同居
屍の王の住まう城は、普通に建設されたものではない。王の魔術により創られた模造品である。その元となったのは、当時世界最大の国力を持っていた王国の王城であり、それをそのままコピーしたのがこの城なのだ。城の中央にある広大な中庭はこの城の最大の特徴であり、庭の中で生涯を終える動植物もいるほどである。
訪れた者にあらゆる恐怖を与えるために、外観や内装は不気味に装飾されているが、見る者が見れば一目で件の王城であるとわかるだろう。
巨大な王城の片隅、正面玄関を出てすぐの場所に、城の主である王が佇んでいる。あまり出歩くことのない王にとって、自ら生み出した城でありながら馴染みのない景色を物珍しげに見渡していた。
しばらくそうした後、景色の中で最も特異な点に意識を向け、肉も皮もない喉から重苦しい声を放つ。
「貴様、そこで何をしておる」
「ひっ」
王の視線の先には、先ほど追い出した少女がうずくまって泣いていた。先ほどと言ってもすでに半日以上の時間がたっているが、おそらく玉座の間を出てからずっとここで泣いていたのであろう、純白のドレスをかき抱いたまま相変わらず裸であった。
「失せろと言ったはずであるが?」
「ご、ごめんなさい」
王の声色は不機嫌そのものだが、さっきのような怒気は感じられない。
「謝罪が聞きたいのではない、なぜそこにいる。と聞いているのだ」
「か、帰ったらぶたれる、から・・・」
少女の答えに、骨格だけの顔があからさまに歪められる。
「懲りぬ小娘だな」
「あっ」
自分が追い出されたきっかけを思い出し、とっさに閉口する。どうやら、今度は逆鱗には触れなかったらしく、特に言及もされない。
「ふん、これほどに怯え震えながらも痛みの方が恐ろしいか」
「うぅ・・・」
是と言えば不興を買い、否と言えば嘘をつくことになる。必然的に沈黙という選択をとるしかなかった。
それからしばらくお互いに言葉を発さず、少女は王の出方を見るため、王は少女を観察するように視線を交わした。
ようやく喋った王の声は、思いの外落ち着いていた。
「ふむ、暴力を恐れてはいるが、我輩への恐怖も抱いていないわけではなさそうだな。実に純粋な心地よい恐れを感じるぞ」
それは当然のことだった。まだ十にも満たない幼女が、たった一人で不気味な魔城におり、目の前に異形の王が立ちはだかっているのだから。泣き声こそ上げていないが、王がここに来てから一瞬たりとも涙は止まっていない。
「良かろう、貴様に我が居城に住まう権利をやろう」
「・・・えっ?」
「貴様が城のどこで何をしようと我輩は一切感知せぬ。後は勝手に住まうが良い」
そう言うと、理解の追い付かぬ少女を放置して王は踵を返す。
みるみるうちに離れていく背中に、少女は慌てて声をかける。
「あ、あの!い、今のは・・・どういうことですか?」
「二度は言わぬ、勝手にせよ」
それ以上の返答はなかった。もはや少女の事など気にも止めず、城内へと消えていった。
「ここに・・・住む?」
まだ状況が把握出来ずにいる少女は、それからしばらくの間、呆けて城を眺めることになる。その両目からはいつの間にか涙は止まっていた。
実のところ、王には少女を長居させる気はない。大して胆力もない村娘が、不気味な城での孤独に堪えられるはずがない。よしんば堪えたところで、幾百年も人の住まないこの城に食料はなく、五日もすれば死ぬか去るかするだろう。
その考えが王の見くびりであったことは、十日の後に知ることとなる。
「何だ・・・これは?」
「ど、どうぞ・・・」
そう言って、少女は盆に乗せられた簡素な料理を差し出す。さすがにもう裸ではなく、おそらくウェディングドレスを裁断した成れの果てであろう、純白の布地をレインコートのようにして着用している。
