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第16話「果たすべき努力」

 依然視界は悪いままだが、必死にぶん回している鞭女の声がもう聞こえなくなってきた。

 となれば流石にもう気絶しただろう、いい加減腕も疲れて来たし、もうやめよう。


 「あっ」


 そのまま振りますのをやめようとしたが、気が緩んだのか腕を振り上げた拍子にすぽっと手から鞭女の足が抜けてしまった。

 ビタンッ! という音を聞きながらレンズの汚れをようやく拭うと、校舎の壁に大の字に張り付いているボロ雑巾のようになった鞭女が見えた。


 「……フゥーッ」


 あー……ちょっと高いな、回収めんどくさいなぁ……ていうか靴片方ないじゃん、すっぽ抜けたのは足から靴が脱げたからなのか。

 ……あっ、そうだ! エスキュートにカラス浄化してもらわないと、真っ二つにしても復活したあたり多分切れ込み入れたくらいじゃすぐ再生するだろうし、急がないと。

 そう思って周囲を見渡してエスキュート達を見つけると、彼女たちの視線は様々だった。

 困惑、恐怖、驚愕……ここまで来るともはや慣れてくる。


 「…………なあ」

 「うぅっ……!」



 とりあえず話しかけようと一歩近寄ったら、シルバー以外の全員が息を飲んで身を固くし、この中で一番大人びていたシルバーすらも青ざめた顔をこちらに向けて来る。

 ……いや、まあ、その、なんだ、確かに今回も俺の戦い方はちょーっとバイオレンスだったかもしれない。

 しかし、しかしである、今回ばっかりはお仲間を人質に取られているような中で必死にやった結果だし少しくらい寛大な対応をしてくれてもいいんじゃないだろうか?

 …………まあ、あんまり情報漏らせない立場からするとこっちの方がありがたいかもな、さっさと浄化してもらおう。


 「……早くカラスを助けてやれ、俺じゃ浄化できん」

 「…………」


 俺の言葉にエスキュートの面々は固まったまま誰も動こうとはしない――いや、フラムが何やら化粧道具のようなものを取り出してそこにエネルギーをチャージし始めた。

 なるほど、あれが必殺技を出すために必要な道具なのか……触媒で再現できないかな?


 「『エスキュート・フラム・シュート』!」


 溜まったエネルギーを拳の炎に変え、両手を前に突き出す事で炎の弾がまっすぐカラスに向かい、その身を包み込む。

 しばらくして闇のエネルギーがシュウシュウと音を立てて消滅すると、複数のカラスが元気に飛び去り、空の色も夕焼けに戻っていた。


 さて、後はあの鞭女の回収を……いねえ!? 何の予兆もなく消えやがった!? あーっ! また逃がした! 最悪だ!?

 転移の気配もないし、完全に気絶してたし、どうなってんだ!? ……はぁ~、審問会怒るかなぁ、二度目だもんな、報告したくないなぁ……するけどさぁ……。


 「あ、あのぉ~……コルウス、さんでしたっけ?」

 「……? ああ、そうだが」

 「テーレ……?」


 気分と一緒に体まで重たくなったような感覚に陥りつつもその場を去ろうとすると、エスキュート達が道を開ける中でテーレがすれ違いざまに声を掛けて来る。

 シルバーはそんな彼女を手を伸ばして引き留めようとしたが、どうやら思い直して様子を見る事にしていた――それでもいつでも飛び掛かれるように腰を落としている辺り抜け目ないと褒めようか、信用がないと嘆こうか……。


 うーん、本音を言うと疲れているし、気分も憂鬱だし、嫌なこと忘れて早く帰りたい……でも足止めちゃったしちゃんと聞かなきゃなぁ。


 「その、勘違いして攻撃してごめんなさい……それと、助けてくれてありがとうございます」

 「……え? ああ、気にしないで?」


 ちょっと表情は硬いながらも、そう言ってペコリと頭を下げるテーレ。

 てっきり何か言われるものだと思っていた俺は、そのあまりにも意外過ぎる感謝につい素で疑問形の反応を返してしまう。


 「あの~、なんだかはじめましての気がしないのですが~……どこかで会いましたか~?」

 「? いや、知らないが……?」


 俺の言葉にう~んと腕を組んでその場で考え込んでしまうテーレ、しかし俺に身に覚えは本当にないのだ。

 こんな美人、一度見たら忘れない自信がある、直近でテーレに匹敵する人はのぞみさんくらいだろうか? ……いや、でも一番かわいいのはなんだかんだ山彦部長かな、あの人の笑顔が思い出の中で一番輝いている。


