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「普通ではない……? わたしの食べてきたものがですか?」
「いや……食べ物もそうだが、ローズマリーの扱いもだよ。きっと君が無知なことを知って……利用していたんだと思う」
「そう…………ですよね」
それはローズマリーも薄々気づいていたことだった。
ローズマリーは随分と質素な生活をしていたのに、大司教たちやクリストフやミシュリーヌたちは貴族らしいいい暮らしをしていたように思う。
それこそ先ほどの豪華な食事と同じようなものを食べていたのを見たことがある。
けれどローズマリーがそのことを指摘すると、パンを小さくされてしまうという恐ろしい罰が待っている。
(パンが小さくなってしまうのは防がなければなりませんから……)
事あるごとに食事を減らそうとするため、ローズマリーは次第に不安を口にしなかったことを思い出す。
「それに君はとても……その、単純な性格なようだからね」
「……?」
言いづらそうにしているリオネルを見つつ、ローズマリーは首を傾げる。
単純だと初めて言われたからだ。
「僕なら君に悲しい思いをさせたりしないよ。ローズマリー、君を幸せにする」
「……!」
「ずっとここにいたいと思ってもらえるように頑張るよ」
リオネルのセリフはまるで恋愛小説のワンシーンのようだと思った。
だが、リオネルとローズマリーは出会ったばかり。
それに今はそんな雰囲気ではないだろう。
(とても優しい方なのですね。カールナルド王国はやはりすごいです)
二人の様子を見ながら口元を押さえてニヤニヤしているカールナルド国王は、リオネルに睨まれて咳払いをする。
まったく意味がわかっていないローズマリーはそんな二人のやりとりをよくわからないまま見つめていた。
(お二人はとても仲がいいのですね。ですがわたしはやることをやらなければ……!)
ご飯を得るためには働かなければならない。
それはローズマリーに嫌というほど体に染み付いている。
それからローズマリーは、アイビーが言っていたオパールのことを思い出す。
(アイビーくんは、もう目を覚ましたでしょうか)
ふと、よくローズマリーたちがこれだけ話していたのにアイビーが目が覚めないのかと背後を振り向く。
するとリオネルや侍女たちがいた時は、アイビーは確かにローズマリーの隣に眠っていたのだ。
けれど今は忽然と姿を消している。
窓は閉まっているし、扉側にはリオネルやカールナルド国王がずっといた。
それなのにアイビーは幻のようにいなくなってしまった。
「ア、アイビーくんがいません……!」
「アイビー?」
ローズマリーは慌ててベッドの反対側や下を探す。
どうやら寝相が悪くてベッドから落ちてしまったわけではないようだ。
ローズマリーは部屋中、探していた。
きっとそろそろ魔法を補給したいと思う頃だろうに。
「アイビーくんと一緒に寝ていたはずなのですが、どこかに消えてしまいました」
「一緒に寝ていた?」
「アイスグリーンの髪にわたしの膝くらいの背丈の男の子です」
「もしかして一緒にいた魔法樹のことを言っているのかい?」
「そうです!」
リオネルはアイビーが魔法樹と認識しているのだろう。
彼ほど魔法樹について詳しければ、それは当然なのかもしれない。
あれだけ暴言を吐いたローズマリーをここまで理解してくれるくらいだ。
あの時、自分が何をしていたのかうろ覚えなローズマリーはそう納得していた。
それからアイビーが見せてくれた夢で、オパールという魔法樹が苦しんでいることを教えてくれた。
「カールナルド王国の魔法樹は具合が悪いのですよね? アイビーくんが夢で教えてくれました。オパールちゃんを助けてほしい、と」
「夢に魔法樹が出てきたのかい!?」
カールナルド国王とリオネルは、ローズマリーの言葉にこれでもかと目を見開いている。
「はい。バルガルド王国にいた時もクロムさんが夢で色々と教えてくれました。それから新しい魔法樹、アイビーくんのことを教えてくれました」
「まさか、そんな……信じられない!」
「なのでわたしはアイビーくんを守らなければなりません。クロムさんとの約束なのです」
ローズマリーはクロムのいつか『また会える』という言葉を信じていた。
彼とまた会うためにも、必ずアイビーを守らなければならない。
そうでなければ、彼に合わせる顔がないではないか。
クロムはローズマリーの命の恩人だ。
彼がローズマリーに果実をわけてくれなければ、今頃空腹でどうなっていたかわからない。
(そういえば果実を食べてからではないでしょうか。クロムさんが夢に出るようになったのは……)
それまではローズマリーも魔法樹と意思疎通を図ることなどできるとは思っていなかった。
なのでローズマリー自身も驚いてはいたものの、クロムのおかげで生き延びることができたのだ。
そういう面ではリオネルも空腹から救ってくれた恩人ということになるのだろう。
「君には驚かされてばかりだ……! まさか魔法樹とここまで意思疎通が計れる聖女は文献にも残っていない」
「そこまで魔法樹が心を許すとは……」
「……?」
ローズマリーが首を傾げていると、リオネルは「魔法樹の研究員たちを呼んでくれ」と、侍女たちに向かって指示を出している。
(そういえば、どうしてクロムさんは木で夢の中では老人でしたのに、アイビーくんは赤ん坊の姿だったのでしょうか)
ローズマリーはふと疑問に思い、問いかけてみることにした。
彼らなら魔法樹に詳しいと思ったからだ。
「クロムさんは大きな木で、夢の中では老人でした。アイビーくんやオパールちゃんは人間の赤ん坊や子どもの姿でした。彼らは同じ魔法樹なのに、どうしてでしょうか?」
「そうか。バルガルド王国では知られていないのか……千年ほど生きる強い魔法樹は人間の子どもの姿で生まれて、自分で根づく場所を選ぶといわれているんだ」