決別
元々『本来の』ヤヒロ自身口数が少なく、病弱で俺と意識が入れ替わるまで、10歳まで学び舎には通っていたが、その後急激に体調を悪くする日が続き、ここ4年はほとんど医者か、ベッドの上で過ごしていたという。
それが突然人間が変わったように動いてるのだ。皆一様に「誰?」という顔でうかがって、母は最初は心配してた。もうこのまま死ぬんではないか、と涙ながらに抱きしめられたこともあった。当然だろう。
俺も同じ経験をしてきたのだから、痛いほどわかった。
その日は母レーネの頭をやさしく撫で、抱きしめた。
(中身が違ってごめんよ)
心の底では罪悪感で一杯だった。
一応祖母のメリルからは「中身」が違うことは口止めされていた。俺が変なことを言い始めたと、街の者から奇異の目で家族全員見られるかもしれない、それに家族内で 色々 あったらしく、今言うのは吉ではない、と秘密にしておくよう言われた。
確かに、急に言われても「は?」となるだけだろう。
それ以外は全てが充実していたように思える。いつ意識が本来の「ヤヒロ・モリユギ」に戻ってもいいように。
そして1年が過ぎた。
身体は成長し、幾分か男らしい体つきになり、少女のような体は今は面影もない。健康男児そのものだ。アソコの毛だってもうジャングルだ。
姉クローネの友人である、エルフでクローネの彼氏であるセイル、獣人族で最近俺がトレーニングしてるのを知っての様子をたまに見に来る、ボ○サップそっくりのガイと知り合えた。
そして魔法も火と水をある程度あつかえるようになった。メリルや母のレーネ曰く、元来人間の体に流れる魔法の源というのは1種類の属性であり、元いた世界でいう血液型のような物らしい。人間が2種類の属性を使えるのはごく一部なのだそうだ。
今もなお、俺の意識はこの「ヤヒロ・モリユギ」の中にある。本来のこの体の持ち主はどこに行ったのだろうとメリルに相談しても、上を向き、困った顔をしたあと
「すまないねぇ、わからないねぇ」
と言うだけだった。
孫が全く別の人間にすり替わって平気なのか?と聞くと、孫がご飯を作る手伝いをし、外を元気に走っている姿を見ると、微笑ましくなるというのだ。
それに俺自身から
「この体の持ち主に申し訳ないことした。」
と言われたことに、悪い人じゃなければ、これも神の試練。と思うようにしたらしい。
案外図太い。
それで、俺はうまく生活できていた。
ただ俺は共に家族で暮らす中で、一つの疑問をぶつけてみた。一番気になって、一番聞きづらかったことだ。
その日もメリルに魔法を教えてもらっていた。水を勢いよく出し続ける「スプラッシュ」である。
なんでも洗濯するときに水を勢いよく出し続けたほうが、汚れが取れるから。というのが教えられてる理由だ。まさにおばあちゃんの知恵袋である。
そしてその途中
「なんでこの家には親父さんがいないんだい?」
メリルは悲しそうな顔をした後、長くなるから休憩してお茶入れようかね。と言いお茶を用意してくれた。
メリルは包み隠さずこう言った。
「私の息子であり、父のジーノは元々冒険者だったんだけど、結婚を機に引退してねぇ、だけどお前が病気になったもんだから・・その医療費を稼ぐために冒険者に復帰してねぇ。
強い魔獣を討伐して、その報酬を家に送ってたんだよ。だけど、去年からお金が届かなくって・・・・そしてジーノの登録してたギルドから『ジーノのパーティは全滅した』って通達
が来たのさ・・・・それで母のレーネが情緒不安定になってしまってねぇ。」
俺は黙って聞き入る。
「そんな時あんたが急に元気になって、魔法やら覚えて、家事の手伝いまでしただろ?
『あぁ、この子が急に元気になったのはジーノが奇跡を起こしてくれたのかもしれない』
って思って、母のレーネも落ち着き始めたのさ。
だからあの時、意識が入れ替わったっていうのを、秘密にして欲しかったんだよ。
すまかったねぇ。」
メリルはしわが多くなった眼尻に涙を溜めていた。それでもメリルは続けた。
「でも、中身が別人になっても今のあんたを見たら、それも良かったって思えるよ。」
俺は正直嬉しかったが、後ろめたさは常にあった。
「何を言ってるんだ、俺はこの子の貴重な将来を奪ったのかもしれないんだぞ。命を懸けた息子の中身が、おっさんにすり替わってたなんて嫌だろ。」
「それでも生きて、笑ってご飯を食べてくれてるじゃないか」
その一言におれは何も言えなかった。そうだ、俺だって生きてほしかった人がいたじゃないか。
俺はその日、本来の世界で母を失ってから初めて、「頑張って、もう1回生きよう」と心に決めた。
ありがとうございます。