第37話「ゆいくん、王子様みたいだねっ」
「とうちゃ~くっ!!」
新幹線から降りた私は、意気揚々とその場を駆け回る。もちろん他の人に気を付けてね!!
「ふわり、あんまり駆け回ると危ないよ」
「うんっ!! 大丈夫、気を付けてるから!!」
しばらくその場をくるくる~っと回っていたけれど、はっ、となる。ついはしゃいじゃったけど……ゆいくんの手の中には、私のスーツケース。荷物、持ってもらいっぱなしだ!!
「ゆいくんごめんねっ、スーツケース、私が持つよ!!」
「え……ううん、大丈夫。重いでしょ? ホテル着くまで、俺が持ってるから」
「う、うぅ……私としてはすごく助かるけど、申し訳ない……!!」
「いいのいいの。力があるんだから、頼りにしてほしいな」
そう言ってゆいくんは私の頭を撫でる。ふわふわ~、と思いながら顔を上げると、ゆいくんもふわふわな顔で微笑んでいて。
……さっき元気がない理由を話したからかな? 心なしか、さっきより元気に見えるから……良かったぁ!!
にしても……ゆいくんが元気がなかった理由が、まさか……。
「ふわり、切符ちゃんと持ってる? 改札出ようか」
「う、うんっ!! ちゃんと持ってるよ!!」
そこでゆいくんに話しかけられ、私は元気よく答える。考えるのは後にして、私のスーツケースを引いてくれているゆいくんの後ろに続いた。
そこからはタクシーを拾い、私たちはホテルに到着。ちなみにこのタクシーの送迎はホテルとセットのサービスなんだとか。到着した時と帰る時の二回しかやってもらえないみたいだけど、それだけでも十分ありがたい!!
「わぁ……!! すっごくおしゃれ……!!」
あえて今回泊まるホテルは調べずに行った。現地で実際に見て、その良さを噛み締めたいと思ったからだ。……結果的に、それは功を奏したみたい。外装から本当におしゃれで、中に入ってみると、その美しさには言葉を失っちゃうくらい!!
和洋折衷と言うべきか、日本風の奥ゆかしいものや、西洋風のアンティークが整然と置いてあって、しかもそれらが全く喧嘩をしていない。一つの完成された景色としてそこにあって、私はとても感動してしまった。
「柚葵さん……こんな素敵なとこを断念したのか、もったいないな」
隣に並ぶゆいくんもそんな風に呟き、苦笑いを浮かべる。彼の感想も、私と同じみたい。
「西園寺様と、不破様ですね?」
そこで前方にいたホテルの人がこちらに近づいてくる。私たちは頷き、ゆいくんも一歩前に出た。
「北条柚葵の紹介で来ました。五日間、お世話になります」
「……はい、確かに」
ゆいくんはホテルの人に何かを手渡す。なんだろう、と見てると、紹介状みたいなものだよ、とゆいくんは小声で教えてくれた。
ホテルの人はそれを確認すると、こちらを見て頷く。
「すぐ出かけられますか? その場合でしたら、私がお荷物を預かりますが……」
「……どうする? ふわり」
「うーん……私、部屋の中見てみたい!!」
「……じゃあ、一回部屋に入っちゃいます。荷物も自分で持っていくので、大丈夫です」
「承知致しました。今ルームキーをお持ちしますね」
ホテルの人は恭しく頭を下げると、踵を返してカウンターの方に戻る。そして、普通と早歩きの間くらいの絶妙なスピードでこちらに戻ってきた。
「こちらがルームキーです。それでは、ゆっくりお寛ぎください」
「ありがとうございます。……それじゃあ行こうか、ふわり」
「うんっ!!」
こちらを振り返ったゆいくんに私はそう言って頷き、自然な動作で私たちは手を繋ぐ。ゆいくんの温かくて大きな手に安心しながら、私たちはエレベーターまで向かった。
「2025だから……二十階だね」
「ひゃ~っ、高いっ!!」
「わざわざ最上階用意してくれるの、最高に柚葵さんって感じするな……なんだろうこの、いらないところにこだわる感じ……」
「ねぇねぇっ、最上階ってことは、色んな景色見えるかなっ? 楽しみだねっ!!」
「……うん、そうだね」
エレベーターを待ちながらルームキーを見て、部屋番号を確認する。二十階はどんな景色なんだろう、とわくわくしながら、目の前の扉が開くのを今か今かと待ち望んでいた。
「……あれは……」
そして私たちは気づかなかった。そんな私たちを見ている人がいるってことに。
「わ~っ!! 部屋の中もすごいすごい!!!!」
「……そうだね、落ち着いてて、雰囲気もいい」
部屋に入ると、私は部屋の中を駆け回る。……なんか今日ずっと走ってる気がするけど、まあいっか!!
