第六話
ニャ~。
リケイ、バカ、マジの取り敢えずの体力回復と共に、〈迷宮クローン〉の死体の処理が開始された。
事に当たったのは、〈真竜〉であるヨシミとトウジ。
そして過去、〈ディブリン〉の感染症で病死者が出た記録の無い、〈アルケマリア〉と〈ヘプバァン〉、そして肌色の〈ディブリン〉、合計百名以上が集まった。
〈地獄の蓋〉と名付けられた〈ダンジョン〉への入り口。そこからヨシミとトウジが侵入し残党狩りをした際発見された〈死宮〉。
これは〈メイキュウセッカクガイ〉の捕食器官である。
そこに死体を喰わせるという形で処理するのだ。
全ての処理に数日を要した。
今回の件の原因となった〈卵宮〉もすぐに発見され、つつがなく処理された。
〈シリコニア〉の北側の地下、海抜より幾分か高い位置に巨大な〈卵宮〉が無数に並んでいた。
リケイの指示により、リケイが岩の蓋で塞いだ〈ダンジョン〉の水没地点の確認がなされた。
岩の蓋を開けると、おびただしい数の〈ワリンバァン〉と〈ゴブリン〉、少数の〈エバンミィア〉の溺死体が確認された。
こちらは〈ダンジョン〉内である為、身体の小さい〈ヘプバァン〉により〈シリコニア地下〉の〈死宮〉へと数日をかけて処理された。
総数は千を優に超えていた。本隊はこちらだった様だ。
ヨシミ「リケイさんが気がつかなかったらと思うと、ゾッとするわね。」
リケイ、バカ、マジの三名は、〈アルケマリア〉の集落にて隔離された。
発症するとすれば菌感染症であろう事から、とにかく身体を冷やさない様対策された。
彼等は運動と称して、森の中の地面に穴を掘っていた。
タチアナとマリは治療法を探していた。
複数の者達によって書かれた書物らしく文章文脈がかなり荒れているが、状況を知るには十分だった。
タチアナ「あった!」
【マルキド歴62年
アルビオン台地を中心として、スラング・サザンの内外で、ゴブリン、ワリンバァン、シャブアンドン、エバンミィア、テオミィアが大量発生。突然地下から現れる様が目撃された。
これの総数は数万に上ったとされ、ククリ島全土の集落を蹂躙し、肉を食い荒らした。
スラング・サザン内部では数百が発生し、その日の内に掃滅されたが、ゴブリンの血を浴びた〈ハイエルフ〉、〈オークリン〉、〈エルフ〉はやはり、病に倒れた。
健常を保てていたククリ島内の大型の社会性生物は、アルケマリア、ワリンバァン、ヘプバァン、ディブリン、そして竜とその眷属のみであり、スラング・サザンの外の掃滅は彼等が担った。
数万の一部は竜の領域も侵していた為、竜によっても相当数が狩られた。
掃滅には半年を要した。
ククリ島外に被害が出る事は無かった。】
マリ「グランマリアって島の外に行ってたのか。
今、バーミリオンの外って大丈夫なのかな?」
タチアナ「調べてもらったほうが良いと思う。
エルフさんとオークリンさんたちが感染したらほとんど死んでる。」
歴史書は続く。
【島内掃滅戦の最中、グランマリア等は竜への刺激を警戒してスラング・サザンへの着陸は避け、サム城塞に着陸。
急ぎスラング・サザンへと向かうも、三千以上いた住民は約二百五十まで減っており、半数が病に倒れていた。
すぐさま未発症者を隔離して経過観察、発症者の診察が始められた。
ハイエルフの死因はもれなく呼吸器不全だった。何らかの肺炎であると予測された。
オークリン、エルフは小さな咬傷と思われる傷跡周辺のリンパと思われる部分に変性があり、敗血症らしき症状で死亡していた。
皮膚表面が柔らかい為、虫に刺され感染したのだろう。
