第14話「未だ溝は深く、されど戦いは共に」
……さて、ここからどうしよう。
補充したばっかの黒玉砂利を早速使った魔術、『黒煙』でエスキュート達の視界を奪い、そして同じく黒玉砂利の粉末をマスクのレンズに塗して使う『暗視』の無法コンボで厄介なヴェントに布を噛ませて、そのまま封じ込めたのだ。
抵抗する力はかなり強いものの、肉体構造が人体を外れていない以上技術で抑え込め……いや思った以上に力強いな!? やっぱり気を抜くと押しのけられそうだ。
「ヴ、ヴェントちゃんを放してください!」
「……それはお前たち次第だ」
とりあえずまだ話が通じそうなテーレを交渉役にしたが、やはり仲間を人質に取られては心穏やかではいられないのか武器を構えて俺を見据えて来る。
あー……こんな優しそうな美人にまでそういう目を向けられると流石にへこむなー……。
「どうする? まだやる気か?」
「わ、分かりました、もう攻撃しませんから……」
「むぐっ!? むーっ! むぅぅっ!!」
仲間の言葉に納得できないのか、ヴェントはまだ比較的動かせる足をバタバタと動かして何事かを呻いていた。
……これ放した瞬間に蹴られないよな? でもこれ以上拘束しても心象悪くするだけだしなぁ、放すか。
「……いいだろう」
「ぷはっ!?」
敵意がない事を伝える為、あとついでに攻撃に備えるためにゆっくりと力を抜き、緩慢な動作でヴェントから離れていく。
蹴るなよ……! 絶対蹴るなよ……! 次、攻撃したらしばくぞ……!
と、正直ちょっとビビりながら放したが、ヴェントは意外にもこちらを攻撃することは無く、口内の布を吐き出すとヨタヨタとした歩みでテーレの元へ歩いて行った。
「す、すみませんテーレ先輩……アタシが不甲斐ないばっかりに……」
「いいえ、ワタシこそ引っ掛けちゃってごめんなさい~……」
テーレは歩み寄って来たヴェントの肩を抱き、そのまま摩って彼女を慰める。
互いに安堵しているが、今はまだ空の色が悪趣味なままだ、あの鞭女は確実にどこかから俺たちを見ているだろう。
それに、俺がボガスカンって奴だという誤解を早々に解かなくてはいけない、また襲われるの嫌だしな。
「お前たち、敵はまだいるぞ……構えろ」
「何をっ! お前が敵だろう!?」
声を掛けた俺に対し、やっぱり敵愾心剝き出しで噛みついてくるヴェント、まあ結構キツく抑えてたしムカつくのは分かるが、もうちょっと冷静さを持って欲しい。
もし本当に俺がそのボガスカンだとして、わざわざ黒煙が晴れるまで抑え続けて人質に取る必要もないんだ。
「それならさっきの間に二人とも殺ってる」
「うぐっ!?」
俺の返しに言葉に詰まるヴェント、どうやら彼女自身もその事を理解できたようで未だに納得がいっていない様子だったが、とりあえず敵だと思わないでくれたら今はそれでいい。
「え~っと、それじゃあ繭から出て来たのは何ででしょう~?」
「あれは繭を斬って後ろから出ただけだ、生まれて来たわけじゃない」
仲間が自分の下に戻ってのんびりとした調子を戻したテーレの問いに、俺はハッキリと事実を伝える。
まあ、これで理解してもらえなくても彼女の仲間たちとは確か以前に3回くらいは会っているのだ、彼女たちから話を聞けば誤解も解けるだろう。
さて、後は多分どこかで見ているはずの鞭女の事だが、一体どこだ? ――ん? 影が濃くなって……まさか!?
「オーッホッホッホ! 隙あり!」
「はわっ!? きゃあ~~~!?」
「あっ!? うわぁ~~~!?」
高笑いと共に大きな影を伴って上から鞭女が突撃してくる、イヤな予感がした俺はすぐさま後ろにローリングする事で回避できたが、二人のエスキュートは影に捕まれてそのまま上空へと連れ去られてしまった。
「お前たちがじゃれ合ってる間に、散ったエネルギーを集めて今度こそボガスカンを生み出してやったわ!」
「はっ、放して~!」
上を向いた俺が見たものは、でかいカラスに跨っている鞭女と、その鴉の爪にがっちり掴まれている二人の姿だった。
……まだあんな怪物を生み出せるだけのエネルギーを持っていたのか? 厄介だな。
「フンッ! 間抜けね、エスキュート! これこそが、真のカラスボガスカンよ! オーッホッホッホ!!」
「なっ……何ぃ!? じゃあアタシは本当にただの人と戦ってたのか!?」
「ヴェントちゃん……」
地上からでもハッキリ聞こえる程の声量でヴェントはショックを受けているのが見えた、それはもうがっくりと項垂れている。
正義感が強そうな彼女の事だ、人間相手に蹴りを入れてしまったという事実はなかなか堪えるものがあるのだろう、俺がただの人間かと言われれば、違うとは思うが。
それよりも、あの女の口ぶりからして新しくエネルギーを使ったのではなく、さっき散ったエネルギーでもう一回ボガスカンを作ったようだ。
つまり、単に切っただけじゃあのエネルギーを散らすだけでボガスカンを根本的に倒すのはできない……驚くほど珍しくはないが、うざいくらい厄介なタイプの怪物だ。
「……どうしたものかな」
正直、この手のタイプを倒しきるには呪いを浄化できるタイプか、いっそより強力な呪いで消滅させるタイプの魔術師でないと倒すのは難しい、対して俺が使えるのは身体能力と物質強度を高める基礎魔術に加え、『くらましの影』や『黒煙』といった補助魔術と、後は小道具が中心だ。
俺、どうやって以前エネルギー体のボガスカンを倒してたんだっけ? ……あ、銀の短剣溶かし込んだんだった……。
怒りの形相の山彦部長を思い出してちょっとナイーブになっていると、背後からどたどたと慌ただしい足音が聞こえて来る。
「はぁ……はぁ……やっと着いた……!」
「ふ、フラムちゃ~ん……シルバーせんぱ~い……あし、はやすぎますぅ……」
「もうこの辺りにワールルはいないようね、後はここよ!」
聞き覚えのある声からして、ようやく残りのエスキュート達が到着したようだ。
バタンと背後の扉が開かれると、三人分の駆け足がバタバタと広がり、俺のすぐ後ろで止まる。
「あっ! あなたはコルウス!? 何でここにいるの!?」
「遅かったな」
「……あ~っ! テーレさんと、えっと、緑のエスキュートさんがっ!!」
未だ上空を飛び続ける鞭女を見続けながら後ろの彼女たちに声を掛ける。
失礼だとは思ったが、また目を離した隙に何かされても敵わんから容赦してほしいものだ。
「ここにいる理由、だったか……あいつを倒すためだ」
「……エスキュートでもないあなたがどうしてワルジャーンと戦うの?」
この大人びてクールな感じ……シルバーの声だな、ていうかそれ今言わなきゃダメ?
