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忍び寄る霧(ディープミスト)

 松明の火が点いた。真っ暗な石造りの部屋をオレンジの光が照らす。老人が水晶を床に放り投げた。バリンッとガラスの割れる音が、建物内に響いた。それに反応して、螺旋階段からコツコツと靴の音が、誰かが降りてくる音が聞こえてきた。

「キングよ」

 青い髪を腰まで伸ばし、黒いビキニのような露出の多い服を着た女性が、氷のように冷たいまなざしをキングに向けた。

「ジョーカーか・・・・」

「貴様の下僕が全て倒されてしまったな」

 ジョーかと呼ばれた女はほくそ笑んだ。その態度が癇に障ったのか、キングは顔を真っ赤にし、瞳孔をクワッと開いた。

「黙れ、かくなるうえはワシが出るぞ」

 キングは立ち上がると、建物の唯一の出口である、錆びた鉄製の扉に手を掛けた。外の光が部屋を照らした。

「ジョーカーよ、あの方のために尽くしているのは、貴様だけではないぞ」

 キングは建物から出ると、森の中へと消えて行った。



 平子と隼人は、ジョーイの病室にいた。手術の結果、ジョーイは一命を取り留めたが、しばらくの間、入院生活を送る羽目になった。

「ジョーイ、体調はどうだい?」

「ああ、何とか大丈夫だ」

 平子はお見舞いに持ってきたリンゴをナイフで切っていた。

「おお、平子ちゃん。俺にリンゴを剝いてくれるなんて、天使だ・・・・」

「へへん、私に惚れるなよ」

 平子はリンゴを剝き終えると、それを皿に乗せてジョーイに渡した。実は切りすぎて、食べるところがほとんどなくなっていることは、誰もツッコまなかったし、ツッコめなかった。

「ありがとう平子ちゃん」

「食べ過ぎないようにね」

「ああ・・・・」

(食べ過ぎもなにも、一口で終わるぞコレ・・・・)


「ん?」

 ふと、ジョーイは窓を見た。異常気象なのか白い霧が街を覆っている。つい1時間ほど前は、雲一つさえなかったというのに、今や霧の影響で、何処にどんな建物があるのかさえ分からない。

「何か嫌な天気ね」

 平子もジョーイと同じことを思っていたらしい。世間ではやたらと異常気象だとか、地球温暖化の影響だとか、口ずさむ専門家が多いが、今日ほど、その言葉がふさわしいと感じた日はないだろう。テレビのニュースでも、キャスターがひたすら東京に突如として現れた霧の話題で時間を潰している。

「平子ちゃん。怖いなら、俺のベッドに入っても良いぜ」

「結構です」

 病室の扉が突然ノックされた。

「どうぞ」

 ジョーイが答える。病院のナースはノックをして部屋に入るが、大体、ノックをしている途中で扉を開けて閉まっていることが多い。


「誰だいあんた?」

 現れたのは、茶色のトレンチコートに、茶色の帽子を被った老人、平子が病院であった竜だった。

「あなたは・・・・」

 平子は竜を見た。彼女にとって、あの一見以来ずっと気になっていた存在である。

「体調が良さそうで安心した」

「あんたは誰だよ?」

 ジョーイは竜と面識がない。隼人も見たことはあるものの、直接に会話したことがないので、彼の正体は気になるところであった。

「済まぬが、今は答えるわけには行かない」

 竜の言葉に、ジョーイは不快そうに窓を見た。そして隼人に小声でボソッと呟くように言った。

「言えないってよ。人の病室に突然現れたくせに」


「おじ様は、パンドラ能力者よね?」

 平子はクラブのパンドラ、ガーディアンを竜に見えたことを思い出した。

「ああ、そうじゃ」

 竜は遠慮がちに言うと、平子の顔をじっと見つめた。その眼は、平子の親代わりである葉太郎が、彼女に向ける視線と非常によく似ていた。

 平子は恥ずかしさに眼を背けるが、竜は彼女の方を見たまま、何も言わず黙っていた。何か伝えたいことでもあるのだろうか、平子は以前に竜と会った時にも味わった、寂しいような切ない気持ちになった。