 「や、やいやい! カラス頭の人!」

 「ん……?」


 そして続いて彼女の後ろから声が響く、何事かと思って顔をずらすといつの間にか彼女の後ろに隠れていたヴェントもチラリと顔を覗かせて俺を見ている――顔が青ざめたままであることから相当無茶していることが分かった。


 「ま、まぁ、その、アタシも蹴って悪かったっていうか……助けてもらったし……あ、ありりがとぉ……」

 「……無理しなくていい」


 流石に震え声で感謝されてもいじめているようであんまりいい気はしない……あ、また素で返答しちゃった、まあいいか。

 しかし俺の返答が気に食わなかったのか、ヴェントは突如テーレから飛び出すとその小柄な体を目いっぱい広げて威嚇でもするように俺に反発する。


 「べべべべつに怖くないしっ! アタシはお前みたいなイジワルなんかこわくないんだからなぁっ!」

 「ち、ちょっと……コルウスさんのおかげで助かったんだしイジワルは酷いよ……」


 涙目でそう言うヴェントに対し、オーがその肩を掴んで諌める……俺をチラチラ見ながらびくつかなかったら素直に嬉しいフォローなんだけどなあ。

 ていうか、え? イジワル? いきなり何の事だ??


 「イジワルかは置いておいて、コルウスが私たちの味方だとは限らないのは事実よ、オー……彼は明らかに何かを隠したがっている」

 「え~? それくらいいいんじゃないんですか~? ワタシだって体重は秘密にしてますけど……」

 「えーっと、テーレ先輩? 流石にそれとこれとは別なんじゃないかな~って」


 シルバーの警戒に対して、テーレが暢気な答えを返して、それに対してフラムが突っ込みを入れ、エスキュート内の意見は完全に割れていた。

 ……まずいな、俺が嫌われるだけならともかく、仲間割れさせるのは本当にまずい……本来なら俺が立場を明かして彼女たちに説明できる範囲の事を言って協力を仰ぐのが一番っていうか、筋なんだろう。


 でもなぁ~、魔術師たちの世界の事知らなさそうな子たちにあんまり喋りすぎると後々まで巻き込むだろうからな~……エスキュートって謂わばあれだろ? 魔術師として目覚めたようなものだろ? それじゃ忘却効かないし、絶対協会に勧誘するか協力する野良術師としての手続きをしなきゃいけない流れになる……山彦部長みたいに完全にやらかしたならともかく、青春真っ盛りの女学生がこんな危ない世界覗くもんじゃないよ本当に。


 俺のワガママなのは百も承知だが、このまま何も知らないでいられたらワルジャーン関連の事が片付いてエスキュートの力を大っぴらに使うような真似をしなければ……一般人として暮らせる。


 そのためにも、今の俺がするべきことは…………よし、言い訳思いつかないし適当に煙に巻いてさっさと逃げよう。

 ついでにワルっぽい言動をすればさっきの意見割れも有耶無耶にできるだろ、よしやろう。


 「……俺が間違っていると言いたげだな」

 「あ、当たり前でしょ! あんなにボロボロになっても、ずっと攻撃して!」


 少し声を低くした俺の言葉にフラムが元気よく噛みつく。

 攻撃の件は、まあこっちからは相手の状態分かんなかったし……いや見えてても普通に気絶まで追い込むと思うけど、反撃怖いし。


 「お前たちは、『優しさ』の使い方を勘違いしていないか?」

 「勘違い、ですか?」


 俺がなんかそれっぽい事を言うと、オーがおどおどとした様子ながらも俺の言葉をオウム返しに聞く。

 よし、いいぞ、そのまま俺のそれっぽい言葉をなんかいい感じに考えておいてくれ。


 「あいつを止めないと、何も知らない人たちがより多く傷つく……それを早く阻止する事こそ優しさなんじゃないか?」

 「そんな……その為なら何をやってもいいって事なの?」

 「……大抵の事はな」


 まあ仮に今回やらかしたのが山彦部長なら俺は彼女に暴力を振るわない方法で解決しようとするし、全力で擁護に回るんだけどな。


 自分で言っておいて中々ひどい二律背反っぷりであるが、まあ人間一人の一方的な価値観では真に公平な判断などできはしないのだ。

 第一、そういう善悪を考えるのは魔術協会の『審問会』の方々であって、俺の仕事じゃない……なんてのは、ただの言い訳だろうか。

 ……そろそろいいかな、いい加減誰か集まりそうだし帰ろう。


 「……コルウス、だったっけ」

 「あらっ? ヴェントちゃん?」


 そのままコートの裾を翻して歩こうとすると、俺の目の前に緑の影――ヴェントが両手を広げて割り込んでくる。

 彼女は声を震わせながらも、歯を食いしばった様子で俺をまっすぐ見上げて睨みつけた。


 「言いたいことは分かったよ……それでも、理由があっても誰かを傷つけていいなんて、正義なわけない! ……ボガスカンは、アタシが浄化するっ! みんな助けて、アタシの方が正しいって証明するんだ!」


