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今までは木箱に食べられるものを運んでいたが、今度はそこら辺にある草や花をひとまとめにして箱の中へ。
箱の中で分別して、食べられる草をもしゃもしゃと咀嚼する。
孤児院で飢えを凌ぐために食べていた時と同じだ。
久しぶりに青臭い香りが鼻に抜けていく。
懐かしくも苦みの強い味がじんわりと広がった。
あまりのひもじさに涙が溢れそうになってしまう。
(このくらい我慢できます。わたしは強いのです。大丈夫ですから……!)
弱気になるたびに気合いで乗り切る。
だが、夜になるたびに『ずっとこのままだったらどうしよう』と不安になり弱気になってしまう。
けれど魔法樹を守るのは自分しかいないこと、クロムが助けてくれたことや、彼のためにも魔法樹を守りたいと思い?乗り切っていた。
ローズマリーは赤ん坊に定期的に魔力を込めていたのだが、どんどん体が大きくなるので箱の中が狭くなる。
あれから泣くこともなく眠り続けている。
(よく寝てくれて助かります。とてもいい子ですね……)
それから用をどうやって足していたのか、それも植物を利用していた。
それ以上は聞かないでいただきたい。
箱の中にいることで羞恥心は捨てていた。
手を綺麗にする用、保存食の木の実や食用の野草、匂い消しのハーブ。
いつの間にか役割別の植物がローズマリーの前に積み上がっていく。
──どのくらいそうして生活していただろうか。
少なくとも一週間くらいは箱の中のままだったような気がした。
わずかな食べ物と水分で食い繋ぎ、もはや肉体的にも精神的にも限界
ローズマリーが草や花をもしゃもしゃと食べていたが、口端からぽとりと落ちる。
ローズマリーもどんどんと気持ちが追い詰められていき、次第にこんな目に遭わせたクリストフや嘘をついたミシュリーヌに対する怒りが込み上げてくる。
狭い箱の中、抜け出せない絶望と終わりが見えない生活。
狭い空間のストレスがローズマリーを支配する。
(ああ……つらいです。もう限界です)
この時、箱の蓋が開いていることにまったく気づかなかった。
ミシュリーヌやクリストフ、魔法樹のクロムを枯らしたバルガルド王国への怒りが、この瞬間に大爆発である。
ローズマリーは極限の状態で血走った目で立ち上がり……思いきり叫んだ。
「──このクソ野郎どもっ! ぶっ潰してやるからな」
それと同時に立ち上がった。
どうして立ち上がれたのか理解できないまま眩しさと明るさに違和感を覚える。
ここは箱の中のはずなのに、何故かローズマリーの周りを人が取り囲んでいるではないか。
(あれ……? わたしは箱の中にいたのではないでしょうか)
首を捻りつつ、ローズマリーの足がじんじんと痺れている。
気を抜けば後ろに倒れ込んでしまいそうだった。
(どうしてわたしは立っているのでしょう……?)
まったく状況が掴めずにローズマリーは動けなかった。
真っ赤な絨毯、煌びやかなシャンデリア、豪華な金色と真っ白な壁。
目の前には王様が座りそうな金色に縁どられて真っ赤な革が張られた椅子と立派な髭を生やした男性。
その隣には王妃らしき人に王子らしき青年が瞬きを繰り返しているように見えた。
「ここは……どこでしょうか?」
静まり返った会場でローズマリーの声が響く。
ついに追い詰められすぎて頭がおかしくなり、夢でも見ているのだろうか。
「ここはカールナルド王国だ。それからワシはこの国の王だ」
「箱の中にカールナルド王国はありませんし、国王がこんなところにいるはずありません。あなたは何を言っているのですか?」
「「「「「…………」」」」」
どうやらローズマリーは変な夢を見てしまっているようだ。
カールナルド王国の王族らしき人たちの前に立っているなんて、どう考えたっておかしい。
(夢なら早く醒めて欲しいです……!)
ローズマリーは頬をつねってみると何故か痛い。
首を捻りつつ、何度も繰り返してみるが確かに痛みがある。
現実から逃げるように考えを巡らせていき足元を見る。
すると箱の蓋が開いているではないか。
そもそも立てていることがおかしいという結論に辿り着く。
「この夢はおかしいです。箱が開いたのは何故でしょうか」
「ゴホン……箱にかかっていた魔法はリオネルが解いた」
ローズマリーは自称カールナルド国王の視線の先、リオネルと呼ばれた人物を見た。
輝かんばかりのホワイトシルバーの髪
肩ほどまで伸ばされており、スッと伸びた鼻筋に薄い唇、太陽のようなオレンジ色の瞳が猫のように細まった。
「リオネルが草木がまとわりついている不思議な箱があると、辺境近くの荷馬車からこの箱をここまで運んできたんだ」
「箱にかかっていた、魔法……?」
「魔法が解けた瞬間、君が飛び出してきていきなり我々に暴言を吐いたというわけだ」
「…………え?」
状況がわからずにローズマリーは固まっていた。
先ほど、自称カールナルド国王に言われた言葉を懸命に噛み砕いて考える。
それにリオネルというのは隣国のカールナルド王国の王太子の名前ではなかっただろうか。
頭が回らずにボーっとしていたローズマリーだったが、急にお腹が波打ち始める。
嫌な予感を感じるが、ローズマリーにはどうすることもできなかった。
──グーギュルギュルギュルッ
地鳴りのような音がホールに響き渡る。
その音と一緒に魔法樹の赤ん坊の泣き声が聞こえた。
「あっ……! 忘れていました。申し訳ありません」
ローズマリーは反射的に小さな体を抱え上げて、フラフラとした足取りで今までやっていた通りに魔力を込める。
するとすぐに泣き声が止む。
(はぁ……よかったです)
周囲から音が消えたことに驚き辺りを見回す。
ホールにいる人がローズマリーを見ているではないか。
(また何かしてしまったのでしょうか……ああ、まず暴言を吐いてしまったことを謝罪しなければいけませんね。それから……それからどうするんでしたっけ?)
ズンと感じる体の重み。こうして立っているのもつらい。
もう赤ん坊ではなくほとんど幼児になっていたが、そんなことも気にならないほどにお腹が空いていた。
極限状態なローズマリーは力を振り絞り幼児を抱え上げる。
(もしかしてまだ泣いているのでしょうか。泣き止ませなければ……いや、笑っています。これは夢……?)
嬉しそうに笑う幼児を高い高いしていると、自分の視界がグラグラと揺れていた。
そんな中、こちらにやってきたリオネルが驚いた表情で問いかけてくる。
「まさか……君は〝聖女〟なのか!?」




