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携帯電話


 夜になって男子寮を出た俺は、リズと共に霜田区の掃討を行った。


「――はっ」


 細剣がタクトのように振るわれる。

 不可視の硝子刃が怪異を引き裂き、絶命に至らしめた。

 いまリズが相手をしている怪異は、この区域にいる怪異全体だ。

 俺は遠巻きにその様子を眺めつつ、近寄ってくる怪異を片手間に処理している。


「もう一人でも大丈夫そうだな」


 リズの成長は著しい。

 すでに霜田区の掃討くらいなら、俺や百合がいなくとも成立する。

 学業のほうも、最近では簡単な作文が出来るようになったらしい。

 リズがこの世界に来てから、一ヶ月とすこしほど。

 気温も暖かくなってきた。

 このまま行けば、いつか追い抜かされそうだ。


「ふー……」


 いま、最後の怪異が倒された。

 死屍累々と転がる屍は、霞のように端のほうから消えていく。

 その様子をみて頃合いだと思い、リズへと近づいた。


「お見事。近々、同伴者の必要はなくなるな」


 軽く手を叩きながら、屍の山を越える。


「本当ですか? やりました!」

「あぁ、やったな」


 言葉遣いも、こちらの世界に馴染んできた。


「あ、でも。もう双也さんや百合さんと一緒にお仕事は出来なくなってしまうのですね」


 喜ぶ姿から一変して気落ちする。

 不安な気持ちが先だってしまったのかも知れない。


「まぁ、基本は一人での仕事になるだろうな。でも、偶にだがほかの魔術師と共同で仕事にあたることもある。そう頻繁にとはいかないが、これからも一緒に仕事をする機会はあるよ」

「そうなんですね。すこし、ほっとしました。えへへ」


 ほっと胸をなで下ろす。

 その仕草を見ていると、まだもうすこしという余計な感情が湧いてきた。

 けれど、それに従っていたら、リズを縛り付けることになる。

 いつまでも同伴者ではいられない。

 リズが次ぎの仕事にいく前に、百合と話しておかないとな。


「さて、じゃあ行こうか」

「はい。魔術組合さんに報告ですね」


 魔術組合への報告義務も、これを最後に終わりとなる。

 そこから先は一人前の魔術師として扱われるからだ。

 魔術師として信用され、逐一報告しなくても済むようになる。

 まぁ、時と場合によることが多いけれど。

 今回のような定期的に行われる仕事なら、報告しなくても良いとされている。

 これらはすべて信用でなりたっているからだ。

 これを蔑ろにしたり、怠ったり、逆手にとって悪用していると信頼は失われ、以降の仕事が激減する。

 魔術師としては生きていけなくなるので、みんなこの信用を裏切らないよう心掛けているのだ。

 リズも、それを念頭において活動するときが、もうすぐくるだろう。


「――いやー、どうもっス」

「あの。ここに来ると必ず貴女が現れている気がするんですけど」

「そうっスか? あははー、偶然も重なるもんスねー」


 魔術組合の支部へといくと、またあの新先さんがいた。

 窓口にいくと必ずいるように思える。

 この人、いつ休みを取っているんだろうか。


「えーっと。あぁ、お仕事の報告っスね」

「それと近々、同伴者の必要がなくなりそうだって言う報告も」

「なるほど、そうですか。じゃあ、こうやって顔を会わせる機会も減っちゃうんスねー。なんだかちょっぴり寂しいっスけど。おめでとう御座います――なんて、ちょっと気が早いっスかね?」

「いえ、ありがとう御座います。新先さん」


 和やかな雰囲気に包まれる。

 こう言ってくれる人がいて、リズも幸せだろう。


「あぁ、そうそう。渡世さんがこのまえ提出した怪異の残骸なんスけど」

「……どうかしたんですか?」


 そう言えば、あれを提出したときも新先さんだったっけ。


「例の人造怪異の一部だったらしいっスよ。四風院から逃げだしたんスかね?」


 なるほど。

 二海堂の情報操作は、こんな所にも及んでいるのか。

 きっちり仕事はこなしているようだ。

 あんな金額の口止め料を、俺たちに支払うだけのことはある。


「さて、どうなんでしょうね。まぁ、別の目的があったようには思えなかったですし、知らず知らずのうちに逃げ出したんでしょう。案外、他にもそう言うことがあって、それが決め手になったのかも」

