①
「──ローズマリー・リィーズを国外追放とするっ」
ローズマリーは赤ん坊を守るように抱きしめていた。
空気を読んでくれたのか、今は泣き止んでくれている。
「聖女として何もしていないのに偉そうに国を出たいだと!? ミシュリーヌの優しさがここまでローズマリーをつけ上がらせてしまうとは。魔法樹の管理はミシュリーヌ一人で十分だ!」
その瞬間、ローズマリーの中で何かがプチリと切れた。
今までローズマリーはずっとずっと我慢していた。
満足な食事ができたらそれでいいと言い聞かせていた。
だけどもう限界だ。
ローズマリーは枯れてしまったクロムのことを思い、瞼を閉じてからゆっくりと開いた。
「本当によろしいのですね? わたしは今まで一度もミシュリーヌ様が魔法樹を癒しているところを見て……」
「──無礼者ッ! これだから元平民は非常識で嫌になりますわ!」
ミシュリーヌがローズマリーの言葉に被せるようにして声を荒げた。
ローズマリーはため息を吐くしかなかった。
これ以上、何を言ったとしてもこの状況では無駄なのだろう。
クリストフとミシュリーヌはローズマリーの初めて見る反抗的な態度にかなり苛立っているようだ。
頭に血が昇っているのか、吐く息は荒く目が血走っている。
「ただ追放するだけではつまらない……ああ、そうだ。いいことを思いついた」
「赤ん坊もろともローズマリーを捕獲して箱に閉じ込めろ。もちろん〝あの箱〟だ」
「……!?」
「俺を裏切った罪を償うがいい……!」
クリストフの近衛騎士が容赦なくローズマリーを引きずっていく。
「……っ! やめてくださいっ」
「早くこの箱に入れ!」
「ぐっ……!」
抵抗していたが背中を強く打ちつけたことで声が漏れた。
大きな箱に投げ込まれたローズマリーは魔法樹の赤ん坊だけは傷つけないようにと抱きしめる。
最後に見えたのは不快そうに眉を寄せるクリストフと、ミシュリーヌとルレシティ公爵の真っ赤な唇が大きな弧を描いていた。
その光景を最後にローズマリーの視界は真っ暗に染まる。
箱に閉じ込められて何も見えなくなった。
* * *
ローズマリーは物心つく頃から孤児院にいた。
両親に愛された記憶どころか、どこで生まれたのか、どうしてここにいるのかわからない。
まるで何かが抜け落ちたようにローズマリーには記憶がない。
何も覚えていなかった。
空っぽの自分が恐ろしいと感じていたが、次第にそれもどうでもよくなってしまう。
孤児院の中で生き残るために毎日必死だったからだ。
ローズマリーは他の子どもたちのように笑ったり怒ったり癇癪を起こすこともない静かな子どもだった。
一人で過ごすことも多かったし、何故か色とりどりの不思議な光が見えた。
そのためローズマリーは寂しさを感じたことはない。
神父は何もない場所を見つめている姿を見て『不気味だ』とよく言っていたが、ローズマリーはその光が大好きだった。
ローズマリーはこの国にはないというライムグリーンの珍しい髪色を持っていた。
胸ほどの長さの髪を二つに結えており、瞳は透き通るようなライトブラウン。
いつも他人には見えない光を追いかけていたこともあり、孤児院では浮いた存在だったのかもしれない。
男の子たちにいじめられたり馬鹿にされたこともあったが、ローズマリーはやられっぱなしではなかった。
痛がることもなく無表情でやり返すローズマリーは恐ろしく映っていたらしい。
ボコボコになるまで殴りあっていたため、神父には『問題を起こすな』と怒られてしまう。
だが、ローズマリーはやられたからやり返しただけである。
あまり感情が動かずに淡々としているローズマリーは神父にも可愛げがないと言われたし、気味の悪い子どもだと言われていた。
唯一、心を許せたのは優しいシスターだけ。
姉のように慕っていた彼女もすぐにどこかに消えてしまったが。
里親も見つからずに、ずっとこのまま窮屈な孤児院で暮らしていかなければならないのかと思っていた時だ。
ローズマリーに聖女の力が発現した。それが七歳の時だ。
宙に浮いている光が魔法樹から作られた魔法の元となる存在、魔力だということに気づいたのは聖女となってからだ。
その力が発覚するきっかけとなった出来事がある。
それは〝食欲〟である。
ローズマリーは孤児院で暮らしながら常々、思っていたことがあった。
『お腹いっぱいになりたい』
『おいしいご飯が食べたい』
孤児院で常にお腹を空かせていたローズマリーは、幼いながら常に空腹だということに絶望していた。
(どうしてわたしはここに生まれてきたのでしょうか。こんなにお腹が空くのは何故でしょうか……)
ローズマリーだけではない。孤児院にいる子どもたちは皆、痩せ細っていた。
でっぷりとしたお腹を撫でながら神父は、子どもたちには見えないところで見たことがない脂が乗った大きな肉を食べている。
想像するだけで涎が滴り落ちてしまいそうだ。
意地悪な神父は子どもたちに満足な食事を与えることはなく、私腹を肥やしていた。
(神父様ばかりずるいです。絶対に……絶対に許しませんから)
口癖のように『この国は不公平だ。貴族でなければ終わりなんだよ』と言っていたが、ローズマリーにはなんのことを言っているのかわからない。
ただローズマリーの中で神父への恨みが募っていく。
満足な食事を得られずに、病に罹ったり衰弱してバタバタと倒れていく孤児院の仲間たち。
ローズマリーも空腹が続きすぎてフラフラしていた。
どうしてもお腹が空いて仕方ない時は、その辺に生えている野草を食べた。
木に登って実を取り、花の蜜を吸って飢えを凌いでいた。
いつものように孤児院の周りで食材を探し回っていた日のこと。
(……今日は木の実だけ。この木の実は栄養はありそうですが腹持ちがよくありません)
ローズマリーは小さな木の実を手のひらに乗せてもっと増えないかと眺めていた時だった。
手のひらにある木の実が突然、大きくなっていたのだ。
(どうして巨大化したのでしょうか……もしかして空腹による幻覚では?)
最初は気のせいかと思っていたが、食べられる草や花、木の実や果実を大きくできると気づいた。
(これでみんなが飢えることがなくなるのではないでしょうか!)
ローズマリーは恵を与えてくれる草木や花が大好きだった。
本当に本当に心から感謝していたのだ。
神父に内緒で畑の作物を大きくしてから皆に分け与えて飢えを凌いでいた。
影響を与えられるのは植物だけでパンなどの加工したものには不可能。
ローズマリーが世話している花だけ鮮やかに色づいて咲き誇ったり、育てていた野菜が巨大化したことで生活が一変した。
(これでお腹いっぱい食べられます!)
しかしそのことがついに神父にバレてしまう。