ハートショット2
隼人は授業を終え、自宅に向かって歩いていた。ふと、携帯をチェックする。ジョーイから着信があった。しかも掛かっていた時間は、たったの3秒だ。どんなに気の短い人間でも、最低10秒は着信音を聞いてから切ることだろう。考えられる理由として、携帯が壊れた。あるいは出られない状態になった。つまり、敵の攻撃を受けたかのどちらかだった。当然、隼人としては前者であって欲しいと望む。しかし彼は嫌な胸騒ぎを感じていた。
「くそ、ジョーイの奴、早く携帯に出てくれ」
何度、掛けても残酷な静寂、聞こえてくるのは着信音だけだった。まちがいなく携帯は壊れていない。
「無駄よ」
背後から女性の声が聞こえる。慌てて振り返ると、そこには拳銃を持った女が立っていた。
「ふふふ」
「何だ?」
隼人は急いでネットワークを発現させようとした。だがそれより早く女は、自らが着ている白のタンクトップの肩から手を抜いた。完全に着替える体勢だ。当然隼人は動揺した。そして悲しき男の本能か、一瞬だけ、手を止めてしまった。
「な、貴様は何をしているんだ。変態なのか?」
「あなたの負けね。最後に教えてあげるわ。私の名はハート、あなたの相棒ジョーイを殺した者よ」
「何・・・・」
隼人は即座にネットワークを出した。しかし一歩遅かった。ハートは彼よりも早く、自身のパンドラ、ハートショットの引き金を引いていた。
「ハートショット」
「ネットワーク」
銃口からハート型の銃弾がフワフワと隼人に向かって、ゆっくり向かっていった。
「これが貴様のパンドラか?」
「ええ」
「子供騙しだな」
隼人はネットワークで壁を作り防御しようとした。そこに首から下を赤黒い血で染めたジョーイが駆け付けた。
「待て、隼人」
ジョーイはネットワークの鉄糸で壁を作ろうとする隼人の肩を強く握った。
「あれに触れるのはヤバイ」
「ジョーイ無事だったのか」
「無事じゃないさ。頭はクラクラするし、意識も遠退いてる」
「生きていたのねジョーイ」
「ああ、お前をぶっ潰すために戻って来たぜ」
ジョーイは隼人の前に立つと、ライオネルを発現させた。そしてハート型の銃弾に向かって、ブランチスピアを叩き込んだ。
「ダメか・・・・」
ハートショットは、自分に対して欲情した人間を標的にする。それ以外の物質からの干渉は一切受けないのだ。
「なあ、ジョーイ、奴の能力は一体?」
「女の能力は、自分に惚れた人間を、爆発する銃弾のターゲットにしちまうんだ。一瞬でもあいつに魅力を感じてしまった場合は、あのハート型の爆弾に狙われてしまうんだ」
ジョーイは再びライオネルを構えた。
「良いか、俺も標的にされてるんだ。だから、俺が囮になる。悔しいが頭の良さでは、お前には遠く及ばない。せめて俺の姿を見て、奴の能力の穴を見つけてくれ」
「馬鹿な、君を見殺しにしろと言うのか?」
「悪いな隼人」
ジョーイはライオネルの柄で、隼人を突いた。
「ぐっ」
隼人の体が背後に吹っ飛んだ。そしてコンクリートの上を転がり、うつ伏せに倒れた。
「ジョーイ・・・・」
「見てろよ。これが奴のパンドラの正体だ」
ジョーイはライオネルを振り回しながら、ハートの弾丸に突っ込んでいった。ハートの弾丸がまるでシールのように、ジョーイの右胸くっ付いた。同時に白く眩い光を放った。
「うおおおおお」
ジョーイの体を白い閃光が包むと、その場でハートが爆発、黒い煙を出しながら、コンクリートの歩道を僅かに砕いた。爆心地となった部分には、全身を黒く焦がしたジョーイの姿が無惨に転がっていた。何処が顔なのかも分からない程に、全身を血と火傷で染めて、彼は動かなくなった。
「嘘だ・・・・」
隼人は立ち上がった。背中から氷を入れられたように身震いした。あまりに呆気なく、人の死というものが、いかに影響の少ないものなのかが分かる。既にジョーイの周りには、死肉を求めてカラスが集まって来ていた。彼は歩道の上で横たわっている。背中には飛び散ったコンクリートの欠片が付いている。
「ようやく死んだわね」
ハートは冷酷に言い放った。それが隼人のツボだったとも知らずに。
「許さん」
隼人は立ち上がった。そして腕にネットワークを巻き付けた。
「僕は日頃から温厚で、通信簿にはいつも、大人しくて消極的な子と書かれていた。だが今日ほどムカついた日はない。たとえどんなリスクがあろうとも、脳がとろけるまで暴れたい気分だ」
「僕の鉄糸で悶えろ」
隼人はネットワークを手の平から出すと、ハートに向けて飛ばした。
「甘いわ」
ハートはそれを難なく避ける。しかし隼人は避けられた鉄糸を、電柱に巻き付けていた。
「初めから避けるのは知っていた。僕はその電柱に糸を巻きつけたかったんだ。
隼人が鉄糸を反対方向に強く引っ張ると、すぐに手を離した。まるでバネのように体が電柱に向かって飛んで行く。ネットワークは鉄の糸を手から出し、それを、敵に巻き付けて動きを封じたりする能力だが、使い方は多岐に渡る。そのため高い知性と発想力を持つ隼人が使うからこそ強いパンドラなのだ。
「どうした撃たないのか?」
隼人はからかうように言った。だが彼はとっくに知っていた。ハートがパンドラをここで使えないことも。
「くっ」
ハートは隼人から離れようと走った。しかし隼人の方が早い。鉄糸をバネに使った彼は、ジェット機のように、まっすぐと飛んでいた。そしてハートの背中に、背後から強烈なとび蹴りを放った。
「がは・・・・」
ハートは歩道の上を転がり、設置してあったゴミ箱に突っ込んだ。
「貴様の能力ハートショットは、強力だが、爆発の範囲が大きく、相手との適切な距離を保たなければ、自身も爆発に巻き込まれてしまう。だからあんなに遠くから攻撃してきたんだな。僕はてっきり拳銃だから、遠くから撃っているのだとばかり思っていたよ」
「だから、何だと言うのよ」
「今、僕と貴様との距離は1メートルほどだ。さあ撃ってみろよ、ハートショットを」
隼人はネットワークを右腕に巻き付けて、グルグル巻きにすると、まるでボクシンググローブのような形に、鉄糸で拳を包んだ。
「女性を素手で殴るのは、僕の倫理に反する。だから糸で加工した」
「ま、待ってよ。それじゃあ寧ろ威力が・・・・」
ハートが言い切る前に、隼人の拳が彼女に、強烈なストレートをかました。
「ぐはあああああ」
ハートの鼻が砕ける音がした。彼女は宙を舞うと、そのまま歩道の上に背中から叩きつけられた。そして体内の酸素を全て吐き出して、動かなくなった。
「はあ・・・・はあ・・・・やったよジョーイ」
隼人は倒れているジョーイに駆け寄ると、まだ息があることを確認して救急車を呼んだ。