「だとしたら惜しいことをしたっスね。もしかしたら渡世さんが手柄を総取りしてたかもしれないのに。あ……このことは、どうか内密に」


 余計なことをしゃべりすぎた自覚はあったらしい。


「わかってます。それじゃあ、また」

「失礼します」

「はいっス。お気を付けて」


 報告を済ませて魔術組合の支部を後にする。

 長い階段を上り、かび臭い店内を抜けて、月明かりの下に顔を出す。

 それから他愛もない話をしながら帰路につく。


「そう言えば、今度の祝日に武闘会って祭りがあるんだってさ」

「なんと、舞踏会がですか?」

「踊るほうじゃなくて、戦うほうのな」

「むむむ、日本語は難しいです」


 同じ読みの漢字に苦戦するリズに、武闘会についての説明をした。


「なるほど。生徒同士で高め合い、切磋琢磨する。なんと素晴らしいお祭りなのでしょう。双也さんは参加されるのですか?」

「いや、俺はやめておくつもりだ。最近、色々あったし、祝日くらいゆっくり休みたいんだ」

「そうですか……残念です。きっと、良い成績を残せたでしょうに」


 リズはしょんぼりした。


「リズはどうする? 自由参加だし、出られる訳だけど」

「私ですか? そうですね……」


 すこし思案して答えを出す。


「参加してみたい、です。私も魔術学校の生徒としてっ」


 リズなら、そう言うと思っていた。

 参加する気はなかったけれど、俺も観戦くらいならしてみようか。

 リズの雄志を見るためにも。


「そっか。頑張れ、リズ。応援してる」

「はい! 頑張ります!」


 そう話していると、いつの間にか学生寮にまで戻ってきていた。


「じゃあ、おやすみ。リズ」

「はい。おやす――」


 唐突に、リズの言葉を遮るように軽快な音楽が響く。


「きゃっ」


 それに一番、驚いたのはリズだった。

 けれど、音源の位置は、明らかにリズのポケットにある。


「わっ、わわっ、えーっと」


 慌てふためきながら、リズは自身の懐から何かを取り出した。

 未だに音楽が鳴り続ける、四角い端末。

 携帯電話。

 この音楽は着信を知らせるものだった。


「は、はい。もしもしっ」


 いつの間にか、携帯電話を持っていたらしい。

 まぁ、この世界に来て随分とたつ。

 携帯電話の一つや二つ、持っていて当然か。

 ちなみに俺はまだ持っていない。

 俺もそろそろ買おうかな。金ならあるし。


「はい、はい、わかりました。では、そう伝えておきますね」


 そう言って、リズは通話を切る。

 それからこちらに視線を寄越した。


「あの、双也さん。実は先ほど百合さんから電話がありまして」

「みたいだな。それで、俺になんの用だって?」

「それが……」


 すこし言い淀んで、口にする。


「百合さんの部屋に来てほしいみたいです。結界を斬って」

「百合の部屋に?」


 なんでまた?

 会って話がしたいってことか?

 こんな時間に?

 いや、こんな時間だからこそ、俺に結界を斬るように言ったのか。

 式神による通信も、門限を過ぎた今は使えない。

 本来なら、俺も寮に帰らなければならないけれど。

 そこは多少の融通がきく。

 仕事が長引くこともあるし、終わる時間なんて決められないからだ。


「……まぁ、わかった。事情はわからないが、そうしよう」

「では、おやすみなさい。双也さん」

「あぁ、おやすみ」


 女子寮へと入っていくリズを見送り、俺は学生寮の中心にある噴水を目指す。

 さて、一体こんな時間になんの用があるんだか。

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