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監視


 腰に差した刀に手を掛け、引き抜こうと柄を掴む。

 しかし、飛来する火球は刀の間合いに至ることなく、かき消される。

 対となる水が、妖術として放たれたからだ。


「おや。そのまま大人しくしていればよかったのに。壱拾八じゅうはち号」


 壱拾八号と呼ばれた人型怪異は、ふらりと立ち上がる。

 まだ傷が癒えていないにも関わらず、四風院景正へと立ち向かった。


「そう言えば、壱拾八号の隷属魔術がいつの間にか解けていたね。いや、壊されたのか。キミ、あれだろう? 怪異殺しと呼ばれているんだろう? 怪異を剣技のみで捕らえる、なんて狂気染みた偉業を成し遂げるなんて、見上げた精神だ。理解に苦しむね」

「……いまは魔術師だ」

「おっと、そうだった。異世界に行って変質した魔力が開花したんだって? よかったじゃないか。キミはとても幸運だ。それで満足していればよかったのに」


 四風院の周囲に幾つもの焔が灯る。


「どうして欲を出して私の機嫌を損ねようとするのかね」


 焔の魔術は二方向に放たれた。

 片方は壱拾八号に、もう片方は俺に。

 今度こそ、腰の刀を抜いて迫りくる火球を斬り払う。

 壱拾八号も、水の妖術でしのいだようだ。


「お前は、リズを捕まえてどうするつもりだ」

「リズ? あぁ、あの異世界人か。どうするも何も、決まっているだろう。研究材料にするんだよ。異世界の知識、異世界の経験、異世界の魔力。それだけじゃあない、他にも何かあるに違いない。それを調べずにいられるか? 研究せずにいられるか? それが答えだ」

「人をなんだと思ってる」

「人? 違うね。人とたまたま同じ姿をした別の生き物だ。猿と同じだよ、異世界人なんて。人もどきに掛ける情などない。そう言う意味では、そこの壱拾八号も同じだ」


 四風院の視線は、壱拾八号へと向かう。


「私が人造怪異の研究を始めてから今までで、壱拾八号は唯一の成功例だった。なのに、どうしたことか。いっぱしの人間のような感情を持ち、意思を持ち始めたじゃあないか」


 奴は話ながら心底、蔑んだ目をした。


「まったく。人もどきが。ただの奴隷、ただの人形であればよかったのに、余計なものまで獲得しやがって。所詮、人でないお前が人になることなど叶わない。そう教え込むために隷属魔術を刻んだと言うのに。キミも余計なことをしてくれたね」


 視線が、再びこちらを向く。


「でも、キミも魔術師を自称するなら、私の考えが理解出来るんじゃあないかな? 全部とは言わないまでも、すこしくらいは――」

「さぁな、俺にはさっぱりだ」


 これっぽっちも理解は出来ない。


「命に違いなんてねぇよ。異世界人だろうが、怪異だろうが関係ねぇ。すべて等しく一個の命だ。てめぇの下らねぇ物差しで命を推し量るな」


 リズも、壱拾八号も、俺がこれまで殺して来た怪異たちも、俺たちも、すべて等しい。

 命に違いなどなく、そこに優劣も上下もありはしない。

 同列だから争うし、殺しもするし、殺されもする。

 魔術師はそれを承知で毎夜のごとく戦いに身を投じているはずだ。

 異世界人だから、怪異だから。

 そんな理由で命を弄ぶ四風院の思考回路など、理解する気にもならない。


「……キミは、どうやら自身の立場がわかっていないらしい」


 不機嫌そうに目を細めながら、四風院は言う。


「キミは私に賛同し、同調することで少しでも心証を良くするべきではないのかね。自身が犯した愚行を詫び、額を地に着けて許しを請うべきではないのかね。キミは私の怒りを買っているというのに」

