災難14 鍛錬【最終話】
ウデルタが執事の後についていくと応接室に通された。執事は応接室のドアを開け笑顔で頭を下げてウデルタの入室を促す。
そこには家族が揃っていた。ウデルタは女性の元へとまっすぐに向かいその場で土下座する。
「ユリティナ嬢。あの頃は本当に申し訳なかった。自分の矮小さに気がついていなかった。貴女の歩み寄りを受け入れなかった。自分から努力しようという気持ちがなかった。
最低な婚約者でした。すみません」
「ウデルタ様。謝罪を受け入れます。立ってくださいませ」
ユリティナはウデルタに懇願したが、泣いたまま頭を下げたウデルタは立ち上がらず、『すみません、すみません』と何度も口にしている。
ギバルタがウデルタを後ろから支えて立ち上がらせた。
「ウデルタ様。ご覧になって。わたくし、もうすぐ母親になりますのよ」
ユリティナは自分の大きなお腹を擦る。ギバルタがユリティナに寄り添いユリティナのお腹に手を添えた。二人は見つめ合って微笑んだ。
ウデルタは再び涙を流して俯いた。
「ありがとう……ありがとう。
ユリティナ嬢。幸せになってくれてありがとう。
ギル兄さん。ユリティナ嬢を幸せにしてくれてありがとう。
僕の努力だけでは赦されなかった。お二人が幸せでいてくれるから僕は赦していただけたのです。どうかこれからも幸せに……」
メヘンレンド侯爵夫人はいつの間にかウデルタの隣にいた。自分より幾分か背の低いウデルタの頭に手を乗せた。
「自分の不幸より、人の幸せに目を向けられるようになったのなら、それでいい」
「は……は……うえ……」
ウデルタはメヘンレンド侯爵夫人と目を合わせた。
「いいか。騎士は命を賭して他の者を助ける。それは他の者の幸せを願うからできるのだ。特にお前が所属する近衛は、王家をお守りしているだけではない。王家をお守りすることで国民を守り、国民の幸せを守っているのだ。
騎士の努力は己のためではない。他の者たちの幸せのためだ。それは騎士団における事務官としての努力も然り。
騎士団は『仕事』というだけでできるものではないのだぞ」
「はい」
ウデルタはしっかりと頷いた。メヘンレンド侯爵夫人は目尻を下げる。そしてウデルタの頭を引き寄せた。
「ウディ……。おかえり……」
「母上……。ごめんなさい……ごめんなさい」
メヘンレンド侯爵夫人は夫人の肩で泣くウデルタが落ち着くまでずっとウデルタの頭を撫でていた。
すると、ウデルタの足元に二歳になるという赤い髪の可愛らしい女の子が来てズボンを引っ張る。
「だぁれ?」
「マギィ。ウデルタはお前の叔父さんだよ」
「ウデルタ。マギィはお義母様が大好きだから貴方に取られたと思っているのよ」
チハルタがマギィと呼ばれた女の子を抱き上げ、アーニャがマギィの頭を撫でる。
「かあさま! 俺もっ!」
アーニャに駆け寄る男の子。チハルタの息子ライタルだ。アーニャはニコニコとライタルの頭を撫でた。
「ライタルはこんなに大きくなったのですね」
「今ならまだウデルタでも勝てるぞ」
チハルタはウデルタをからかいながらライタルの頭をガシャガシャと撫ぜる。
侯爵は家族が揃ったことを喜びソファで泣いていた。騎士団では顰めっ面しかしない騎士団長がこんなに泣き虫なのは、家族だけの秘密だ。執事が背を擦って慰めている。
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翌年、騎士団専属文官に採用されたのは女性文官で、その女性は王妃陛下から『准淑女の称号』を得た男爵令嬢であった。
そのご令嬢とウデルタは懇意になった。彼女は次女なので二人とも継ぐものはない。
二人は婚姻を機に王都に借りた小さな一軒家で暮らし始めた。貴族文官を続けるために侯爵家の一員として名を連ねてはいるが、メイドも付けず平民と同じように暮らしてる。准男爵の爵位を受けるほどの功績を残したわけではないが、二人共騎士団にはなくてはならない存在になっていた。
二人の間に子供はできなかった。それでも、二人はいつまでも微笑みの絶えない思い合える夫婦であった。
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「チハルタ! 行くぞ!」
ギバルタは婿入りし、ウデルタは外に出た。侯爵夫人の相手をするのは、今はチハルタしかいない。残念ながらアーニャではまだ侯爵夫人の相手にはならないのだ。
チハルタはすごすごと鍛錬場へ向かう。チハルタの災難は、後継者ライタルが成長するまで続きそうだ。
そんなライタルは侯爵夫人とチハルタの後を追い、キラキラした瞳で二人の鍛錬の様子を見ている。
〜 fin 〜
ここまでお付きあいいただきましてありがとうございました。
これにて最終話とさせていただきます。
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