8.魔弾と決着。そして英傑候補試験。
爆発的な魔力の膨らみ。それだけならまだよかった。カゲキラの知る限り、これほどの魔力で大規模魔法を扱う冒険者は同レベル帯であればそれなりにいる。だがその直後、膨らんだ魔力が僅かなロスもなく極小の弾丸へと練りこまれていくのを感じ取り、カゲキラは警戒レベルを最大まで引き上げた。
「大したものだ。青髪のシラヒ君か? 私の最高硬度の魔剣をもってしても防ぎきれんかもしれん」
万全の体勢で受け流すためにクロエからは距離を取った方がいい。カゲキラがクロエの足を次元収納に収める。そして身をひるがえそうとした瞬間だった。
カゲキラの視界に影が映った。半光学式機工炸裂両手斧を構えたクロエが、残っている左足一本で跳躍して迫っていた。
「まだ動けたかッ!」
「当、た、り前でしょッ!!!」
片足で踏み切ったせいでクロエの体勢は不完全だった。太刀筋は丸見えで、実際に振るわれた両手斧からカゲキラは危なげなく身をかわしていた。
カゲキラは両手斧を振り抜いたクロエを見下ろして追撃はないと判断した。片足を失い、切り返せる体勢にない、と。
逆薙クロエは、先端を失った右脚を瓦礫に突き刺した。魔力で覆っているとはいえ激痛が走る。
「ぐ、ぅぅぅぅううううううッ!」
戦闘薬の反動による意識喪失を、雷に貫かれるような激痛が塗り替える。だが逆薙クロエは痛みでは止まらない。強烈な意思で激痛を噛み潰し、三分の二ほどの長さになった右足で切り返す。
「……えっ?」
カゲキラの間の抜けた声が出た。
「レベル8エーテルシリンダー全開放。『満・猛牛の衝撃』」
「さけ、られんッ!」
魔力を練りこんで硬度を上げている時間はない。カゲキラは瞬時に手に持った魔剣を間に挿し込んだが、できたのはそれだけだった。
クロエのとっておきと、カゲキラのありあわせが轟音とともに衝突する。
当然、吹き飛んだのはカゲキラだった。身に纏っていた装備も焼けこげ、至る箇所から出血しながらもカゲキラは意識を保っていた。空中で現状を改めて確認し、遠くに残ったビルの屋上で凝縮されていく魔力に意識を向ける。
「耐えきった。あの少女のとっておきには耐えきったッ! 不意打ちだったが魔剣と身に纏った魔力で緩衝できたッ! 私自身のダメージはさほど大きくない。このままあの少年の一撃も耐えきって見せるッ! 困難は必ず、乗り越えるッ! それが私のルーティンだァッ!」
カゲキラは凝縮された魔力の密度を感覚し、全身の魔力に満遍なく【保存】を施す保存の鎧では貫かれると確信した。あの密度の魔力を防ぐにはこちらも魔力を限界まで凝縮させる必要がある。
屋上で行われていた魔力の凝縮はもう終わった。あとは引き金を引くだけであり、カゲキラが『【保存の】魔剣』を最高硬度に練り上げる時間はほとんど残されていない。
「いや、私にはできる。研ぎ澄ませろ。集中するのだ。そう、神経を縫い合わせる外科医のように。碁盤の目を刻む碁盤職人のようにッッッ!!!」
両手で直剣の柄と刃を持ち、魔力を練り上げる。直剣を覆った魔力が密度を増していく。
一瞬の猶予は過ぎ去り、遠く離れたビルの屋上でシラヒの指が引き金を引いた。極小の魔弾は抑えきれない魔力により、流星のごとく尾を引き、カゲキラの胸へと飛翔した。
「……間に合った」
繊細に織り込まれた超高密度の魔力。そこに【保存】の固有魔法をかける。硬く、頑丈で、どこまでも堅牢さに特化した魔剣。
カゲキラの冒険者人生の中で最も硬い保存の魔剣だった。
対するは、玖凪シラヒの人生で最も魔力を練りこんだ、極小の流星が如き魔弾。
剣の腹が魔弾を受ける。未だ宙にあったカゲキラの両足は受け止めた衝撃で地面に接し、長い長い跡を引いた。