これを受けて、ハルが作り、モモが大量に持っていた殺虫剤にてアルビオン台地全体の害虫を駆除、グランマリアが保存していた忌避剤にて防虫もなされた。
これは自然への影響を無視したものだったが、やむなしとされた。
これの完了より三日後以降、新たな発症者はゼロとなった。
同日自力で呪いを克服したというオークリンが現れた。
呪いを受けた為周囲に移してはならないとして、南東の山中に三名で身を隠していたとの事。
一度は胸や関節が腫れ、熱病に苦しんだが、三日程で全員熱は引いたとの事。
いつもと違う行動と言えば、藁にもすがる思いで行ったオークリンに伝わる迷信。
冷えた水辺や寒い洞窟の岩に生える赤い花を咥えたうえで息をし続けると呪い避けになるという話。
これを実行していたというものだった。】
タチアナ「これだ!これだよ!水辺の赤い花!」
マリ「水辺の赤い花?」
【マルキド歴66年
グランマリア、イチリンバラタケ(サリィライルフラウ)からの抗生物質であろうものの抽出、精製に成功。
これにハルの一団がガラス器、溶媒等の製造という形で協力。
その後小規模に現れた新たな感染者達をこの薬で救った。】
マリ「〈イチリンバラタケ〉!あのキノコか!急ごう!発症したら三日で死んじゃう!」
マリは言葉を発するなり、書庫の更に地下へと走り出した。
「え?!なに?!」
タチアナは困惑しながらも後を追う。
マリが向かった先は〈アルビオン・シリコニア〉の地下、〈ダンジョン〉内部。
滝と川の様になっている場所に、複数の水車が回っており、何かを叩く様な、引っかかる様な音が響いている。
近くにコンクリート建造物の様なものがあった。
その上段部分に膨大な数の〈サリィライルフラウ〉が生えていた。
そこは水田の様になっており、指先程度に浸水させた岩の上から〈サリィライルフラウ〉が生え、水にはやや虹色が浮かんでいる。
〈ハイエルフ〉達がこの施設の維持管理にあたっていた。
マリ「これなんだよ!〈イチリンバラタケ〉!
〈聖女のお触れ〉以降、習わし的に皆で集めてここで栽培されてるの!普段は子実体を食料にしてるんだよ!」
タチアナ「これか。これのキノコ炒めおいしい。よく食べるよ。
これを収穫すればいいの?」
そこへ〈アルビオン・シリコニア〉に住む〈ハイエルフ〉の代表、オーブ・アイ・マルキド・ノウスシィロウドが声をかける。
『おかえりなさいませ、聖女様。お話は伺っております。〈収穫液〉は〈部屋〉の中でございます。』
『オーブ様!ありがとうございます!』
礼を言うなりマリは走り去った。
オーブ『様はおやめ下さいね〜恐れ多い。』
会釈をしながらタチアナが問う。
「偉いひと?失礼してなきゃいいけど。」
マリが応える。
「もう百年以上〈ハイエルフ〉の代表やってるヒトだよ。ここの栽培を安定させたのもオーブ様とサグザ様。ご夫婦なんだよ。」
タチアナ「偉いヒトか。それで私は何すればいい?」
マリ「〈イチリンバラタケ〉の下に溜まってた液体あったでしょ?あれが集められて冷やされてるの。
それから薬を取り出せるはず。」
コンクリート建造物は冷蔵室である。
水車でピストン内部の空気を加圧、ピストンは水没させている為水温で冷却、冷えたピストン内部の空気を建造物内部へと放出。
これを繰り返す事で建造物内部を冷却している。
一部は建造物内部の空気を更に冷却している。
現代人が知識不足ながら実験しながら作った冷却施設、といった印象が持たれる。
マリは走りながら続ける。
「〈グランマリア一世〉!ホントに〈聖女〉だよ!〈ハウルの一団〉も!ホントに英雄だよ!
普段から集めておいて、普段の食料の為に栽培方法まで確立して、いざって時には薬にするって事なんだ!
