その11
アレウスへの支援はリサの呪符やフリントやアスティアとの繋がりを保持できるだけでもそれなりの価値はあろう。付け加えれば、アレウスの冒険者内での名声をも想定した場合、商会への冒険者達からの信頼が高まることがあっても低くなることはない。無形のものを得るという点で考えればこれ以上の儲けはないだろう。
だが、それでは直接利を手に入れることはできない。商人が、それも迷宮都市での遣り手がその点を完全に無視するはずがない。
ならば何があるのかと考えていた答えの一つがフリントが若手にしている紹介であろう。
フリントがそれをなすのならば、アスティアが同じことをしていない道理はない。迷宮都市でも有数の影響力を持つ組織の大幹部が挙って推すとなれば、その宣伝効果たるや如何ほどのものであろう。アレウスへの援助よりも二人の紹介の方が儲かっているのならば、むしろアレウスへの投資の方が主ではなく従であろう。
ただ、その程度の考えでしかない者がこの街でのし上がることができないことを考えれば、間違いなくアレウスへの投資は本人そのものへのものと考えるべきであろう。
要するに、マティロ商会の長は相当な博打打ちなのだ。
「それで、マティロ商会に先ずは向かっているのかね?」
アレウスは覚えのある光景を見てフリントに問い掛けた。
「いえ、違いますぁ。ああ、そうか。旦那は知らないですなぁ。マティロ商会、引っ越しましたぜ? 一応旦那が知っている場所にも店はありやすが、あっしら向けじゃあないですぁ」
「そうなのか? やはり、年月が経つと変わるか」
少しばかり寂しそうにアレウスは呟いた。
「ええ、まあ。お痛した莫迦な商会を底値の時に丸々買い取りやして、そっちを本拠にしたんですぁ」
「ほう、そうなのか……ん?」
アレウスはふと疑問にぶち当たる。「本拠を移転したという事は、元の場所よりも良い立地を手に入れたと云う事か?」
「目抜き通りに面した一角を入手しやしてねぇ」
「待て待て。目抜き通りにある商会はどこもここも百年や二百年ですまない老舗揃いだぞ? 一体、どこがそんな阿呆な真似をしでかしたんだ?」
流石のアレウスもその答えには驚きを隠せなかった。
有史以前から存在するとも言われるこの迷宮群に挑む冒険者はそれこそ数百年前から存在していた。当然、それを相手に商売する者たちもその時からいるわけであり、タンブーロの街と同じぐらい古い商会が数えるほどある。
そして、古い商会であればあるほど一等地を制しているのも道理であり、余程のことでも無い限り新参の商会が良い土地を抑える事は無かった。
「ま、それは追々のお楽しみと云う事で」
にやにや笑いながら答えをはぐらかし、フリントはアレウスに覚えの無い道を歩き始める。
「こっちにマティロ商会絡みの建物はあったか?」
「矢張りこちらもですねぇ、旦那が去った後に旦那を悪し様に表立って云い募った莫迦がいやしてねぇ。流石に他もそんなのを手助けすることも出来ずにマティロ商会に叩き潰されてぇ、後はお察しですぁ」
「……そんなに莫迦が多かったかねえ、この街は」
首を左右に振りながらアレウスはこれ見よがしに大きな溜息を付いた。
「あっしらの徒党が無くなって我が世の春が来たとか思っちまったんでしょうなぁ」
フリントは肩を竦め、「へい、着きやしたぜぇ」と、閑静な区域にある何とも言えない落ち着いた雰囲気の建物へと誘う。
「ここら辺は初めて来るな」
アレウスは感慨深そうに呟く。
「でしょうねぇ。旦那もですが、ラティオの奴がここら辺の住人からは睨まれていやしたからねぇ。マティロ商会も新興でやすし、流石に千年近く歴史のある街に古くから根を張っている連中にゃぁ、些か旗色が悪かったのは確かですぁ」
アレウスは兎も角、ラティオを始めとした徒党の面々は既存の体制派に媚びを売る様な人種ではなかった。その上、新興のマティロ商会を使っていたのだから、そういった勢力の影響が強い地域には滅多なことでは足を踏み入れることはなかったし、客として訪れることなどあり得なかった。
故に、アレウスが隔世の感を覚えるのは当然のことであり、フリントも同感であった。
「……悪かった、ね。今は好転したのかな?」
「当然致しましたとも。お久しぶりですな、アレウス殿」
二人の会話に建物の奥から物腰の柔らかそうな中年の男が恭しく頭を下げながら介入してきた。
「これは頭取。御無沙汰をしていた。何も返せずに申し訳ない」
アレウスは驚きの表情を慌てて隠しながら、深々と礼をする。
「ああ、これはこれは。面を上げて下さいませ」
男は困り切った表情でアレウスに懇願する。
「流石に礼は欠かしたくないのでな」
「いえいえ。貴方様に頭を下げられますと、後々面倒な事になりますから。それに、我が商会がここまで育ったのもひとえにアレウス様とリサ様の御陰でありますから、皆様方の一生涯面倒を見ることですら恩を返しきれるかどうか……」
相手に譲ろうともせずに腰が低いままのアレウスに、男は必死になって食い下がる。
「こちらもその分助けて貰っているから気にされてもな」
「ま、積もる話は後に致しましょうや。今はお二人を部屋に案内が先ですぁね」
なおもお互い譲り合わなさそうだと思ったフリントは、雰囲気を変えるべく当たり前の事を至極当然とばかりにこれ見よがしに提案して見せた。
「おっと、これは何とも。気が利かずに申し訳ありません」
男は一礼してから従業員を呼び、アレウスとレイの荷物を持って部屋に案内する様に指示を出す。「それでは御二方、又後程」




