①③ ミシュリーヌside2
ミシュリーヌは父と協力して教会を抑えていたが、バルガルド国王は父に黙ってローズマリーがクリストフの婚約者だと決めてしまう。
恐らく魔法樹のことで、教会側と何かあったのかもしれない。
裏切られてしまった。ミシュリーヌは信じられない気分だった。
(こんな屈辱……あってはならないのよ!)
何もかもをあっという間にローズマリーに奪われてしまったのだ。
(何も知らないフリをしてすべてを奪っていく……最悪な女ッ!)
ミシュリーヌには屈辱だった。
しかしまだまだつけ入る隙はある。
クリストフの信頼を勝ち取るためにならなんだってやった。
彼女がパーティーや他国の外交に出られない代わりにミシュリーヌがクリストフの相手として聖女として出席していたのだ。
周りから固めていけばいいと。クリストフの婚約者は自分がなる予定だと見せつけていたのに……。
けれどミシュリーヌの努力も虚しく、二年間も状況は変わらない。
ミシュリーヌはクリストフの婚約者になるため、王妃になるためになんだってやったのに何も報われない。
魔法樹やバルガルド王国がどうなろうとミシュリーヌはどうでもよかった。
ミシュリーヌが欲しいものを手にするかどうか。それがもっとも大切なことだ。
次第に思考は傾いていき、どうしようもない怒りや憎しみをローズマリーにぶつけるようになる。
(ローズマリーがいなければ、わたくしがこんなに苦しい思いをする必要なんてなかったのよ……! あの女さえいなくなれば思い通りだったのにっ)
そんな時だった。
魔法が使えなくなる貴族が現れたのだ。
魔法樹に何かあったのかもしれない、はたまたローズマリーが何かをしたのだろうかと考えていた。
(あの女……何かしていたら承知しないんだからっ)
教会に苦情を言いに押し寄せる貴族たち。
その矛先は聖女であるミシュリーヌへと及ぶ。
バルガルド国王が長期の外交に出ている今がチャンスだと思ったのに、これではローズマリーどころかミシュリーヌへの聖女の信頼が落ちてしまうではないか。
(どうにかしないと……ああ、そうだわ! いいことを思いついた。これでクリストフ殿下はわたくしのものになるはず。そうしたら……わたくしが次期王妃なんだからっ)
ミシュリーヌは体を使い、クリストフの心を完全に自分のものにした。
ベッドの上でローズマリーの悪行を吹き込んでミシュリーヌを虐げていると嘘をついた。
助けて欲しいとクリストフに涙ながらに訴えかけたのだ。
クリストフはおもしろいくらい簡単にミシュリーヌの味方になった。
いつも勝気なミシュリーヌが、涙を流しているところを見てコロリと落ちた時には笑ってしまった。
父に手伝ってもらい貴族たちを巻き込んで魔法が使えなくなったのは、大聖堂に閉じこもっているローズマリーのせいにした。
すべての責任をローズマリーに押し付けるのは気持ちいい。
今までの苦労が報われるようだ。
教会の奴らも焦ってローズマリーに罰を与えている。
魔法樹を元に戻すように命令しているが、食事をもらえないローズマリーは反抗しているのかもしれない。
だからいつものように魔法樹に力を使わないのだとしたら辻褄が合う。
貴族たちは魔法が使えるから教会を支持していた。
魔法が使えなくなれば、一気に教会の責任となる。
そしてローズマリーが聖女から悪女に落ちれば完璧なのだ。
それだけで彼女を追い詰めることができるか不安だったが、ミシュリーヌを後押しするようなことが起こる。
なんとローズマリーは赤子を抱えていたのだ。
(なんてはしたない女なのかしら……!)
ミシュリーヌはローズマリーが汚い存在に思えた。
それにはミシュリーヌを抱いた後に『ローズマリーは俺を愛しているから悲しむだろうか』と言っていたクリストフも大激怒。
ローズマリーを怒鳴りつけて、クリストフにミシュリーヌの唇は弧を描く。
(こんなにうまくいくなんて! やっぱり運はわたくしに向いているのよ!)
父と目を合わせて頷いた。
今、すべては怒りはローズマリーへと向いている。
けれど本物の聖女であるローズマリーを追い出すつもりなんてない。
教会からローズマリーを奪い取れればそれでいいのだ。
(これでローズマリーをこちらに引き込んで、わたくしの影として奴隷のように働かせればいいの!)
だからこそ彼女を許す方向に持っていき、手元に置いておかなければならない。
クリストフもローズマリーに対してまだ気持ちがあるようだ。
だけど今はどうでもいい。
ミシュリーヌが王妃となり、貴族たちが権力を取り戻せればいい。
だが、予想に反してローズマリーが反抗してきたのだ。
今まで従順だったはずのローズマリーが意思を持ったことに驚いたのはミシュリーヌだけではなかっただろう。
それにクリストフが再び大激怒。
魔法で箱を閉じて出られないようにする。
つまり箱詰めするという罰を与えたのだ。
食事もできず、隙間から漏れる光を見つめながら狭い空間で徐々に気が触れていく。
何もできないまま苦しむしかない。
今までミシュリーヌを苦しめたローズマリーに相応しいもっともつらい死に方だろう。
本当はクリストフを止めてローズマリーをそばに置かなければならないのに、優越感が勝っていた。
ミシュリーヌはいい気分に浸っていた。
あれだけ表情を変えなかったローズマリーが悲鳴を上げて必死に抵抗しているからだ。
唇を歪めるのが止められずに手のひらで覆い隠す。
ミシュリーヌを長年苦しめていたローズマリーがゴミのように捨てられていく。
(アハハハッ、なんていい気分なのかしら……! 今日は今までで最高の気分よ)
しかしミシュリーヌは気づいていなかったのだ。
今から地獄が待っているとは思わずに……。
「ではミシュリーヌ様、偽物の聖女は追い出しました。魔法樹を元に戻してくださいね」
「…………え?」
「ミシュリーヌ様ならすぐにやってくださる。素晴らしい聖女なのだから」
ミシュリーヌは口端を引き攣らせた。
それに何も知らないクリストフもミシュリーヌを背後から抱きしめる。
「ミシュリーヌ、ローズマリーがいなくなった以上お前だけが頼りだ」
「あっ……」
「魔法樹を早く復活させてくれ。父上が帰ってくる前には立て直してくれ」
「……え、えぇ、もちろんですわ」
「ミシュリーヌ、今はお前しか頼れないんだ。俺の婚約者として頼むぞ」
欲しいものは手に入ったのに、すべてを失ってしまう……そんな予感にミシュリーヌは震える腕を隠すように握りしめた。
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