その4
「今も昔も兄上の掌の上ですからね」
「確かに、連中の反乱があっさりと鎮圧出来る程度なのは驚きでしたな」
苦笑しているダリウスに対し、ヒューイットも深々と首を振って見せた。
ヒューイットも又、降伏後の流れに驚きを覚えた者である。場合によってはハイランドを混乱の渦に巻き込みかねない反乱が起こると理解していた数少ない人物の一人だったのだ。未然に防げなかった以上、一命を抛ってでも被害を最小限に抑える覚悟を決めていた。
それが、蓋を開けてみれば亡命を積極的に主動してきた王族やそれに継ぐ貴族以外に動く者がなく、騒動を鎮圧する為に出撃してきていた“軍神”の手勢だけであっさり事が済んだのである。
余りの事に、ヒューイットは己の読みが間違っていたと思わずにはいられなかった。
しかし、ダリウスの紹介により戦場まで出て来ていた彼の長兄と出会い、話し込んだ結果、彼は異なる結論に至った。世の中、自分では到底適わぬ知恵者がいる、それだけの話だと。
故に、彼はダリウスの招聘に答える事にした。自分の才覚を尤も活かせる場で、自分を最も高く買ってくれる主君に仕える。それこそが、自分をまだ見ぬ高みに導き、己の無力さに臍を噛む真似をしないで済む唯一の方法と悟ったのだ。
そして、適うならば、生まれて初めて底知れない恐怖を覚えた相手を上回る機を得たい、その様な一心もあった。
「先生を幕下に加える事が出来た御陰で、兄上の為さろうとしている事がよく見えるようになりました。誠に助かります」
ダリウスは深々とヒューイットに頭を下げた。
「ははは、殿。お気になされずに。私を高く買ってくれる殿だからこそ、こちらも仕え甲斐があるというものなのです。士は己を知る者の為に死ぬ。我が身でこの事を体現する事になるとは思いも寄らぬ事でしたが、これはこれで楽しき事なれば」
「そこまで俺を高く評価して下さる先生の求める情報を持たぬ我が身の非才を呪いますな」
ダリウスは思わず溜息を付いた。あの時の教訓から、ダリウスもダリウスなりに情報を集める組織作りをしてきたが、家中で有能な人材は父や兄に流れ、外にいる人材を広く求めようにも彼が動かせる資金など知れたものである。到底ダリウスが満足出来る情報を集める事は出来ていないのが現状であった。
只、兄を擁立する為文官に根回しした結果、幸か不幸か文官の掌握には成功していた。その御陰で、家中の情報に関しては失敗すると兄よりも詳しい時もあった。
「さてはて、あの時の私よりもものを知らないと仰せられる。これは異な事を。噂の御舎弟殿に何かさせているのでありましょう?」
「……アレウスに? どういう事だ?」
意外な言葉を聞き、ダリウスは思わず素で答える。
「……? 違ったのですかな? そこらで若君の“駒”の方々が行き来しているのを見かけたのですが?」
ダリウスの余裕のない態度を見て、流石のヒューイットも困惑を隠せなかった。
「兄上の手の者が動いている? 初耳とまでは行かないが、先生に見咎められる程かね?」
ダリウスは自分の配下の中でもヒューイットを別格と見ていた。
元々、家を継ぐのは兄と見通して何時か王都で独立した家門を作る事を想定していたのである。家中の者ならば代を継げない次男以下を、遊学中に知り合った偉才に唾を付け、戦場に於いては敵味方構わずヒューイットの様な才を見つける度に声を掛けてきた。
その誰も彼もダリウスが自ら見定めこれぞと思った逸材揃い、噂の“覇者”の麾下に比べても負けず劣らずだと自負している。
中でもヒューイットは格別であった。ダリウスやその兄ぐらいしか読み通せない事柄も何の事はないとばかりに把握し、意見を述べる。ダリウスの動きを見て、次の展開を見越した献策をする。例を挙げれば枚挙に遑が無い。水を得た魚とばかりに縦横無尽の働きをしていた。
「あれだけ纏まって動き回っているとなりますと、今の国の状況から考えて御舎弟殿経由の“覇者”の動きに何かあったとしか思えませんでな」
何やら考え始めた様子の主に対し、ヒューイットは材料となる様な己の考えを開陳した。
「成程。兄上に後で聞いて置いた方が良さそうだな」
ヒューイットの考えを聞き、ダリウスは即座に決断した。
基本的にダリウスはアレウスの動きに注視していない。一人前の男が己の意志で旅に出ているのである。それに介入するのは過保護だと思っているのだ。付け加えれば、世にも珍しい対人を主眼とした武に重点を置いているアレウスが、人類種の多い地域を廻っているのだからどうにでもなると信じているという事もある。その点で彼が過保護と思っている長兄との姿勢の差があった。
しかしながら、ダリウスはヒューイットの言を聞き、考えを改めた。動いているのか動いていないのか誰にも確認のしようのない筈の兄の密偵集団がヒューイットの目に余る程に動き回っているのならば、明らかに異常事態を示していた。成る可く早く、兄との方針の一致を図った方が良い、そう決断するだけの情報と考えた。
「それが宜しいでしょう。私の方に入ってきている情報も既にソーンラントの南部は完全に“覇者”が切り取ったとの事ですから」
ヒューイットも又、ダリウスの兄に感化された男である。
先を見通す才能があろうとも、同じかそれ以上の力を持った相手との知恵比べとなった場合、最後にものを言うのは情報の量である。成る可くならば質が高い事に越した事は無いが、粗雑な情報にも一面の真実が紛れ込んでいる事がある。兎に角、必要と思える情報を集めて、それを自分で取捨選別する。その為に、かつての同僚と連絡を取り合ったり、連尺商いをする者との繋がりを増やしたり、頻繁に各種組合の伝手を作る努力をするのが最近の仕事であった。
それでも尚、ダリウスの兄との隔絶した差は埋まりようもなかったが、己の主の為になる働きとしては十二分と言えた。
「……残りは中央部と江によって断絶された北部にファーロス一門が遠征中の東部、か。ネカム以南が“覇者”のものになった以上、ラヒルの陥落は見えたも同然ですな」
当然、ヒューイットが手に入る程度の情報ならば、ダリウスとて調べきれる。二人とも同じ情報を引き当てたならば、裏が取れたという事であり、満足するべき結果であった。
故に、ダリウスは状況の把握が出来た事に安心を覚える。




