その12
忙しそうに立ち去っていった男を見届けてから、
「それじゃ、旦那。あっしも一度組合の方に顔出してから又来やすんで、ゆっくりと休んでいて下せぇ」
と、フリントも深々と一礼し、ぞろぞろとお付きの者を従えて元来た道を戻っていった。
「こちらになります」
残された二人に従業員が案内を始める。
「俺の想定よりも幾分か上の宿だな」
アレウスはレイにだけ聞こえる声で囁く。
「想定していた宿はどんなものだったの?」
「俺の定宿だな。目抜き通りから一つ裏に入ったところにある大迷宮探索者慣れした老舗だ。まあ、ここと比べると数段落ちるが、その宿に泊まれるという事がこの街にいる冒険者からは一目置かれる要因となる、その様な格式のある良い宿だな」
「何でそっちにしなかったのかな?」
「あっちだと、俺が戻ってきたことがあっと云う間に知られるからだろうな」
鋭い目付きでアレウスは呟いた。
「それが何か問題なの?」
「さて? 俺には問題ないのだが、な」
苦笑しながら、「それを伏せていた方が得する連中がいる様だな」と、肩を竦めて見せた。
通された部屋で暫し休んだ後、アレウスとレイは宿の使用人に案内され、離れの一室に案内された。
「へー、良い眺めだね」
レイが言った通り、部屋の濡れ縁に通じる大窓からの眺めは迷宮都市のある島が一望できる見事な借景であった。
「お気に召したのならば用意した甲斐があったというものですわ」
男が一礼して部屋に入ってくる。「先程は失礼致しました。アレウス殿を迎える準備をしてはいたのですが、如何せん前から動かしている話が終わっておりませんでして。ところで、アレウス殿。お連れの方に紹介される栄誉を与えて貰えないものでしょうか?」
「頭取にそこまで腰を低くされると俺の立場がないのだがな。ジニョール河南岸に行った際仲間にしたレイだ。レイよ、こちら、マティロ商会頭取のダイオ・マティロ殿だ。この街では有名な男だよ」
「ええ、外ではマティロ商会の名は知られていないでしょうからね。致し方のないことです」
アレウスの反応から、レイが自分たちのことを知らないと踏んだのか、些か自虐的な返しをダイオはした。
レイとしてもそれに何と反応して良いか悩ましかったので、一礼して誤魔化した。
「もう少し外に力を入れても良いのではないのか?」
「まあ、何もかも私がやるのもどうかと思いますから」
アレウスの問いにダイオは冗談で返す。「ああ、御二方、席にどうぞ。直に他の方々もおいでになりましょう」
「何もかも、か。その割にはここでは大活躍の様だが?」
アレウスはフリントとの会話から自分がいない間にマティロ商会が随分と勢力を増したことを理解していた。この街でそれだけ手を広げたということは外に手を出す余裕が無かったという事であろう。その辺を分かった上で少しばかり冗談めかして近況を聞こうかと切り出したのだ。
「タンブーロは私の戦場ですからね。他人に譲って差し上げる謂われはありませんからなあ。まあ、他の方もそう考えているとは思うのですが、どうにも最近は、ね」
使用人に何か指示を出してから、ダイオはアレウスに首を傾げて見せた。
「フリントの奴も云っていたが、俺が旅立った後、何があったのだ?」
ダイオの歯切れが微妙に悪いことにアレウスは当然気が付いていた。
誤魔化すという程では無いが、何かを敢えて隠そうか悩んでいる、そう見て取った。敢えて追及すれば聞き出せる程度の問題だと見越したのだ。
ならば、アレウスは自分が知っておいた方が良い事柄だと判断した。
「幾つかの有力商会と関係の深い第六層に到達していた徒党が全滅若しくは解散致しましてね。些か面倒な事態が出来しただけですよ」
何事もなかったかの様にダイオは軽く返す。
正しくその台詞の意味を受け取ったアレウスは思わず呻いた。
大迷宮を探索する冒険者徒党と契約をした商会は一蓮托生である。どちらかが裏切ればそのどちらもが転げ落ちる。どちらかが滅すれば、どちらも滅する。大きな商会ならば、幾つか有力徒党を手の内にすることで破滅の危険を分散することも可能だが、逆を言えば二重の危険を手中に収めることでもある。それだけ大迷宮の探索は先が読めないものであった。
徒党からしてみても、自分たちが欲しいものを適正な値段で仕入れ、迷宮で手に入れたものを正しく買い取る相手は必須である。第四層辺りまでならば兎も角、第五層以下を本気で探索するならば、一分の隙も見せられないし、命の正当な値段を付けられない相手と手を組む気にもならない。
だからこそ、駆け出しの徒党にとって最も大切なのは自分達が信じるに足りうる商会を見つけ出すことなのである。信じるに足る商会を見つけたならば、そこに全てを懸ける。それが迷宮都市の冒険者の流儀と言えた。
そして、商会にとっても自分たちと契約する全ての徒党は大切な取引相手であり、自分たちに利益をもたらすことになる有力な徒党に育つ可能性を孕んでいる。余程の不義理が無い限り切り捨てずに育て上げるのがタンブーロ商人の矜恃である。
お互いをお互いに敬意を持って付き合う。それが、苦楽を長く共にするために必要なのだ。
従って、第六層まで行ける腕利きの徒党が全滅したり解散すると言うことは、そこと契約している商会が傾きかねないという話でもある。
「ああ、間接的にはアレウス殿の徒党が関わっているのは否定致しませんが、直接的な原因ではありませんよ? お気になさらぬ様」
アレウスの表情から何を考えているか察したダイオは即座に補足を入れた。




