第十一話【奈落の果て】8
翌朝。
「うぅ……流石に一晩ぶっ続けは頭がくらくらするな……昼にまた来るからな、トキヤ」
「分かった、俺も頑張るよ旭。後は二人でやろう、円。疲れたならいつでも言ってくれ、休憩を挟むから」
「あ゛へぇ゛っ……え゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛……っ♥ ごっ♥ ご心配、な、く……♥ 義兄上ぇ……♥」
「……すぐ戻って来るからな! 要らぬ事を考えるでないぞ、円!」
「う゛ぇっ!? ひゃ、ひゃいっ! も、勿論に御座います姉上! 必ずや、手筈を整えます……!」
旭はふらつきながらも、すっかり慣れた様子のトキヤと、それとは対照的に満身創痍な円を残してどうにか部屋を脱した。
未だ呪いは狙い通りの具合とはいかず、しかし相手はこちらの事情など鑑みてくれる訳がない。
菱川真仲。
御しやすい相手であるからこそ、搦め手無しでは到底勝てない相手でもある。
正面からまともに戦えば雷落としで消し炭にされ、かといって家臣への調略合戦となれば脅す以外に能の無い己では黙っていても人から好かれる相手に勝ち目が無い。
正面から戦わずして真仲を己に屈させる、その手段において……己の一族を長年苦しめたこの呪いがまさか一発逆転の突破口となるとは何たる皮肉か。
「それでも……それでもだ」
人々が『歳を取らず死にもしない物怪ども』と呼び忌み嫌っていた流れ者を味方に引き入れた時からそうであったように、これからも手段を選んではいられない。
己の名誉を取り戻すには、人々を導く役目は何者にも譲れない。
人々を導く為には、恨みは無くとも亜人を斃せるだけ斃し、己の強さを示す他ない。
亜人を斃すにあたっては、出来るだけ手勢を多く揃えねばならない。
その為には、人が大軍を率いて人を殺し合う事はなるべく避けねばならない。力で東ヒノモトの豪族達を従えて回った時とは事情が違うのだ。
……そうこう考えている内に、いつの間にか皆の待つ議場に着いていた。
「よっ、相変わらず朝から辛気臭え顔してんな、旭!」
「お前達の杜撰なやり方では神坐は三日と持たず滅びてしまう故、悩みが絶えぬのだ」
トキタロウが爽やかに、そして無慈悲に揶揄ってくる。
「さて、姫様。もう真仲の軍勢はこれ以上東に来させられねえぜ。尻尾巻いて逃げるなら今の内だ。……戦れるか?」
「お前は逃げたいのか? だが、斯様な事となったのはお前が一因でもあるのだ、真仲を下して従えるまでは逃げられると思うなよ?」
ヒョンウは何時にも増して不敵に笑い、自身も分かりきっている旭の覚悟を問い直す。
「その様子では……まだ円ちゃんの準備が出来ていないようだね。時間稼ぎは僕とバレンティンが買おうじゃないか」
「お前に何かあってはこの国が傾く。戦さ場にはタンジンを向かわせるつもり故、わしの許でしかと皆の働きに目を通せ」
ガニザニが珍しく自ら刃を交えようとする程に、この戦は失敗出来ない。
「おやおや、相変わらず我が主は人使いが荒い。ワタクシに刀を振るわせようとは、うっかり真仲の首と胴を死に別れさせてしまうかもしれませんよ?」
「お前にそれが出来るは斬り合いの場ではなく一閃で決められる居合の場であろう、あまり無茶をせず戦を運べ。よいな?」
タンジンはいつも通り、超然と構えている……が、最近のお気に入りの手慰みであった鉄扇を今朝は忘れてきているようだ。
「で、俺達が先に真仲をシバいちまったらダメなんだよな? 真仲とあの辺りの豪族を皆殺しにしちまえるなら、でっけえリゾートでも作れるんだがなあ?」
「保養地が欲しいのであればこの地の海辺が空いておろう、そこにでも何か建てておけ。わしは中ヒノモトの人々もこの手で救ってやりたいのだ、殺す等と言語道断ぞ」
今から休みが欲しいと言い出しているジョージは、既にこの戦が武力のぶつかり合いとなった時に如何なる損害を被るかが見えているのだろう。
「真仲とは一時的に味方となったが、俺達の主は女王だけだ。俺も団員も何時でも出られる、今度こそは活躍をさせて貰いたい」
「ううむ……先に言っておくぞ。すまぬ」
「なっ……女王の御心のままに」
最近はバレンティンの扱いにも慣れてきたが、もう少し心を開いてくれればより楽しいやり取りが出来そうだ。
「さて、旭姫。タダぶっ殺すのであれば楽なものを、生かして従えるとは此れ至難の業。幾ら呪いがあろうと、人の心はそう易々と手に入らぬものじゃ」
「ああ、左様だな。しかし、わしはそれを成し遂げねばならぬ」
涼しい顔で言ってのけた旭を前に、チランジーヴィは最高に楽しげな笑みで返す。
「よいぞよいぞ……! それでこそ旭姫、ワシが従うに相応しき、比類なき天上天下唯我独尊の君主サマなのじゃ!」
「奴は高巴なる間者もおる故、お前はここでわしを守れ。流れ者一の麗しき豪傑よ、頼りにしておるぞ」
改めて、旭は外を見やる。
曇天の中からは不吉な音が響き、今にも雨が降りそうだ。
然し……。
例え神が味方せずとも唯一人、必ず味方となってくれる者がいる。
例え敵がどれ程の強者であろうと、必ず死なない味方がここにいる。
「久々の大戦……となる事は許されぬが、何としてでも真仲を屈させねばならぬ。そういった意味では負けられぬこの戦、必ずや勝ちを収めるぞ!」
「「「応!」」」
旭は七将軍の声を背に、天を睨みつけた。