「大した威力だ……。だが初っ端で貫かれるのは防いだ」
カゲキラは魔剣の角度を変え、受け流しを試みる。だが魔弾はなにかに操作されているように、魔剣の動きに合わせて微妙に角度を変え続け受け流しを許さない。
「なんだこの魔弾は……〈魔力操作〉、あるいは《魔弾》のレベルアップボーナスでも取っているのか……?」
受け流しが出来なくても、カゲキラ自身が後方へ押し流され続けることで魔弾の威力を減衰させている。魔弾に込められた魔力も無限ではない。
カゲキラは防いだ、と一瞬だけ気を緩ませた。
「がッ?」
カゲキラの背中が何かにぶつかる。ただの瓦礫であれば魔力を纏ったカゲキラが衝突すれば砕け散る。しかしその壁のような何かは一向に砕ける様子はない。
僅かに視界を転じると、黒く透明な平面がカゲキラの退路を阻んでいた。
「な、なんですかァッ、なんでいきなり人が吹っ飛ばされて来るんですかッ! いやぁあああっっ!」
「なッ、誰だ貴様はッ! いつからここにいたッ!」
背後から女の悲鳴が聞こえる。なんだこれは。一体どういうことなんだ。
混乱したカゲキラだったが、腕に伝わる感触によって叫んでいる場合ではないことに気が付く。今までカゲキラが魔弾を耐えられていたのは、自ら後方へ押し流されることで、威力を和らげていたからだ。退路が断たれた今、全ての衝撃はカゲキラ自身が支えなければいけなかった。
「クソッ! 受け流しは相変わらずかッ! だが、……だがだがだがだが! 耐えているぞッ! もう数秒耐えられればッ!」
「耐えられれば……なに?」
褐色肌の少女クロエがいつのまにか目の前にいた。顔色は真っ青であり、瞳は虚ろで焦点が合っていない。
「貴様ッ、……その脚であの距離をッ! 狂っているのかッ?」
カゲキラの言葉を理解するほどの力も、クロエには残っていない。それらは全て、この一振りに。
クロエは両手斧をシラヒの魔弾の上から叩きつけた。限界を超えた保存の魔剣は芯の直剣ごと砕け散り、両手斧と魔弾が同時にカゲキラの胴体に吸い込まれる。
両手斧はカゲキラの上半身を袈裟切りに両断し、魔弾は切断面に着弾するとその体積を急激に膨れ上がらせて爆発した。
◇
「……私の負けか」
カゲキラは生きていた。残ったのは頭部と右胸と右腕だけだったがとにかく意識を保っていた。先に斬られて狙いがずれたことで、魔弾の爆発がカゲキラを大きく吹き飛ばす方向に威力を発揮してしまったからだ。だがどうあがいても致命傷だ。今はなんとか魔力で切断面を覆って即座の死を免れているが、数十秒後には確実に死ぬ。
「……私のルーティンはここで途切れるか」
カゲキラは血を吐きながらも叫んだ。半分しかない肺から呼気を絞り出し、ヨコハマ街遺跡に叫んだ。
「ならば、ならば! 最期は私らしく散ろうではないか! 最期までルーティンに乗っとって! 願わくば天国にて女神に足蹴にされんことをッッッ!!」
カゲキラは右手を天へと掲げた。次の瞬間、左手には切り取ったクロエの褐色の右足が出現していた。
カゲキラは褐色の右足を恭しく顔の前へと引き寄せ、その爪先へ舌を伸ばす。が、逡巡したように途中で引っ込めた。足の甲へ唇を寄せ、迷うようにまた離す。そして視線を蒼く広がる空へと向けると、目を閉じて、顔の上にクロエの右足の土踏まずをそっと乗せた。
カゲキラは満足したように口元を綻ばせた。
「あぁ。美しい足に満ちた、満ち足りた人生だった」
「キモい」
クロエはカゲキラの叫びを聞いて残った力を最後の一滴を絞り切り、カゲキラの元へと辿りついていた。非常に重い両手斧を持つ余裕すらなく、手の中にあるのは数年前からずっと使っていた愛用の直剣だった。
力を失って崩れ落ちたカゲキラの右手から転がった、自分の足を拾い上げると、切断面を見て呟いた。
