その3
「何、あの若君が今回の様な状況下で何もしていない訳が在りますまい。弟君である殿にも何かしら相談なさっているのでありましょう?」
「まあ、そうは云っても今回の件で俺は当事者ではありませんからね。先生が知りたい事全てを知っているか怪しいところですな」
ダリウスは期待に溢れた視線を送ってくるヒューイットに苦笑で返した。そして、現状がある意味であの時に似ているなと内心で思った。
実際、ヒューイットから事情を教えられる迄、あの当時、ダリウスは何一つとしてその時何が起きていたのかを理解していなかったのである。何せ、彼の父親は戦場の事以外には興味がなく、兄は兄で珍しく他の事に感けていて彼に丸投げしてきていたのだ。だからこそ、勇躍して先陣切っていた訳だが、事情を知って困惑した。
どう考えても中央の対応が問題であり、亡命してきた連中の一部がハイランドを掌握しようと反乱の準備をしているとしか思えない状況なのだ。力尽くで鎮圧したならば、後々禍根となるだろうし、何よりも反乱を企図している連中の思惑に乗る事になる。
自分の名の下にヒューイットの要望を全面的に受け入れ、今回の騒動に参加した者の身の安全を保証した。
それからダリウスは目まぐるしく動いた。父親には虎の子の魔術師を使って魔術による緊急連絡を行い自分が赴くまで戦端を開かないように伝言し、兄に対しては早馬で亡命者達が反乱を企図していると報告し、自らは信頼出来る部下に現場を任せて父親の元へと直走った。
状況を理解した父親に今回の件を起こした首謀者との和議を申し入れ、それを見事に斡旋、武力衝突を回避した。
その結果を手にヒューイットの元に戻り、丘小人との和解も果たし、次なる亡命者の反乱へと備えを向けたのだ。
そう、備えていたのだ。
「結果として、あの時は若君の独壇場でしたな」
「我が兄ながら怖ろしき方よ……」
当時の事を思い起こしながら、ダリウスは今でも肌が粟立つのを感じざるを得なかった。
あの時、既に兄は動いていたのだ。
それも、亡命者の切り崩しに、である。
誰もが怪しんでいなかった亡命者達の間に反乱の気運が高まっていると判断した時には既に手の者を廻し、反乱に加担しなければ今の所領を安堵した上で加増も働きかけても良いと家の名で工作していた。
亡命者の中にはソーンラント時代よりも実入りが良い者が多く、更なる収入を求め、ソーンラントに残っている一門を呼び寄せる者も少なくなかった。何せ、ソーンラントよりも温暖で土の質も良く、やる気があるならば冬場も耕作可能な土地柄だったのだ。只、人が足りないだけで、人さえいれば豊かになる土地であった。
だからこそ、一部の者達が勘違いしたのであろうし、夢を見たのであろう。ソーンラントから追い出された自分達がより強い力を手に入れられると勘違いしてしまったのだ。
“軍神”の一門さえ何とかすれば、ハイランドが手に入る、そう勘違いしてしまったのだ。
問題は、その“軍神”の直系に怖ろしい者が潜んでいた、然う言う事なのである。
そして、その怖ろしい者は身内にすら真価を知られていない頃であった。
知っていたのならば、ダリウスはもっと他の動きをしたであろう、今ではそう思っている。
機が熟したと思った亡命者達が反旗を翻した時、それは逆に孤立への第一歩だった。その様な状況を密かに作り上げていたのだ。
御陰でダリウスは偉く肩すかしを食らった気分になった。後に真相を知ってからは、絶対に彼の兄を敵に回したくないという思いだけが残った。それまでも兄を敵に回す気は無かったが、兄の勘気に触れるような事を考えてはいた。政を顧みない父親を無理矢理隠居させて、兄に跡目を継がせるという乱世で良くある話だ。自領の為にはそれが一番良いとダリウスは合理的に判断していた。
ダリウスとて父親が嫌いな訳では無い。寧ろ、尊敬し、敬愛していると言っても良い。但し、それは軍人としての父親であり、領主であったり政治家でもある父親に対してはある種の憎しみすら覚えていた。
彼の父親は周辺諸国からも“軍神”と呼ばれる程の戦上手である。しかしながら、天は彼に領主として必要な才能を与えなかった。致命的な政治音痴なのである。
戦に関わる事ならば、彼の父親は誰よりも優れていた。戦にかかる費用も理解していたし、戦というものが積み重ねてきたものの結果を見る場と言う事を誰よりも知っていた。問題なのは、その金を作り出す事が苦手処か借金を作る事に関しては有能だった点である。
ハイランド随一の領主であり、様々な権益でもって富んでいた家がダリウスが家の状況を把握した時には一年の収入の数倍の借金が積み重なっていた。彼の兄が相当数減らしたのにその様であり、兄が増やした収入よりも父親が使う軍費の方が圧倒的に多いと言う笑えない状況だったのだ。どう考えても、家の事を思えば父親を押し込めてでも隠居させなければ健全な財政を取り戻せない、その様な状況だったのだ。
当主となった兄が出兵の有無を決め、それに応じて父親が出陣する。家と父親の好みを両立させる手段をダリウスはそれ以外に思い付かなかった。故に、王都に赴任している家の者に対して遊学中にそれとなく根回しを始めていた。王都に着任しているものの多数は文官であり、家の建て直しの策としてダリウスの提案は真っ当なものと好意的に受け止められていた。文官の誰しもが御家の危機に頭を悩ませていたのである。只、彼らが直接動けば武官の反感を買う事となり、それはそれで御家の新たなる危機となる。御家騒動を起こさずに家中の改革を為す手として、家督継承件二位のダリウスが一位の長兄を担ぎ出す計画は家中の混乱を最小限に抑えながら、所領の収入を着実に増やしている実績のある長兄が上に立つという文官からすれば最良手を提案してくれたのだ。一も二も無く、文官達はダリウスを密やかに支持する事となった。
国元でも同じ様な根回しを続け、家中の文官大半の支持を取り付け、機を見計らっていたのだが、兄を敵に回しかねないと判断してからは計画を修正せざるを得なかった。そして、今度は修正したら修正したで、兄が他家に養子に行くと言い出したのだ。
木曜日の分の投稿完了です。
今日の分は明日にでも。




