②⑨
「利用しても構いません。それだけのことをしていただいてます」
しかしリオネルは静かに首を横に振る。
ローズマリーは月の光が反射して輝くオレンジ色の瞳に魅入られたように動けなかった。
「君の今まで過ごしていた環境のことは知っている。だからすぐにこの気持ちを信じてもらえるとは思わない。だけど初めて出会った時から……君のことが気になっていたんだ」
「…………!」
ローズマリーはリオネルの言葉を聞いて目を見開いた。
(あの暴言を聞いてわたしのことが気になったのでしょうか。はっ……! もしかしてリオネル殿下は普通の令嬢では我慢できないのですか!?)
ローズマリーの中で着々と勘違いは進んでいく。
(つまり……完璧なリオネル殿下にも誰にも言えない秘密があるのですね)
リオネルの熱い想いに気がつかないまま、ローズマリーは納得するように頷いていた。
「僕が君に信じてもらえるようにこれからアピールしていかないとね。頑張るよ」
「ですが、リオネル殿下はどんな方でも……」
「いいや、僕は君がいいんだ」
「…………え?」
ぐいぐいと迫りくるリオネルにローズマリーは体を仰け反らせた。
(や、やはり特殊な方がいいと……ですが、わたしには難しそうです)
いつも冷静沈着な彼がこんなにも一生懸命にアピールして訴えかけてくる……つまりそういうことなのだ。
「僕は僕自身の意思で君と共にいたいと思っているんだ。今はそれだけわかってくれたら嬉しい」
「理解しました」
ローズマリーが頷くとリオネルは安心したように笑顔を見せた。
今まではローズマリーの魔法を必要とされているだけだった。
けれどリオネルはローズマリー自身を見てくれているということだろうか。
(リオネル殿下はわたしの力を利用するためではなく、わたしの行動や言葉……つまりわたし自身を好ましいと思ってくれているということでしょうか?)
そう考えていると何故かはわからないけれど心臓がドクドクと激しく動いている。
ローズマリーはそのことが不思議に思い、自分の胸を押さえる。
(なんだかよくわかりませんが不思議な気持ちです。あと心臓が飛び出してしまいそうです。どうしてでしょうか……!)
ローズマリーはリオネルが掴んでいる手を離してから立ち上がる。
彼が目をぱちぱちとしながらこちらを見ているではないか。
リオネルが立ち上がると、背を高い彼を見上げることになる。
「ローズマリー、どうかした?」
「リオネル殿下は……リオネル殿下はなんだか変ですっ!」
「…………えっ!?」
「わたしは部屋に戻ります」
ローズマリーは急にアイビーに会いたくなり、リオネルに部屋に戻ることを告げる。
「待ってくれ、ローズマリー。今の言葉はどういう意味だい?」
「よくわかりませんが変だと思いました」
「そうかな、初めて言われたよ……」
落ち込んでいるリオネルに気づくことなく、ローズマリーは自分の中でリオネルに対する特別な感情に気が付かないまま初めて感じる気持ちに振り回されたのだった。
この次の日、アイビーが言っていた通りオパールが目覚めた。
オパールはアイビーよりも小柄で二歳くらいの体格で、編み込んだ髪は胸の下まで伸びていた。
アイスグリーンの髪に白いワンピースを着ているのだが、神秘的で可愛らしい少女だ。
目が覚めた後、涙ぐむアイビーの額をこずいたところを見るになかなか気の強い性格をしているのだろう。
オパールが目覚めたことで魔法樹の研究員たちは大号泣。
カールナルド国王には『ローズマリー、国を救ってくれてありがとう』と感謝され、王妃には『あなたは恩人だわ』と言われていた。
ローズマリーはいつも通りのことをしていただけなので、これほど感謝されるのは正直、予想外だ。
オパールの目覚めが喜ばれたのだが、その熱量に驚くばかりだ。
あまりの喜び様にローズマリーがこのままお祝いのパーティーでも開かれるのではないかと思っていると、まさかの国中でお祭りが開かれた。
それと同時に国全土にオパールの目覚めと新しい魔法樹のアイビー、緑の聖女としてローズマリーの存在が知れ渡ることになる。
その期間がなんと一週間以上も続いていた。
オパールとアイビーのお披露目も行われて国民たちはお祭り騒ぎ。
城にはたくさんの人たちが出入りしていた。
バルガルド王国では魔法樹のために祭りなど開かれたことはない。
貴族たちは自分たちを見せつけるようにして豪華絢爛なパーティーを開くだけだった。
オパールとはやはりこちらでは会話をすることができなかったのだが、アイビーと同じようにオパールとも夢で喋れた。
彼女は夢の中でも物静かでクールな女の子だった。
アイビーが元気でにこにこしているので、まるで月と太陽のようだ。
オパールとアイビーを見ていると、アイビーの方が体が大きいのに、かなり子どもっぽく見えてしまうのも仕方ないだろう。
だが、言葉は冷たくてもローズマリーには別。
ローズマリーだけには優しさ溢れる言葉をかけてくれる違った一面を見せてくれる。
『ローズマリー、大好きっ』
「ありがとうございます。嬉しいです」
『淡々としているところも好き。全部好きよ』
オパールの熱烈な愛情表現に驚くばかりだ。
彼女はアイビーよりもローズマリーにベッタリだった。
(オパールちゃんは意外と甘えん坊なのでしょうか)
そう思っていると顔に出ていたのか『ローズマリーだけに甘えるの』と、言われてしまった。
夢の中でもアイビーとオパールは喧嘩ばかりしていて、ローズマリーの取り合いをしている。
今日も両手を引っ張られながら、体が千切れそうになっていた。
『ローズマリーはボクとずっとずっと一緒にいたんだぞ!』
『生まれたばかりの魔法樹が生意気言わないでちょうだい』
『なんだよ! ちょっと先に生まれただけだろう!?』
『そうよ。アタシの方がお姉さんなの。それにアイビーはずっとローズマリーと一緒にいたからいいでしょう? 次はアタシの番よ』
『ローズマリーはみんなのものだっ!』
『ふんっ!』
どうやら十年先に生まれたオパールの方がお姉さんのようだ。
オパールは顔を背けつつローズマリーに全身を使って張り付いている。
「オパールちゃん、仲良くしましょう。アイビーくんはずっとオパールちゃんの心配をしていたんですよ?」
『……知っているわ』
「そうなのですか?」
『ずっと見ていたもの。ローズマリーがそう言うなら、ほんの少しだけ仲良くしてやらなくもないけど』
『なんだよ! ローズマリー、ローズマリーって! ボクだってローズマリーと一緒にいるからっ』
夢の中でも現実でも二人がベッタリで間に挟まれながら喧嘩をしているため騒がしい。