「これならくっつくか? ……いや、走ったからな。残った脚の方の切断面がやばい……か……」
言い切れないうちにぶっ倒れるとクロエは気を失った。
◆
「おい、昨日の報告書を読んだか?」
「勿論ですよ。玖凪シラヒに関する報告は優先的に上げるように言い含めてあります。昨日の朝一で報告が来ましたので午前中に概要をまとめて提出したじゃないですか。この短い期間にレベル8に続いて、レベル9の、それも酒に酔ったわけでもなく、対等な条件で正面から熟練の冒険者を殺害するなんて。あまりにイレギュラーすぎます」
「……あぁ。それには大賛成だが、俺が言っているのは英傑候補制度の新設に関する調査報告書だ。昨日の17:30頃に来ているはずだぞ。CCにお前の名前があったからな。タイトルは新制度創設に関するお知らせ、だったか」
「そ、そんな無難すぎるタイトルを……いえ、すいません、あったと思います。忙しくて確認を後回しにしていました。今確認しても?」
「どうぞ」
冒険者管理局の課長、鯨木マサミチは、同係長である鴎見岬ハジメが焦りながらでも正確にマウスを操作して、よどみなくメールを開く様を目を細めて見下ろしていた。
「添付のPDFが先ほどおっしゃった報告書ですね。……えぇ、メールの内容自体は単純明快ですね。人類の最大戦力『英傑』へと辿りつき得る、レベル5以上で20歳以下、かつ試験に合格した者を対象に保護優遇措置を行う、と。試験を受けられる者の一覧は添付の調査報告書に記載。先日のカゲキラ殺害でレベル5になった玖凪シラヒも対象というわけですね。…………あぁ、ありましたね、名前」
鴎見岬ハジメが添付されていた受験者一覧を下にスクロエールすると、パーティメンバーの一覧が載っていた。
「試験は受験者のパーティ毎に行う。合格しても認定されるのは受験者のみだが、英傑候補のパーティメンバーは買取価格、依頼優先受諾権などの優遇措置は享受できる。……おっと。試験中の活躍次第ではパーティメンバーでも英傑候補になる可能性もある、と。これはやる気出ますね」
ハジメはパーティ一覧に軽く目を通した。行の先頭に並ぶ受験資格者を始め、どれも見たことのある名前ばかりだ。中には複数の受験者がいるパーティもある。
一番下まで目を通したハジメはそこにあった名前を見て絶句した。目を見開いたハジメを見下ろしている鯨木マサミチは予想通りの反応に唇が吊り上がる。
「こ、こいつも受験資格者なんですか? こいつは無理でしょう。依頼達成数より死なせた味方の方が多い、とまで言われた女ですよ。最近は確か依頼を受けて誰かを殺す、殺し屋まがいの仕事をしてるとも聞きます。それになにより、パーティを組んでいないじゃないですか。協調性は『英傑』にとって必須の資質です。どうやって審査するんですか」
「あぁ。ほぼ滅亡したとはいえ、いやだからこそ、この人間の世界で生きていくに協調性は必要不可欠だ。得意不得意があるとはいえ、全く協調性がないただ強いだけの奴が英傑認定されることはない。勿論英傑候補としてもだ。だから」
マサミチは笑みを深めた。これから面白いことが起きることを期待する、ほとんど邪悪と言ってもいいような笑み出たった。
「一番数の少ないパーティにでも、強制的に入れられるんじゃないか?」
鷗見岬ハジメは慌てて画面に視線を戻す。スクロールするまでもなく全てのパーティが画面には映っている。一つしか名前が書いていない一番下の一行を除いて、一番名前が少ない行に書いてある名前は三つ。同数のパーティはなく、すぐに分かる。
玖凪シラヒ、逆薙クロエ、雛姫ベニカ。
ここに、上層街から追放された混沌にして戯言吐き、御祓川キヅナが加わる。