何百年も経ってるのに!私達と仲間を!助けてくれるんだ!」
タチアナもまた〈グランマリア一世〉を、〈ハウルの一団〉を、その時代に生きた者達を描かれた歴史書を思い出していた。
【グランマリアよりアルビオン・シリコニアの住民へ、サリィライルフラウ、スプライト、ロックブーケの群生地を見付けた場合教えて欲しいとの〈お願い〉がなされた。
住民はこれを〈お触れ〉と受け取り、皆が探し集める様になった。
この時点で〈聖女〉はアルビオン・シリコニアの象徴とみなされ、崇められる様になっていた。
世界初の君臨者の姿がそこにあった。】
翌日早朝、マジが発症。
症状は発熱から始まり、悪寒を自認。咳が続くようになる。
マジは隔離された。
症状への対処は〈アルケマリア〉のミィサと〈ヘプバァン〉のニィアにより行われていた。
『感染するかもしれないから離れた方が良い、オレは大丈夫だから。』
マジはこの病の恐ろしさを予想出来ていたからこそ遠ざけようとしていた。
〈アルケマリア〉のミィサが応える。
『我々〈アルケマリア〉と〈ヘプバァン〉には〈ゴブリンの呪い〉は効きません。噛みつこうと、噛みつかれようと、血を浴びようともです。』
マジは安堵したかの様に応える。
『あぁ、そうなの?一度も記録は無い?』
ミィサは応える。
『はい、ただの一度もありません。食事を取り、お休み下さい。』
魚の髄液とキノコの強い出汁で作った固めのジャガイモのスープに卵を溶かした様な味。出汁が強い卵がゆの様なものだった。
とても美味だったそうだ。
マジは少し微笑みながら問う。
『他にも効かない者達は居るのかな?』
ミィサは応える。
『竜とその眷属にも効きません。ワリンバァンにも効いていない様です。
むしろ生物全体で言えば、呪われる生物の方が少ない様に見えます。体毛のある生物は呪われやすい、というのが私の印象です。』
マジ『(感受性と皮膚の硬さか?)へぇ、面白いね。それは〈アルケマリア〉の知識?』
ミィサ『いえ、まだ私の想像が多分です。
〈確定した情報は周囲に共有するべし〉という〈グランマリア一世とハウルの一団〉からの教えがあるのですが、〈グランマリア二世〉からの教えとして、〈確定していない情報は、それを元に皆で考えるべし〉というものもありますので。』
マジ『(研究だな)あぁ、正しいと思う。』
ニィアは子供っぽく笑いながら言う。
『ミィサはすごいんだ、ニャ〜。ミィサが作った森は他の木の何倍も実がとれるんだ、ニャ〜。』
マジ『それはすごいね
(確か〈ヘプバァン〉だったか。肺に余った空気吐き出すとニャ〜になるんだよな)。』
ミィサ『こちらは確定情報がありますので。その通りに実行しているだけですよ。
それよりニィア様はグランマリア三世様の乳母なのですよ。〈聖女の島〉にも同行されました。』
ニィア『たくさん教えてもらったんだ、ニャ〜。熱くなったら頭を冷やすんだ、ニャ〜。辛くなったらたまごなんだ、ニャ〜。』
マジ(マリちゃんの乳母。家族。離さなくては。あぁ、〈ヘプバァン〉には移らないんだったか。肺炎っぽいな。卵の黄身からとれる薬ってあったな。成分が濃いんだろうか。あぁ、ダメだ。)
マジは眠った。
ニィア『息が止まったら〈シンマ〉なんだ、ニャ〜。いっぱい練習したんだ、ニャ〜。息が止まらない様に身体を横にするんだ、ニャ〜。』
ミィサ『承知しました。変化を見逃さぬ様に致しましょう。』
別の家屋にて。
岩と竈門によりスチームサウナの様なものが用意され、室温と湿度の体感は日本の夏の夕方といったイメージ。
飲用水と頭部を冷やす水が常に用意された。
リケイとバカは、顎を引き、あぐらをかき、背筋を伸ばし、水月で両手を組み、肘で脇腹を守る姿勢を取っていた。
さなぎ兵杖剛術・熊禅
(さなぎひょうじょうごうじゅつ・ようぜん)
身体を動かさず、与えられる衝撃箇所の筋肉を固め、ダメージを軽減する、拷問に耐える為に編み出された構えである。
今朝まではマジもここで同じ構えを取っていた。
『なぁリケイさん。アイツ死なねぇよな?』
バカがこぼす。
リケイは雑に頭を撫でた。
墓穴。