差し出された物は、料理と言ってもほとんど調味料を使わない、味気無い野菜や木の実ばかりだ。
「だから何だと・・・いや、それよりも貴様、どうやって今日まで生き延びた?ここには人間の食料など置いてはおらぬはずである」
困惑を見せる王の姿など、世界中探しても誰も見たことはないだろう。もっとも、唯一の目撃者である少女はそんなことは全く気にしていなかった。ただ、王の機嫌を損ねてはいないかとひたすらに怯えている。
「我が問いに答えよ。貴様の行動は監視こそしていなかったが、城を出入りすれば感知出来る。今日まで一度も城を出ていない貴様がどうやってこの食材を手に入れた?よもや、我輩の目を欺く術を持っているわけでは有るまい」
「あの・・・こ、これは、その・・・」
王の最大の誤算。それは、人間の食文化をほとんど理解していなかったことである。
「お庭で取れた、薬草や木の実です」
「は?」
王にあるまじき、間の抜けた声だった。
「こ、このお城の中庭です。まるで本物の森みたいで、食べるものも・・・沢山ありました」
「馬鹿な・・・」
「ご、ごめんなさい・・・」
特に理由はなかったが、なんとなく申し訳なくなって謝ってしまう。しかし、王は謝罪など耳に入っておらず、無言で右手を一振りした。すると、一瞬立ち眩みのような感覚に襲われ、気が付けば森の中に立っていた。
「えっ?えぇっ!?」
「騒ぐな、中庭に移動しただけである」
言われてみれば、ここは少女がこの数日間、食料を求めてさまよった巨大な中庭であった。
「では改めて問おう、どこに食料がある?」
「あっ、えっと・・・こ、この草は若い芽なら食べられます」
そう言って少女が指差したのは、なんの変鉄もないただの緑葉である。一見して周囲の雑草と何が違うのか判断出来ない。
が、それは人間の食文化に疎い王の話だ。少女は黙ったままの王から逃げるように、次から次へと食べられる植物を説明していく。
「この木の実は固いけど、種まで砕けば中に柔らかい実があります、それから・・・」
「もう良い」
「ひっ、ご、ごめんなさい」
「まさか人間がこれほどに雑食であったとは・・・誤算であった」
威圧感はあるが、苛立ちや怒りの気配はしない。どうやら、自身の落ち度を認めているようだ。
「もう一つ解せぬ事がある。なぜ貴様はさっき我輩に食料を持ってきた?」
「そ、それは・・・ここには食べ物がおいてなかったので、王様がお腹を空かせてるんじゃないかって、思ったんです・・・」
「・・・我輩が腹を空かせる?」
王はそう言うとまた腕を一振りする。今度は場所は移動せず、変わりにいつの間にか王の手に液体の入ったボトルが握られていた。
「水である」
それだけ言って、ボトルを勢いよく煽った。栓などされていないので、中の水は全て王の口に流れ込んで行く。しかし、全身が骨格だけの体に水を留める場所などなく、全て足元の地面まで流れ落ちてしまった。
「あっ」
ようやく少女にも、王の言わんとせんことが理解出来た。
「それで、誰が空腹を感じると?」
「ご、ごめんなさい・・・」
「くくっ、くかかかっ!」
「あ、あの・・・?」
「面白い。世界開闢以来、誰がこの不死王の腹具合など心配しただろうか・・・もはや苛立ちなど通り越していっそ痛快である。良いだろう、そもそも一度ここに住まうことを許したのだ、貴様の気が狂うまでここにおるが良い。そして我輩の退屈な永遠に少しでも快楽をもたらせ」
「は、はい・・・?」
難しい言い回しは相変わらず分からないが、どうやら怒りを買うことなく、かつこのままここで暮らすことが許されたようだ。
「あり・・・あ、ありがとう・・・ございます」
王は答えることなく、少女を残して一瞬でたち消える。
こうして少女は、数日ぶりの安堵と、数年ぶりに安らげる場所を手に入れたのであった。




