②⑦
だがローズマリーは他に欲しいものはないし、食事以外は今のところ興味を持っていなかった。
そもそも孤児院でもバルガルド王国の大聖堂でも質素な生活をしていたローズマリーにとっては欲しいものは常に食べ物。
欲はすべて食欲だったこともあり、自然と他のものに目は向かなかくなってしまった。
「今は三食におやつやデザートがついています。これ以上の幸せは他に見当たりません」
「それも大切なことだと思うわ。けれどこの世界にはドレスや宝石、化粧品もあるでしょう? ローズマリーは興味はないのかしら?」
「ドレスや宝石ですか?」
「ローズマリーさえよければ、わたくしに選ばせてくれないかしら! あなたに似合いそうなものがたっくさんあるのよっ」
興奮気味な王妃の姿を見つめながら、ローズマリーは考えていた。
(どうしてわたしに色々と与えてくれるのでしょうか)
ドレスや宝石と聞いて、自然とミシュリーヌの顔が思い浮かんだ。
「……母上!」
「いいじゃないの。少しくらい! わたくし、娘を持つのが夢だったのよ!」
リオネルは王妃を咎めるように声を上げた。
たしかにカールナルド王国にはリオネル含めて王子が三人いる。
王妃が男の子ばかりで女の子がいないことを不満に思っているそうだ。
(王妃陛下は娘が欲しかったのですね)
煌びやかなドレスや宝石はローズマリーにとっては縁遠いものだ。
だが、ローズマリーは自分が他の令嬢たちのように、化粧をしてドレスを纏い宝石を身につけても似合うとも思えなかった。
「わたしには似合いません。王妃陛下のお役に立てずに申し訳ないです」
「そんなことないわ! だってローズマリーはこんなに可愛らしいんだもの。まるで花の妖精よ!」
「……妖精?」
「パーティーやお茶会とか機会があれば是非、わたくしに着飾らせてちょうだいね!」
王妃は目をキラキラさせて興奮気味にローズマリーを見ている。
もしパーティーなどに出席しなければならない場合、ローズマリーは自分でドレスを選ぶことはできないだろう。
ありがたい申し出だと思い、ローズマリーは返事をする。
「はい、よろしくお願いいたします」
「ウフフ、ありがとう。あなたのこと娘のように思っているわ」
「…………!」
ローズマリーは娘のようにと言われて珍しく体を固くした。
こうして家族のように扱ってもらえることが嬉しい反面でどう返事をすればいいかわからなかった。
彼らが優しさや気遣いからそう言ってくれたのはわかっているのだが表情が強張ってしまう。
それには王妃やリオネルたちも不思議そうにしていた。
ローズマリーは正直な気持ちを口にする。
「わたしは……両親がいたことがありませんので、どんな反応をしていいのかわかりません」
「ローズマリー、ごめんなさい。そんなつもりでは……」
「いえ、違うのです。むしろご期待に応えることができず申し訳ございません」
期待通りの反応や当たり前の返事を返すことがローズマリーには難しい。
ローズマリーが申し訳なさそうにしていると、リオネルが肩に手を置いた。
彼を見上げると、困ったように笑っている。
「ローズマリーの気持ちを正直に話してくれてありがとう。母上と父上は、そのくらいローズマリーを大切にしたいと言いたいだけなんだ」
「リオネルの言う通りよ! あなたには今までの分まで幸せになって欲しいの」
「そうだな。ローズマリー、ここでは我慢する必要はないからな」
「とても嬉しいです。ありがとうございます」
ローズマリーが深々と頭を下げる。
国王と王妃のローズマリーを思う気持ちが嬉しかったからだ。
「ローズマリー……本当の家族になる道もあるのよ? リオネルと結婚すれば……」
「──母上、いい加減にしてください」
「……?」
リオネルが顔を真っ赤にして王妃の口を塞ごうとする勢いで立ち上がる。
ローズマリーは彼の声が遮られて聞こえなかったため、どうしてそんなに怒っているのかわからなかった。
「ははっ、リオネルがこうも感情を露わにするとは珍しいこともあるものだ」
国王は豪快に笑っている。
リオネルの頬がほんのりと赤く染まっていた。
そして揺れるオレンジ色の瞳がローズマリーを映し出す。
「ローズマリーさえよければだけど……僕は前向きに思っているから」
「……?」
何故か三人から期待のこもった視線がローズマリーに集まっているではないか。
(リオネル殿下らわたしが娘になるという話を前向きに考えてくれている……という意味でしょうか)
結局、何が言いたいのかをからないため真剣に考えていると見かねたカールナルド国王が口を開く。
「たとえばなんだが、リオネルはローズマリーの結婚相手としてどうだろうか?」
「……!」
「前向きに考えてくれると嬉しいのだが……」
「父上まで……やめてください!」
「だがリオネル、ローズマリーにはきちんと言わなければ絶対に伝わらないと思うぞ?」
「それはわかっています。ですがローズマリーはまだこの国に来たばかりです。やはりまだその時ではないのではないでしょうか……!」
「この美貌だぞ? これからどんどんと外に出て行くことになればそのような機会も増えるはずだ」
二人が何かを言い合っているのを眺めていると、いつのまにか隣までやってきた王妃がローズマリーの手を包み込むように握り「ローズマリーさえよければ、是非!」と言っている。
ローズマリーは今の会話を聞いて考えた結果を報告するために口を開く。
「わたしは……リオネル殿下と結婚できません」
「「「……!?」」」