部屋の中も和洋折衷っぽくなっていて、靴で歩けるゾーンと靴を脱いで畳に上がれるゾーンに別れていた。そして畳の上には二人分の布団が置いてある。その先には大きな窓があって、そこから外を望むことが出来た。
「ゆいくんゆいくん!! 外すごいよ!! いい景色~!!」
「本当だね。……でもふわり、膝立ちで歩かないで靴ちゃんと脱ぎな……」
「え、えへへ……早く近くで見たくて、つい……」
靴を履き替えるところまで膝立ちで戻ると、そこでゆいくんが跪く。きょとん、とする私に構わず、ゆいくんは丁寧に私の靴を脱がしてくれた。
「……ありがとう、ゆいくん」
「どういたしまして」
「ゆいくん、王子様みたいだねっ」
「えっ、あ、ありがとう」
えへへ、と笑うと、ゆいくんは少し照れたように微笑み……ゆっくり目を反らす。
それがかわいくて、私はゆいくんに手を伸ばした。
「ゆいくん」
「えっ……んっ」
その頬を両手で包むと、ゆいくんが顔を上げる。そのタイミングで、私はゆいくんに唇を重ねた。
ゆいくんは小さく目を見開き、しかしすぐに閉じる。気持ち良さそうなふわふわな顔が、目の前にあって。
かわいい、とちゅーの後に小さく呟いた。
「……王子様って言われた後にかわいいって言われる俺の心境なんだけど……」
「え、嫌だった?」
「嫌、では、ないですけど」
私がそう聞くと、ゆいくんはすぐに声を詰まらせながら答えてくれる。素直でかわいいなぁ。あ、また言っちゃった。
「……ほら!! 部屋出るよ、観光するんでしょ」
「うんっ!! 観光する~っ!!」
恥ずかしげにそう言われたので、私は頷いて同意する。せっかく靴を脱がしてもらったけど、私はまた靴を履いた。
ゆいくんは私のスーツケースを部屋の隅、邪魔にならなそうなところに置き、リュックもベッドの上に置いて中身を軽く整理してから、私の方を振り返る。
「ふわり、行く?」
「うんっ、行こっか!!」
小さなショルダーバッグを肩にかけるゆいくんに、私は笑いかけて彼の隣に並ぶ。その手をきゅっと握って。
「でも、その前にもう一回……ちゅーしていい?」
「……いいよ」
俺もしたい、と呟き、ゆいくんが顔を近づけてくれる。私は塞がっていない方の手でゆいくんの服の裾を掴み、精一杯背伸びをした。
ちゅ、と軽く唇が重なる。すぐに離して、どちらからともなくもう一回──重ねて。今度はさっきより深いキスを。
癖で舌も入れたくなってしまったけれど、そこはぐっと我慢した。少しの間だけキスを堪能して、またどちらからともなく離す。
「……続きは、帰ってからね……?」
「……ん……」
私がそう言って微笑むと、ゆいくんは期待を瞳に溶かしながら頷いた。あー、本当にかわいいな。
だけど思考を観光に切り替えて。せっかく普段とは違うところに来てるんだから、色んなところ見て楽しまないと!!
部屋を出て、またエレベーターに乗りながら、今日はどこを巡ろうかと話す。あと私もルームキーを貰ったりして。
「兄貴、なんでこんな所にいるの?」
その声に、ゆいくんが足を止める。
人が行き交うホテルのロビーの中。振り返ったゆいくんは、その人混みの中からただ一人だけを見つめていた。
私も遅れて振り返り、声の主を見つめる。
制服を身に着け、ゆいくんとそっくりなお顔をしている子が、そこには立っていた。




