
「あんなに愛おしそうにローズマリー様を見つめていたもの。きっとお二人が結ばれるのも時間の問題ではないかしら」
「そうよね。ローズマリー様がいてくださればカールナルド王国は安泰だわ」
「緑の聖女様のおかげね」
クリストフは怒りを我慢するのに必死だった。
緑の聖女などと呼ばれてはいるが、ローズマリーはバルガルド王国の聖女であってカールナルド王国の聖女ではない。
(ローズマリーは俺のものなのに……っ! 俺だけを愛しているんだ)
クリストフは唇から血が滲むほどに噛み締めていた。
勘違いをしているカールナルド王国の国民たちを一人ずつ罰してやりたい。
だが、今はローズマリーと新しい魔法樹を取り返すのが先だ。
クリストフはローズマリーがいるであろう城を目指していく。
水魔法をうまく使い、噴水や川などに紛れ込みながら動いていく。
屈辱的だったがこればかりは仕方ない。自分の地位を取り戻すためならなんだってやってみせる。
水魔法を使いこなせるクリストフに不可能はない。
自分を鼓舞しながら、時には汚水の中を進んでいく。
幸いお祭り騒ぎが続いているおかげか人が溢れ返っていたことで、警備も緩くなっているのだろう。
なんとか城内に侵入することができた。城の中を進んでいき、見つからないようにしながらローズマリーを探す。
するとローズマリーは色とりどりの花に囲まれて、天使のように美しい二人の幼児と共に、花冠を作りながら遊んでいる姿が見えた。
隣には噴水があり、まさに天国のように美しい景色だと思った。
最後に見た時よりも顔色がよく、貧相な体がふっくらとしたように見える。
ローズマリーは本来の美しさを取り戻したのだろう。
ますます綺麗になり、クリストフに相応しくなったのではないのだろうか。
(ローズマリー、今すぐに助けてやるからな……!)
クリストフの妄想はどんどんと進んでいき、精神は擦り切れてしまいそうだった。
最低限の準備しかしておらず、勢いのままここまで来たのだ。
ここまでほとんど飲まず食わずで、日夜問わずローズマリーを探して歩き回っていた。
極限の状態でローズマリーを求めてここまできたためクリストフの限界は近い。
(ああ、ローズマリー! お前が愛するこの俺がここまで迎えに来てやったんだ。きっと喜ぶに違いない)
クリストフはフラフラとした足取りで一歩、また一歩と踏み出していく。
「ローズマリー、俺だ! この俺がわざわざ迎えに来てやったんだぞっ」
「…………!?」
「一緒にバルガルド王国に帰ろうじゃないか!」
ローズマリーのライトブラウンの瞳が喜びから大きく見開かれた。
* * *