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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
第十三話【巴の欠片】
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第十三話【巴の欠片】1

 上を向くほどに濃くなってゆく青空。

 その美しさに霞を掛ける白雲。

 目を下に向けると、深い緑の山々と、それ等に守られる彩豊かな人々の営み、その先には白いうねりを絶えず送り続ける青々とした海が佇み……。

 自分がどこから来たのか、その問いの答えとしてまさに此処だと胸を張って言いたくなる。


 桃色の麻の葉紋様が描かれた灰色の直垂を着る傷んだ白髪の青年は、袖で眼鏡を拭きながら「そろそろか……? いや、まだか……」とぼやきながら遠い海原の彼方へと目を泳がせていた。

 たまに行き交う門番や白拍子、商人達と、

 「あれ、執権殿がこんな所でお一人で……待ち人でも?」

 「まあそんなところだ。久し振りに外の風を浴びながら、随分待たされてるよ」

 「流れ者は死なねえとはいえ、夜には御所に戻って下せえよ。でねえと神坐姫がお冠になりますぜ」

 「執権ってトキヤ、あんただったの!? だったら頼みがあるんだけど、トキタロウにいい加減金払えって言っといてよ!」

 「まだアニキはツケてんですか……!? 結構な給料払ってるんだけどな……ここに来る事になってるんで、一緒に待っときます?」

 「そうしたいのは山々だけど……あたいが居たらあんたがいつまで経っても待ちぼうけになっちゃうと思うから、あいつの顔を拝ませてもらうのはまた今度でいっかな。じゃあね」

 「執権殿ぉー、頼みがありましてねえ……後生に御座います! このよう分からん赤い尖った木の実を買い取って下せえ! ヤマモトの将軍様に頼まれて仕入れたんですけど、御所望なのはこれとは違う赤い実だったみてえで……!」