お仲間連れられてるんですけど?? 敵が目の前にいるんですけど??
まあでも一言で済むしさっさと答えてあいつと戦ってもらうか、あれじゃほぼ手出しできないしね俺
「俺にとってもアイツは邪魔だ……これでいいか?」
「…………ええ、わかったわ」
『プイイ……』
何故か俺の答えにシルバーは険悪な感じに、妖精はビビっている反応をしている……いや、別におかしなことは言ってないよね? なんか空気悪くない?
なんかフラムと……えっと、確か青いのはスオー……もギョっとしてるし、何か失言でもしてしまったのだろうか?
「……行くぞ」
なんとなく気まずい空気を誤魔化すように、俺はカラスの羽根を基礎魔術で高めた身体能力と体外の魔力コントロールによって矢のように投げ飛ばす。
当然、あの鞭女のカラスには避けられてしまったが、その隙を突いてシルバーが跳躍して切りかかっていく。
「はぁぁっ!」
「くうっ!? 舐めないで頂戴!」
「やあああ!」
鞭女は咄嗟に鞭を引っ張って盾代わりに受け止め、それからシルバーを押し出して落とす、そしたら今度はフラムが拳を握りしめて殴りに向かった。
しかし剣と違って射程の短い拳では攻撃が届く前に鞭女の反撃が早いらしく、空中で咄嗟にガードしたものの身を躱せないフラムの身体を鞭打が襲い掛かる。
「きゃあああ!!」
「なっ、フラム!!」
「う~ん! むぅ~!」
吹き飛ばされる仲間を前にヴェントとテーレは必死に身を捩ってカラスからの脱出を図ろうとするが、がっちりと二人を掴む爪はびくともしない。
……いや、よく見たらテーレが暴れている時だけちょっと動いてる? あれなら何かきっかけがあれば外せるかもしれない。
しかし、鞭女はきっちり俺の警戒も怠っていないためここから羽根を撃っても牽制にしかならないだろう、ならもう一つ何かあれば――
「なあ、そこの……スオーだったか?」
「えっ!? どちら様ですか!? ……ええっと、こほんっ! 私はエスキュート・オーです!」
心配そうに上の様子を見守っていた青のエスキュート、スオー改めオーは俺の発言に盛大にビックリした後、どこか大げさに胸を張って自分の名を名乗る。
仲間がピンチだというのに微妙に緊張感が感じられないとは、この子意外と肝が据わっているのかもしれない。
そんな事を頭の片隅に考えながら、俺の口は状況を打開するための質問を投げかけていく。
「何故攻撃に参加しない? 戦闘向きではないのか?」
「え、えっと……私の力は浄化に特化していて、あの距離なら必殺技なら届くので、隙を見つけたらって言われてまして……」
よしきた、と内心で膝を叩きながら残りの羽根の枚数を確認すると、まだ十分な数が懐に入っているのを感じた。
これだけあればこの思いつきもきっと上手く行くだろう。
「こっちで隙を作る、合図を出したら撃て」
「ええっ!? で、でも……」
オーは不安げに俺を見る、まあ今までエスキュートとロクに信頼関係を築けていない俺の作戦に乗れって言うのだ、その気持ちはわかる。
だが、俺はできるチート転生者、ちゃーんとその辺の事も考えた作戦を今考えたのだ!
「分かりやすい合図だ、見ればわかる」
『暗視』
詠唱:呪文名のみ
触媒:黒い石の欠片
条件:眼球や眼鏡のレンズといった、視覚に影響するものに触媒の粉末を塗っていること
説明:影の魔術の一つ、暗闇の中でも問題なく周囲を視認するための魔術。
あくまで暗闇を見通すだけの魔術のため、視界の悪い場所で使っても効果がない場合がある。
影に生きる魔術師にとって、無思慮に正体を晒す光こそが最大の敵であり、暗闇こそ自らを隠し、安然を齎す味方である。
刑二からのコメント
「『黒煙』とのコンボが強いのは言うまでもないけど、夜間活動するときもかなり強いぞ、光が要らないから隠れやすいし、こっちは奇襲がし放題! ……って言いたいけど、夜間活動するやつも大体何らかの対策してるんだよなあ」




