①④
ローズマリーが目を開くと、そこには知らない天井があった。
箱に詰め込まれていた時の癖なのか、小さく丸まって寝ていたようだ。
(あれ……? わたしは牢屋にいたはずではなかったでしょうか)
首を左右に動かして周囲を確認するものの、明らかにどこかの部屋の中で牢の中ではない。
どこまでが夢でどこまでが現実なのか確認するすべもなく頬をつねる。
やはり痛い。どうして自分が知らない場所にいるのか考えること数十秒。
(考えてもわかりませんので、状況がわかるまではふっかふかなベッドで幸せ感じていましょう)
足や手を伸ばせる幸せ。自由に体を動かせることのありがたみを噛み締める。
石鹸のいい香りのするシーツはサラリとしていて肌触りがよく気持ちいい。
ベッドはローズマリーの体を跳ね返すほどふかふかだ。
手を上下に動かしていると、ローズマリーのすぐ隣にアイビーが体を丸めて眠っている。
いつのまにか彼は赤ん坊ではなく幼児の姿になっているではないか。
(魔法樹の子どもは成長がはやいのですね……やはりここは夢?)
そんなことをのんびりと考えながらアイスグリーンの髪を撫でていると、先ほどは感じなかったある感覚に眉を寄せる。
ギュルギュルとお腹が波打ち、強烈な空腹にローズマリーは腹部を押さえた。
(うぅ……! どうしてでしょうか。さっきまでお腹は空いていなかったのにっ)
ローズマリーがあまりの空腹感に芋虫のようにのたうち回っていた時だった。
扉をノックする音も聞こえずにいると、嗅いだことのないいい匂いが鼻を掠めたことでピタリと動きを止めた。
(はっ……! とっても美味しそうな匂いがします!)
ローズマリーが上半身を起こして振り返る。
銀色のワゴンに載せられているのは見たことがないほどの豪華な食事の数々。
真っ白な皿に載る厚切りの肉や厚切りの野菜に目を奪われた。
薄黄色のスープにはとろみがあり、白いソースが円を描いていた。
白身の魚に緑色のソース、芸術のように綺麗に飾られているデザート。
そしてカゴいっぱいに入っているさまざまな形をしたパン。
(わたしはまだ夢を見ているのでしょうか……!)
たくさんの侍女たちが次々と食べ物が乗ったワゴンと共に入ってくる。
その夢のような光景をローズマリーは血走った目で見つめていた。
すると彼女たちの後ろから入ってきたのは艶やかなホワイトシルバーの髪と美味しそうなオレンジ色の瞳の青年。
彼はにこやかに微笑んでいる。
真っ白な軍服にも似た服装はリオネルの魅力を引き立てていた。
しかしローズマリーはリオネルよりも目の前に並べられていく食事に夢中だった。
「よかった、目が覚めたんだね」
「こ、この食事は……?」
「随分とお腹が空いているようだったからね。僕の顔を……食べ物と間違えるくらいだ」
リオネルはベッドに座るローズマリーに手を伸ばしている。
エスコートしてくれるのだと気がついて、ローズマリーは意識が食べ物からリオネルに移る。
「ありがとう、ございます」
それからベッドの外に足を出すと、自分の格好が今までと違っていることに気づく。
(いつの間にか体が綺麗になっています。髪もサラサラですし、服もバルガルド王国で支給された聖女服ではありません)
ライムグリーンの髪は信じられないほどに指通りがよく滑らかだ。
艶やかなシルクのワンピースは真っ白で肌触りがいい。
ローズマリーは自分の格好を見つめたまま動けないでいた。
「あの……わたしは牢屋にいたのではなかったのでしょうか」
「……牢屋? ああ、たしかにあの失言は仕方ないさ。君はかなり錯乱していたから」
「あっ……はい」
「あの箱にはおぞましい魔法がかかっていた。あの状況を見ればどんな思いでここにきたのか想像できるよ……つらかったね」
「…………」
意外にもリオネルはローズマリーを一方的に責めることはない。
それよりもローズマリーが置かれていた状況を把握しているのか優しく労わる言葉をかけてくれる。
(わたし……自分の状況を話していないのですが、どうして知っているのでしょうか)
箱にかかった呪いのことを理解しているようだ。
さすがバルガルド王国よりも魔法のことに詳しいカールナルド王国というべきだろうか。
「それにあの暴言は我々に向けたものではなく、箱に閉じ込めた相手へのものだろう?」
「はい、そうです! クリストフ殿下やミシュリーヌ様、教会の人たちに向けたものでした」
「クリストフ……バルガルド王国の王族は随分と君にひどいことをしたみたいだね」
「…………はい」
沸々と湧き上がる怒りが蘇ってくるが、お腹が空きすぎているからか体からどんどんと力が抜けていく。
リオネルはローズマリーを椅子へと誘導するように手を伸ばす。
「君のために食事を用意したんだ。食べてくれ」
「……い、いいのですか!?」
「ああ、すべて食べても大丈夫だよ。ずっと箱に閉じ込められていたのだとしたらお腹が空いただろう?」
リオネルの言葉にローズマリーはこれでもかと目を見開いた。
このテーブルいっぱいに並べられた料理とリオネルを交互に見る。
バルガルド王国でいつも出てきたのは丸いパン一つとサラダ、卵料理とたまにベーコンかソーセージである。
ここにある料理はローズマリーの想像を超えていて、豪華という一言では表せないほどの感動である。
「…………あ、あなた神さまですか!?」
「えっと……王太子ではあるけど、神さまではないかな」




