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「バルガルド王国ではそう呼ばれていましたけど、この子と国外に追放されました」
「バルガルド王国は何を考えているんだ!? 魔法樹と聖女を追い出すなんて……」
「やはりこの子は魔法樹なのですね……!」
ローズマリーがケラケラと笑う魔法樹な幼児を抱え上げた瞬間だった。
急に体から力が抜けていく。
膝がカクリと折れて、前に倒れ込みそうになってしまう。
ローズマリーが魔法樹の幼児を抱き込んで守りながら衝撃に備えた時だった。
「──危ないっ!」
リオネルがこちらに向かって走ってくるのが視界の端に見えた。
オレンジ色の瞳がやつれているローズマリーの顔を映し出しているではないか。
体を打ちつける痛みはない。
「大丈夫かい?」
どうやらリオネルがローズマリーが倒れる前に支えてくれたようだ。
彼がまっすぐにローズマリーを見つめている。
(キラキラしたオレンジ色の実……みずみずしい感じがします。とても美味しそうです)
リオネルの瞳が木の実に見えたローズマリーは手を伸ばした。
膝の上では幼児がキャッキャとはしゃいでいるため、体が上下に揺れていて、増していく果実感。
「おいしそうです……いただきまぁす」
「……!」
無意識にリオネルの頭を掴んで自分の方へと引き寄せる。
それからオレンジ色の木の実を食べようと唇を寄せた。
しかし今のローズマリーには口を開く気力すらないらしい。
(ああ……このまま死ぬくらいなら最後にテーブルいっぱいのご馳走を食べてみたかったです)
ローズマリーの腕からはどんどんと力が抜けていく。
何か柔らかいものに唇が触れたのまではわかったのだが、ローズマリーはそのまま手を離す。
(リオネル殿下は何を驚いているのでしょう。はっ……もしかして体臭が? ハーブや水で体も洗いましたし木で歯磨きをしていたのですが。ああ、服が……………お腹が空きました)
ローズマリーは限界を迎えて意識を手放したのだった。
* * *
ローズマリーが目を覚ますと、目の前には鉄格子が見える。
温かくもなく寒くもない空間にローズマリーは座っていた。
何故か先ほどあった空腹感や喉の渇きはまったくといっていいほどなくない。
(もしかして……ここは天国でしょうか)
天国にいったとしても、牢の中にいるとなるととても嫌な天国である。
もしくは地獄なのかもしれない。
(これは魔法樹を守れなかった罰でしょうか……)
ローズマリーは辺りを見回していたが、箱の中より広々とした牢屋にいる方が幸せに感じた。
もう二度と箱の中には入りたくないと思っていた。
それから冷静になった頭で箱の中から出られた経緯を考えていた。
自分がやらかしたことを思い出して頭を押さえる。
カールナルド国王や王妃、王太子であるリオネルを前にローズマリーはなんて言ったのだろうか。
『──このクソ野郎どもっ! ぶっ潰してやるからな』
そう叫んだことを思い出して、ローズマリーは頭を抱える。
(な、なんてことを言ってしまったのでしょうか……!)
恐らくローズマリーは不敬罪で牢の中に入ったに違いない。
このまま死ぬのだろうが、最後に手足を伸ばせたのはよかったと思えた。
それも箱を開けてくれたリオネルと箱に植物を生やしたままにしていた自分のおかげなのかもしれないと考えていた。
「…………あれ?」
しかし何かを忘れているような気がしてローズマリーは慌てて辺りを見回していた。
すると牢屋の中なのに何故かふかふかなベッドがあった。
どうしてベッドがあるのか考えている間に見覚えのあるアイスグリーンの髪をした幼児、男の子の姿がある。
「あなたは……」
『ローズマリー、ありがとう』
「……!」
『ローズマリーをいじめた奴、全員きらい。ここはもう安全だよ』
にっこりと笑った幼児はローズマリーを守るようにギュッと抱きしめる。
ローズマリーも幼児を包み込むように抱きしめた。
この子が魔法樹の赤ん坊だとすぐに理解できた。
「たしかにあの場所よりは安全ですね」
牢屋だが、バルガルド王国よりは安全だろう。
ローズマリーは微笑みながらアイスグリーンの髪を撫でていると男の子が顔を上げる。
『ボクはアイビー、助けてくれてありがとう』
「アイビーくん……?」
幼児がペラペラと言葉を話しているのには驚いてしまうが、今はそんなことはどうでもよかった。
アイビーが元気で目の前にいてくれる、それだけでいい。
クロムとの約束を守れたような気がして嬉しかった。
『ローズマリー、お願い。助けてほしい』
「……?」
『オパール、苦しんでる』
「オパール……?」
ローズマリーは首を傾げる。だが、アイビーの視線の先を辿る。
ベッドには彼と同じくらいの年齢の女児が眠っている。
アイビーよりも髪の色が薄く、腰までの長さの髪の三つ編みが印象的だ。
顔色が悪く痩せ細っており、今にも消えてしまいそうだ。
『聖女の力、必要。オパール、目覚めない』
「それはオパールちゃんが元気がないということでしょうか」
『そう。オパール、元気ない』
「アイビーくん、安心してください。必ずわたしが元気にしますから」
『ありがとう、ローズマリー!』
アイビーは満面の笑みで頷いた。
安心したのかアイビーは座っているローズマリーの間に体を捩じ込む。
すると徐々に牢の中に何故か暖かい光が差し込んでくる。
それに牢屋なのに空気が澄んでいて気持ちいい。
(どうしてでしょうか。不思議な牢屋ですね……でも、なんだか心地いい気がします……あ、わかりました。天国からのお迎えですね)
ローズマリーを襲う眠気。
なんとか目を開こうとしても眠気に抗えない。
アイビーを抱きしめつつ、ローズマリーはそっと瞼を閉じた。