「おじ様、私のことを前から知ってた?」

「いや・・・・。君が死んだワシの孫にそっくりでついな・・・・」

 竜は帽子を深々と被った。その様子を見て、隼人は見計らったように言った。

「ご老人、失礼ですが、我々はあなたを信用できない。突然現れて、仲間面して、正直敵のスパイにも見える」


 隼人の言葉に竜は苦笑した。まるで大人が子供を相手にするような眼で、隼人のことを見た。最もこの発言に我慢ならなかったのは、平子の方だった。

「敵のスパイって失礼よ。このおじ様は、私の危機を救ってくれたのよ」

「いや、良いんじゃ。いきなりわしを信用する方がおかしい。だがわしは君達の味方だ。少なくとも、ジョーイ君が入院している間は、共に闘いたい。嫌なら、影ながらサポートさせてもらう」

「じいさん、どうして俺の名を?」

 竜は話し終えると、ジョーイの疑問にも答えずに病室を後にした。病室内に奇妙な静寂が流れる。

「何だよ、あの爺は」

 ジョーイは吐き捨てるように悪態をつくと、毛布を頭から被った。

「もう眠いので、俺は寝るぜ」

「ああ、僕らも帰るよ。そろそろ良い時間だしね」

 隼人は腕時計を見た。時刻は夕方の4時30分を指していた。空が白一色なので、時間の感覚がないが、どうやら今は夕方らしい。隼人自身、まだ昼間だと思っていた。


 二人は病院を出ると、思わず足を止めた。街を包む霧があまりに酷く、自分達が今いる場所も、方向感覚も失いそうだった。

「九条さん、やっぱり変だよ。この霧は」

「これじゃ、帰れないわ」

 平子の足元を一匹の犬が通り過ぎて行った。その犬は霧の奥に消えて行った。

「犬って良いよね。私の家さ、ペットとか飼ったことないのよ」

「んなことは、聞いていない。だがあの犬は、学校の近くによくいる野良犬だ。あいつに付いていけば、少なくとも学校の近くには行けるはずだ」

 二人は犬を追いかけて霧の中に入って行った。

 霧の中は予想以上に白かった。遠くの方で犬の鳴き声が聞こえる。同時に何かを貪るような音も聞こえた。犬がゴミ箱から餌を荒らしているのだろうか、ゴソゴソと喧しい音も聞こえてきた。すると奥の方から犬の頭が見えた。

「九条さん、あのバカ犬がいたぞ」


 隼人は犬に駆け寄った。そして犬の頭が一切動かないことに気付き、手を乗せてみた。

「まだ温かいぞ。寝てるのか?」

 隼人は自分の手を見た。

「あ・・・・」

 犬の頭部からはトマトを磨り潰したような、真っ赤な液体が止めどなく流れ出ていた。そして彼は犬の頭部を持ち上げた。犬の体が消失しているのだ。そこにあるのは犬の頭だけで、胴体からは切断されている。首と頭部の切断面からは、温かい血が流れ続けている。おそらく死んでから1分も経っていないだろう。

「う・・・・あ・・・・」

 隼人は思わず犬の頭を放り投げると、空中を黒い影のような何かが横切り、放り投げた犬の頭部を、真っ二つにしてしまった。いや正確には斬ったのではない。食べたのである。犬の頭はまるで虫食いのように、穴が開き、脳が露出している。

「くそ、九条さん来るな。何かが霧の中に潜んでいる」

 隼人の声は山彦となって帰ってきた。いつの間にか平子と離れ離れになってしまっていた。そして彼の背後から、今、ズルズルと不気味に、何かが、泥を這いずるような音をたてながら近付いて来た。

 

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