③② クリストフside2
ローズマリーをバルガルド王国から追い出してから三日後のことだった。
一向に魔法が使えるようにならずに、クリストフは焦りを感じていた。
貴族たちもどうなっているんだとクリストフを問い詰めてくる。
だが、クリストフにどうにかできるはずもない。
魔法樹を使えるようにするのは聖女の仕事だからだ。
本物の聖女であるミシュリーヌに任せておけば、すべてがうまくいくはずだったのに……。
クリストフの頭にあることが過ぎる。
(ミシュリーヌは俺に嘘をついたのか? いや、そんなはずはない……ミシュリーヌとローズマリーが聖女として働き出して十年も経つんだ。今更、力がないなどと言うはずもない)
クリストフは嫌な予感がしてミシュリーヌを問いただそうと大聖堂に向かう。
そこには大司教や教皇たちもいて、彼女の父親であるルレシティ公爵の姿がある。
クリストフは柱の影に隠れるようにして耳を澄ませる。
「なんてことをしてくれたんだ! このままでは我々の計画が……っ」
「ですが我々が魔法を使える貴族たちに敵うはずありません! あのことを知られたらルレシティ公爵だって追い込まれるはずですっ」
「しかしローズマリーが抱えていたという赤子はなんだったんだ?」
「今、調べています。少々お待ちください……!」
「陛下にこのことを報告しなければっ」
彼らは焦った様子で何かを話し合っている。
(彼らは何のことを言っているんだ? あの時、赤子はローズマリーの子どもだと思っていたが、ローズマリーは妊娠なんかしていなかったはずだ)
冷静になった頭で考える。こんな短期間で赤子を産むことなど不可能ではないか。
だが、髪色的にローズマリーと無関係なわけではないだろう。
そもそもクリストフに相談もなしに赤ん坊を迎え入れていることがおかしいではないか。
けれど胸がざわついて仕方ない。
(大丈夫、俺の判断は間違っていないはずだ……!)
その日の夜、タイミングよく国王である父が長期の外交から帰ってきた。
さすがに移動も多く長期の外交とあって疲れが顔に滲んでいた。
クリストフは紅茶を飲みつつ報告を受けている父の執務室へと向かう。
そしてローズマリーとミシュリーヌの件を話すことにしたのだが……。
「い、今……何と言ったんだっ!?」
「不貞行為を働き、本物の聖女であるミシュリーヌを虐げていたローズマリーは国外に追放しました。仕方なく正妃としてミシュリーヌと結婚します」
「もう一度言ってみろ……!」
「ミシュリーヌを新たな王妃に……」
「──そうじゃないっ!」
父が紅茶のカップを落として陶器が床に当たり粉々に砕け散った。
薄茶色の液体が広がっていき、シミを作って広がっていく。
クリストフはその様子を呆然としながら眺めていた。
(父上は一体、何を怒っているんだ……? そうだ。ローズマリーを国外追放にした経緯が知りたいのだろう。きっとそうだ)
クリストフは焦りから早口で説明を始める。
「ロ、ローズマリーを国外追放にしたことですか? ちゃんと重罪人たちと同じように二度と開かない箱に閉じ込めてカールナルド王国まで行くという荷馬車に乗せました! 今頃、箱の中で腐っている頃じゃ……」
「──馬鹿ものっ! このッ」
ソーサーを持った父がクリストフの頭を殴りつける。
ゴツッと重たい音が鳴った。
ツーッと額に血が流れていくのを感じた。
突然、殴られたクリストフは反射的に腕を上げて魔法を放とうとするが……。
「な、なぜだ……魔法が使えない、だと?」
何度やっても結果は同じ。父も魔法を使えなかった。
魔法が使えない貴族たちがいるとわかっていたが、自分がそうなるとは思いもしなかった。
クリストフは手のひらを見つめながら動けずにいた。
ミシュリーヌがどうにかしてくれるはずだと父に訴えかけようとするが……。
「今すぐにルレシティ公爵や大司教、教皇を呼べっ! どういうことか説明してもらわねばっ」
「ち、父上……?」
「それからローズマリーを追うんだっ! すぐに情報を集めろ。三日ほどならまだ間に合うやもしれぬ。生きていてくれ、ローズマリーッ」
父は完全にクリストフをいないものとして扱っている。
ただならぬ様子に執事たちは一斉に動き出した。
ただ一つわかるのは、自分がやってはいけないことをしたという事実。
聖女が魔法樹にとって必要なことはわかっているが、ローズマリーがいなくてもミシュリーヌがいるではないか。
「俺は悪くありません! ローズマリーは俺を裏切ったんだ」
「うるさいっ! お前は偽物の聖女に踊らされただけだ」
「…………偽物?」
父が言っている偽物とはミシュリーヌのことなのだろうか。
(どういうことだ……偽物だと? 十年も聖女としていたのに今更偽物などありえないだろう?)
クリストフが戸惑っていると、こちらを鋭く睨みつけた父の口から信じられない事実が明かされる。
なんとミシュリーヌは偽物の聖女で、本当は毒魔法を使うという。
ルレシティ公爵は教皇たちに大金を払い、聖女という称号を買ったに過ぎないということもだ。
ルレシティ公爵とミシュリーヌはそれほどまでに王妃の座が欲しかったのだろう。
そこまでする彼らが恐ろしいと感じた。
(なんて穢らわしい……まるで毒のような女だ。魔法属性と同じじゃないか。本当に俺を愛していたローズマリーを追放してしまうなんて……!)
全身から血の気が引いていく。
この真実を知るのは父や教皇、大聖堂を管理する大司教くらいだと聞いて驚いていた。




