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「? どうかしたのですか?」
「……入金されてない……よ?」
スマホで残高照会したようだが、入っていないらしい。たしかにあの時、雑だったが口座番号を教えてアルバイト契約したはずだ。
瞳を落として恨めしそうに数字を確認している。まさか、親父さんが命を削って作ってくれたお金が入金されていないとは。これはクレームにしなければならない問題だ。
「いいわ。私の後ろ、乗せてあげる。二人乗りは久しぶりだけど」
「なんだ、ちなっちゃん、バイクか何か持ってるんだな。晶、俺たちはもう戻るか?」
「そうですね」
美香の部屋から出ると、月が妖艶に輝いていた。突然、風が強くなっている。
「さ、行きましょう」
その時優太は信じられない物を見た。ちなっちゃんが頭上に手を掲げたと思った刹那、古びた箒が手の内にあったのだ。風自体も、彼女から発せられている事に今ようやく気がついた。
どんどんどんどん、彼女の背が高くなっていく。いや、そうではない。足が地から離れていっているのだ。
「えっ、ちな……えっ!? それは?」
「箒よ」
見れば分かる。
「分かってるけど、何で飛べるんだ?」
「あら。魔女は飛ぶものよ」
「い、いや、そうだけど、そうじゃなくって……」
自分でも何を言っているのか分からない。
「この世界には、『強い力』と『弱い力』、『電磁気力』と『重力』があるの。前者三つの力はほぼ平等に対し、重力だけ微弱なのよ。これが何を示してるのかというと」
「え……えぇと……」
頭がパンク寸前だ。何の呪文なのだろうか。
「……んん。まぁ、実際出来ちゃうんだから、しょうがないじゃない」
箒にふんわりと跨り、天使のような魔女の手で美香の手に触れる。すると、彼女まで天女のようにふわりと浮いた。『飛行石だ!』と叫びたくなったが、さすがに怒られそうなのでやめる。
「しっかり掴まっててね。三秒間でいいわ。我慢するのよ」
美香は無言で頷いている。
そして、音の壁にぶつかりながら一瞬にして消えていく二人を、晶と二人して見つめていた。
「晶、お前もあんな事出来るのか?」
「いいえ。さすがに、無理です」
さっき、ちなっちゃんが言っていた。本来、誰もが出来る事が魔法だと。あんなの、誰が出来るんだ。