 「これは……そうだな、サエグサに売りに行けばいい。奴等なら言い値で買うと思う」

 「そうなんですかい……? じゃあ、行ってみまさあ。それでも断られた時は、頼んますねー!」

 と言葉を交わしながらも、じっと待ち続けていた。

 そのうち……ゆったりとした人の足音がして、思わず振り返った青年だったが、

 「久しぶりだね、トキヤ君。こんな所で何してるの?」

 そこにいたのは待ち人ではなく、待ち人がかつてその命を救った妖精の女だった。

 「いや待て、それはおかしいだろ」

 「だってさ、トキタロウ」

 「ダメだろ、折角のサプライズなのにネタバラシしたら」

 爽やかな男の声が後ろから聞こえた。

 「バレバレでしょうもない事すんなよ、アニキ」

 青年は何処か冷めた調子でそう彼を呼んだ。

 「でもバレバレのしょうもない事させてくれるお前が大好きだぜ、トキヤ」

 気恥ずかしそうに、白の直垂を着た古風な美形の男が笑う。

 「まあ俺もアニキの事は大好きだけど、それはそれとして……どうしたんだよ、こんなとこに呼んで」

 「たまには兄弟水入らずで話したかったんだよ」

 「じゃ、私はこれで」「ああ、また秋になったら紅葉狩りにでも行こうぜ」

 「ええ……帰らせていいのかよ」

 「そこでばったり会っただけだからな。あっちはあっちで円に呪具を借りに行く途中だったってさ」

 「円、レンタル業やってるのか……アイツのんびり屋ですっとこどっこいな割にちゃっかりしてるな」

 ……暫し、2人はそよ風に吹かれるまま心地良い沈黙の時を過ごして。

 「最近はどうだ? トキヤ。また旭からキツい頼み事ばっかりされてるような気がするけど」

 「それだけ頼りにされてるってのは良い事だろ? 転生者と現地人を繋ぐ役目が問題なく果たせてるって事だし」

 「こっちが断腸の思いで貸してやってる弟を、ボロ雑巾みてえに使われるのは癪なんだよ」

 「そうは言ってもあんまり旭の役に立てる事が多くないから、出来る事は何でもやりたいんだ」

 「お前の気持ちは分かるけどさ……」

 「それよりさっきアニキ待ってる間に、白拍子からツケをいい加減払うよう伝えろって言われたんだけど」

 「え゛っ……あ、アレー? っかしいな、将軍になった時に借金もツケも全部払ったと思ってたんだけどな……どこのどいつか分かるか?」

 「多分、二年前の夏祭りにウチで踊ってもらった人だと思う……でも変だよな、日当はあの時俺が手渡ししたハズなのに……」

 「……ああ! アイツか! 確かに『特別手当』を後払いにしてた! 後はオレがやっとくよ、だからトキヤはもう気にしなくていいからな? な!」

 明らかに焦った様子になったトキタロウの姿を前に、トキヤは白けた目つきを向けた。

 「あの白拍子にまで手ェ出してたのかよ……アニキはウサギか何かなのか?」

 「せめて馬にしねえか?」

 男と女の下世話な話を掘り当ててしまったトキヤは、然してトキタロウの顔を見て、

 「はぁ……そういや、アニキって私生児とかいるの? 今の時点で」

 とある『草が燃えそうになった騒ぎが起きた日』の夜中に見た、嫌な事を思い出してしまった。

 「は? ガキ……? 何言ってんだよトキヤ、転生者はガキなんて……」

 トキタロウがどこかしどろもどろな様子になりながらも、しらばっくれてきょとんとしたような顔を取り繕って話し始めたのを、

 「おい! 何時までぐずぐずしておるのだ!?」

 白い狩衣を着た長い桃色の髪の女が割って入って遮った。

 「旭、今日はアニキと話があるって言ってただろ」

 「会って話をするだけならば、朝から出掛けたっきり昼を過ぎておるのは長無駄話が過ぎるのではないか?」

 「悪ィな、朝からデートしようって言ったのに昼まで待たせちまったのはオレなんだ。でもまあ、他でもない旭の頼みだ。続きはまた今度にしようぜ、トキヤ」

 「分かったよアニキ」

 「んじゃ、オレはちょっと娑婆の空気を味わってから帰るよ。先行っててくれ」

 「いや、このままお前にも居てもらいたいのだ」

 予想だにしていなかった旭の答えに、トキタロウは自分を指差しながら首を傾げる。

 「実はな、ここ最近真仲が見えぬようでな。トキタロウ、お前何か知らぬか?」

 「真仲……か? アイツ、トキヤが呪い使って寝取ってからは四六時中ヤり散らかして……たら、ここにトキヤは来れねえもんな……トキヤ?」

 トキタロウと旭から視線を向けられたトキヤは……視線を逸らした。

 「この調子でな、トキヤは碌に何も教えてくれぬのだ。問い詰めても円が出てきて話をはぐらかしてしまう故、最早お前を以て制する他無いと思ったのだ」

 「ソイツぁ困ったな。トキヤの口を割らせるのは一苦労だぜ?」

 「お前ならば容易いと思うたのだがな?」

 聞こえよがしに話す2人を前にしても、トキヤは頑として譲らない。

 そうこうしている内に、

 「姉上が知る必要はありませぬ、と前にもお伝えしたでしょう」

 旭の言う通り、僧衣を着た女がトキヤを庇う様に現れたが……。

 「あれ? 円、今日は頭巾被ってないんだな」

 トキヤが何の気なしに言った通り、彼女は頭巾を外して旭と同じような色の髪を……長く伸ばしながらも旭とは違って真っ直ぐに切り揃えている桃色の髪を……外に出していた。

 「そろそろ暑くなってきましたから。それに、ここは姉上や兄上がいるので、この髪の色をとやかく言われる事もありませんし」

 「なんか円の髪を見たのって初めてだからかな……旭と同じ色なのは当たり前なのに、新鮮な感じがして、凄く好いと思う」

 「んふふ……そうですか? 義兄上に褒めていただけるなら、この髪の事も少しは好きになれそうです」

 トキヤの素直な感想に可憐な微笑みを向ける円へ、

 「また左様に話の腰を折りに来たな? いい加減に応えよ、円。真仲はいずこへ行ったのだ?」

 旭はトキタロウと並び、トキヤ達に詰め寄った。

 「何度も言わせないで下さい。姉上が、知る必要は、ありませぬ」

 腕を組む旭に、首を掻くトキタロウ……だったが、

 「なあ、円……まさかとは思うんだけどよ、何かの間違いで、お前の魔術だが呪いだかの実験中に、うっかり死なせちまった、とかじゃないだろうな?」

 ふと、軽い調子で円に質問を投げかけた。

 その問いを聞ききるよりも先に円は自尊心を傷つけられたようで、顔を真っ赤にして怒りながら、

 「殺す等と滅相もありませぬ! 真仲様は私の大事な実験動物、きちんと管理して運用をしております!」

 そう強く否定の言葉を投げつけたが、

 「へえ、そうかい。お前のややこしい呪いの実験台にする為に何処かへ連れ出したのか。教えてくれてありがとよ」

 「えっ……? あっ!」

 「旭……円のこういう口の軽い所、治してやった方がいいと思うぜ」

 全てはトキタロウの掌の上だった。

 「成程な。わしよりも身体の丈夫な奴を使って色々と試したかったが故に、トキヤを言いくるめて連れ出し、好き放題辱めていたという訳か……して、何処でその如何わしい実験とやらを行っておるのだ?」

 「実は、ジョージ様がこの前中ヒノモトに建てられた保養地が正式に旅籠となった際、地下に遊郭を作られたそうでして……」

 「莫迦!」

 円の話を聞ききる前に、旭は彼女の横っ面を殴った。

 「やめろよ旭! 円、大丈夫か……?」

 「義兄上……」

 トキヤと円は反感の目を旭に向けるが、対する旭の目は冷ややかで、トキタロウも引き攣った笑みを浮かべていた。

 「お前、円お前! 幾らわしの地位を脅かした罪人とはいえ、真仲は中ヒノモトの地頭ぞ!? 平定した地の主を遊女に貶めたとなれば、わしは己の先祖代々と同じ辛苦を従えた者に喰らわせる鬼にも勝る畜生が如き人でなしの誹りを免れぬではないか!」

 「し、然し我等の想定を遥かに越えて真仲様の性欲は強過ぎたので御座います! このまま義兄上が干からびてしまう様な事は私も避けたく、致し方無かったのです!」

 「おうおう! そうか! それが事の真相か! 呪いを掛けてしまえば確かに欲の虜となってしまう故なあ! かといって斯様なやり方があるか! お前もお前だトキヤ! 死に戻らぬ真仲如きに体力で負けるとは、流れ者の恥と思え!」

 「で、でもそんな事言ってるお前だっていつも真仲より先に寝ちゃってるだろ! 円を毎回呼ぶ訳にもいかないから、旭が寝たらその後は、俺がずっと1人で相手しなくちゃいけなくて……」

 「四の五の言うな! 今直ぐ真仲を連れ戻すのだ! 御所に戻って出立の手筈を整え次第一刻も早く行くぞ! 分かったかトキヤ! 円!」

 「「はーい……」」

 「気をつけてなー、トキヤー。旭ー、留守はオレに任しとけー」

 3人は自分達に手を振るトキタロウを背に、大急ぎで御所へと戻っていった。





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