「たしかに、そうだろうな。ほかに打つ手がなければ、な」

「なに? まだなにか策があるとでも?」

「打つ手がないと思うか? どうして俺がこんなにも落ち着いていると思う? どうしてこんなにも無駄話を長々としていると思う? どうして――」


 自身の後方へと、指先を向ける。


「あそこで式神が飛んでいると思う?」

「式神――だと? まさかッ」


 四風院は焔を式神へと差し向ける。

 だが、それを通すはずはない。

 火球は刀身に斬り裂かれ、あえなく霧散する。


「取らせるかよ、切り札を」

「くっ――だが、この屋敷には結界が――」

「斬ってないと思うか? いまここに潜入している俺が、その過程にあった結界を」


 当然、斬り裂いてある。

 結界を維持したまま、式神が通信できるだけの穴を開けてある。

 魔術に過敏に反応する結界でも、剣技には無反応だ。

 最新式だろうが、旧式だろうが、俺のまえでは関係ない。


「いったいどこだ! その式神はどこに繋がっている!」

「――ふっふっふー。それは貴方が一番、追い込まれちゃう所だよーん」


 四風院の問いに答えるように、式神から声がする。

 式神は巻き戻り、折り紙となって映像を映し出した。


「だれ、だ? お前は」

「はじめましてー。私の名前は糸括理緒、そこにいる双也くんの切り札です」

「なん、だと?」


 困惑した表情を四風院は造る。

 それもそのはずだろう。

 四風院が警戒していた人物の中に、理緒は含まれていないのだから。


「どう言うことだ。これはッ!」

「お前の監視を欺いていたのは、俺だけじゃあなかったってことだ」


 四風院の監視の目は、校舎内にまで及んでいた。

 監視者による監視対象は、俺とリズ、そして百合の三人だけ。

 そこに理緒は含まれていない。

 俺たちが学校内で理緒と接触したのは二度だけだ。

 それ以外では名前も出していない。


「ふふーん。だーまさーれたー」


 一度目は残骸の解析を頼んだとき。

 だが、それで理緒が監視対象になることはまずない。

 理科室というある種、特別な場所で会ったことを怪しまれたかも知れない。

 しかし、所詮はそれだけだ。怪しい止まりで、監視にまでは至らない。

 あの時点で、理緒より親しい人物が何人もいたからだ。

 冬馬や心、休み時間に話すクラスメイト。

 そのいずれもが、微かにだがリズと繋がりを持っている。

 それがまるでない理緒よりも、監視者はそちらを優先せざるを得ない。

 監視者の目的は、飽くまでリズを中心とした監視なのだから。

 二度目は、策戦会議を行ったとき。

 しかし、それでも理緒が監視対象となることはない。

 策戦会議の前日、壱拾八号と戦った夜のこと。

 考えついた策戦を、理緒にはすでに話してあった。

 そして、理緒は監視者の目から逃れるために、細心の注意を払っている。

 俺たちより先に理科室に入り、身を隠し、俺たちが出て行った後になって理科室を出た。

 監視者からしてみれば、それは俺たちは三人だけで理科室に入り、そして三人で出て行ったように見えただろう。

 策戦会議の最中は暗幕と結界で外界との接触を断っていた以上、監視者の目に理緒が現れることはあり得ない。

 式神の通信で会話をしたこともあったが、その時の監視者は俺を殺す気だった壱拾八号が兼ねていたと確認が取れている。

 四風院は理緒という協力者に気がつけなかった。

 だから、俺たちの中で理緒だけが自由に動くことができた。


「他ならぬ貴方の口からでた数々の証言に、それからこの研究施設の映像。ばっちりと伝えさせてもらったよー。この――」


 そう言って、理緒は画面外へと移動する。

 そして、映像にはある一人の男が映し出された。


「二海堂家、現当主、二海堂元晴にかいどうもとはるその人に」


 二海堂家は、かつて四風院家と肩を並べていた名家である。

 魔術組合の権力争いに敗れてからは、二番手に甘んじていた二海堂家。

 彼らが虎視眈々と再起の機会を待っていたことは、言うまでもないこと。

 四風院は、有名であるが故に、周囲に敵を作りすぎている。

 敵の敵は味方。

 二海堂家はこの時に限って、俺たちの味方となる。

 人造怪異の証拠は、二海堂家が成立させてくれるはずだ。


「二海堂……元春……」

「四風院景正。貴様の所行、しかと見届けた。これより私自らがそちらに赴く、言い逃れは出来ぬと思え」


 理緒が監視の目を欺いたことで、気取られることなく二海堂に接触できた。

 理緒が怪異の構築式を見つけてくれたお陰で、二海堂は取り合ってくれた。

 そして、たったいま四風院の未来が確定する。

 もはや四風院に為す術はない。


「はっ――はははっ、あははははははははっ!」


 笑う、笑う。

 狂ったように。


「この……私が……四風院景正が……終わりだと? こんな……ガキ共に、いいようにやられて? 終いだと? 冗談じゃあない……」


 瞬間、四風院の周囲に夥しい量の焔が灯る。


「冗談じゃあないッ!」


 それはら火球となって、全方位に向けて放たれる。

 しかし。


「――そこまでだ」


 その直後、火球は掻き消えた。


「じゅう……はち、ごう。きさまッ!」


 押さえつけるように、壱拾八号が四風院を捕らえたからだ。

 地面に組み伏し、拘束している。あれではもう、逃れようがない。


「もう終わりにしよう」

「――ふざけるなッ、まだ私はなにもッ」

「おやすみ」


 ゼロ距離から妖術が放たれ、それを喰らった四風院は意識を失った。

 あれでは魔殻も意味をなさない。当分、目を覚ますことはないだろう。


「殺さないのか?」

「殺せば今度に響く。私は自由になりたいからな」

「……そうか。いい判断だ」


 これで、なんとか一件落着だ。

 ほっと安堵の息を吐く。

 その直後のことだった。


「――なんだ、この音」


 警報が鳴り響いたのは。

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