 恐怖心の伺える涙の溜まった眼でも、彼女はハッキリと俺にそう叩きつけた。

 ……こうも真っすぐな正義感のある奴にそう言われると、適当ふかしている自分が情けなくなってくる。

 だからと言って今更ワルジャーンの怪物にいい感じに手加減して戦って、人々を守るなんて俺にはできないし、やる気もそんなにないのだが。


 「……そうか、できるといいな」


 でも、この言葉は本心だ、浮ついたような理想論でも、叶うならそっちがいい。


 「あっ! 待てっ!」

 「まあまあヴェントちゃん、コルウスさんはワタシたちを助けてくれました、それでいいじゃないですか~」


 最後はもう、何も言い返せなくなってしまったが、変な事言った分はなるべく手助けするので勘弁してほしい。

 テーレに宥められているヴェントを跳び越す形で電柱に飛び乗ると、次の街灯に飛び移るために腰を落とす。


 「あっ! コルウスさ~ん! また、また会えますか~!?」

 「……お互い、生きてたらな」


 後ろから聞こえてくるテーレの声にそう返すと、俺は今度こそ彼女たちの前から姿を消す。


 ……浄化魔術、頑張って覚えないとな、英語苦手とか言ってられない。

 羽根で姿を隠しつつ、俺は自分の高校へ戻るのであった。



 ☽~~~☽



 「そういうワケなんでこの本解読してください、部長」

 「そこは自分で解読とかしないんですか……? ふぁぁ……っ、やっぱり上手いですねぇ」


 放課後、俺は部室にて山彦部長の肩を揉みつつエスキュートとかの詳細は伏せつつそれとなく事情を説明し、以前買った回復系の魔術が記載された本の解読をお願いしていた。

 いや、一応自分で解読してみようとスマホ片手に翻訳を頑張っては見たのだがどうしても意味不明な文章になったり、解読できない単語があったりして自力では詰んでいたのだ。


 「割と急ぎなもので……こういう時にすっげぇ頼れるの、部長くらいしか知らないので」

 「……ふ、ふぇへへへ……しょうがないですね、処沢くんがそこまで言うなら……」


 俺がこうして頼み込めば山彦部長は結構聞いてくれる辺り、なんだかんだ我儘は言っても彼女はいい人なのだと実感する。

 一旦肩もみが一区切りしたところで俺が改めて術書を山彦部長に渡すと、彼女は途端に怪訝な顔でタイトルを読んだ。


 「んん……? あれ、この本、英語で書かれてないですよ? ラテン語です」

 「えっ、ラテン語? なんですかそれ?」


 全く知らない言語名が出てきてびっくりしてると、山彦部長は何故か俺にじとっとした目を向けながら人差し指を立てて説明しだした。


 「簡単に言うと、英語の超古い版でしょうか……というより、コルウスって魔術師名も元はラテン語の『カラス』って意味ですよ」

 「そうなんですか? 知りませんでした……」

 「えぇー……?」


 山彦部長は困惑した様子でこちらを見るが、そもそもこの魔術師名だって仮面と一緒に渡されたから名乗っているのだ。

 最初はコルク栓みたいな響きでなんかかっこ悪いな、とも思ったが名乗っているうちに特に気にならなくなったし。


 「しっかし、英語じゃないとなると学校で習うわけでもないですよね……大丈夫ですか? 部長」

 「ふっふっふっ、オカ研設立のために様々な試験を突破した私を舐めないでください……ラテン語なんて履修済みです、術の一つや二つなら今日にでも解読してやりますよ……!」

 「おおっ! さっすが部長!」


 本当に頼りになる部長である、やんややんやと囃し立てる俺にすっかり気を良くした部長は左右に本とノートを広げてサラサラと和訳文章を書いていく。

 俺は少しでも彼女の作業の助けになるよう、要請があったらすぐに資料を取り寄せたり、随時掃除や洗濯、食事の用意などをこなしつつその様子を見守った。

 そしてこの日はお互い家に帰らず、学校で一夜を明かすことになったのだった。

【影の魔術】…魔術を用いた暗部が主に用いた魔術、基本的に攻撃力はないが、隠密・攪乱効果が高い。

詠唱を殆ど必要とせず、触媒も小型で比較的用意しやすいものが共通で使用されているが、その分術の仕組みや魔力の流れを正確に知識と感覚で理解する必要があるため、取得難易度は比較的高い方。

かつては汚れ仕事を請け負う魔術師たちに授けられる恐怖の魔術とされ、その性能から一部は申請無しで使用すればその場で犯罪になる魔術の一つである。

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