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構築式


 理科室の明かりを付け、窓の暗幕を下ろし、外界との接触を遮断する。

 結界魔術によって音すらも遮断し、これにて情報漏洩への対策は万全となった。


「えーっと、まず私たちのほうから話をするけど」


 机を挟んだ向こう側に座す百合は、そう言ってちらりと俺の隣に目をやる。

 リズも、自身の正面にいる見慣れない人物に、どこか落ち着かない様子だった。


「自己紹介、したほうが良いかな? 一応、ちゃんと話すのは初めてだし」

「んー、どうだろ。私と百合ちゃんは顔見知り程度だけど既知の仲だし、いいんじゃない? しなくてもー」


 これから話し合うことは、決して軽々に扱っていいものではない。

 この場にいる誰もが僅かに緊張の色を滲ませる中、理緒だけはいつもの調子だ。

 随分と肝が据わっていた。


「でも、リズとは初対面だろ?」

「んー? あ、そっか。ごめん、ごめん。こっちが勝手に知った気になってたけど、はじめましてだもんねー」


 わざとらしい咳払いをして、理緒はリズへと視線を向ける。


「はじめまして。私は、糸括理緒。理緒でいいよー」

「は、はじめまして。エリザベス・フリーデ・ベクトファルケと申します。私のことはリズとお呼びください。よろしくお願いしますね、理緒さん」

「うん! よろしくね、リズちゃん」


 簡単な自己紹介も終わって、張り詰めていた空気がすこしだけ弛緩する。

 堅苦しい雰囲気も和らいだ。

 幸先がいい。このまま話を進めてしまおう。


「百合。それじゃあ昨日のことを話してくれ」

「うん」


 そう返事をした百合は、一度、リズと顔を見合わせてから話し始める。


「昨日の夜。双也が危惧していた通り、未知の怪異は現れた。異常な復元能力。液状化。適応変異。どれも双也が戦った怪異と特徴が一致してた」

「ですが、異なっていたこともあります」


 話し手が交代し、リズに移る。


「双也さんと戦った怪異は双頭でしたが、百合さんと戦った怪異は三つ首でした」

「三つ首か」

「まるでケルベロスだねー」


 双頭から、三つ首へ。

 わかりやすく、強化が施されていた。


「速度、筋力、耐久、反応速度、どれを取っても、双頭の怪異を上回っていました。ですが……」


 そこでもう一度、リズは百合と顔を見合わせる。


「ある程度、戦って勝敗が決するまで私たちは怪異を追い詰めたのです。しかし」

「しかし?」

「消滅したの。これでとどめを刺せるって瞬間に、跡形もなくね」


 一つの痕跡も残すことなく、掻き消えた。

 三つ首の怪異は、自らを殺した。


「はっはーん。同じ失敗を二度は繰り返さないってことだ」

「これ以上、解析させないためか」


 残骸の解析によって企みが露見しそうになったのだ。

 あとに続く可能性を断つのは、当然と言える。

 まぁ、俺のうっかりのお陰で、その対策は無為に終わった訳だけれど。


「という訳で、こっちの収穫は生憎のゼロ」

「申し訳ありません」

「謝るようなことじゃあない。リズが無事ならそれで十二分だ」


 リズが連れ去られるという最悪の未来は回避された。

 それだけでも喜ばしい。


「ひゅー!」

「なんだよ」

「べっつにー」


 理緒はいつでも楽しそうだな。


「よし。じゃあ、次ぎは俺たちの番だな」


 昨日の出来事を頭の中で整理しつつ、順を追って説明しよう。


「まず俺の所にも刺客がきた。人型の怪異だ。人語を解し、意思を持ち、知性を宿していた。そして、妖力もな」

「それは……かなり本気で殺しに来てたね」

「あぁ。でも、何とかそいつは退けた。ついでに、情報も取ってきた」

「情報?」

「いまから説明する」


 一呼吸をおいて、情報の共有をはじめた。


「刺客としてきた怪異には、隷属魔術が刻まれていた。その構築式を戦いの最中に俺が斬ったことで解放されて、怪異はこちらに寝返ったんだ」

「情報の出所はそこね。でも……」

「わかってる。まだ罠の可能性は捨てきれないが、ある程度の信憑性はあるんだ」


 そう言いつつ、視線を理緒へと向ける。


「あいあい。二人ともー、先にちょっとこれを見てくれるかなー」


 理緒は机上を指先でなぞり、小さく円を描く。

 すると、投影されたかのように、二つの映像が浮かび上がった。


「これは……魔術の構築式、ですか?」

「うん。そして、その隣にあるのが怪異の残骸を解析して出てきた、怪異の構築式だよ」

「怪異の……構築式?」


 リズの困惑した反応は、当然のものだ。

 怪異に構築式など存在しない。

 怪異とは本来、怪談話や民間伝承、都市伝説などと言った人間の想像力から生じたもの。

 空虚で、不確かな存在たる彼らは、人の思念を食むことで実体化する。

 そこに構築式などと言う概念が関与する余地などない。


「怪異に存在しないはずの構築式がある。つまり、リズちゃんを襲った怪異たちは、みーんな魔術の構築式を転用して造られた、人造怪異ってこと」

「人造……怪異」


 双頭も、三つ首も、人型も、すべて人為的に造られた偽の怪異。

 ゆえに本物の怪異より多様性を有し、自由性を失っている。

 どんな命令にも従い、自殺すらいとわない。

 造られし彼らは、創造主に抗えないのだ。

 隷属魔術という楔によって。


「ちょっと待って」


 二つの構築式を見てから、ずっと黙っていた百合が言葉を発した。

 とてもとても重苦しい声音で。


「それがもし本当のことだったとして。なら、人造怪異を造ったのは……」

「百合ちゃんはもう気がついたみたいだねー。そう、その通り。魔術組合に仇なす裏切り者は、かの四風院家だよ」

「……やっぱり」


 四風院家はこの地ではあまりにも有名だ。

 それ故に構築式の特徴が幅広く知られている。

 有名税、と言ったところだ。

 長きに渡り積み上げてきた構築式を変更することなど出来はしない。

 かと言って、新しく別の構築式を描くには時間が掛かりすぎる。

 一代では到底、叶わない。

 結局のところ四風院家は、リスクを承知でこの構築式を怪異の製造に使うしかなかった。

 そうまでして怪異を造りたかった理由など、知るよしもないけれど。


「先に言った人型怪異は、四風院の名前を口にした。理緒の解析結果と、怪異の証言。この二つが合致した以上、罠である可能性は限りなく低いと俺は考えている」

「……罠にしても四風院の名を出すリスクを考えれば、割に合わないのはたしかよね。私たちなんて高々、一介の学生に過ぎないんだし。そうまでして罠にはめる必要すらない」

「あぁ。でも、だからこそ、付け入る隙はあるはずだ」


 俺たちの一番の武器は、学生であることだ。


「四風院は俺たちのことを甘く見ている。高々、学生だと高を括っている。それは二度、リズを捕らえることに失敗し、刺客も返り討ちになった今でもだ。四風院にして見れば、煩わしいくらいにしか思っていない」


 足下のアリを踏み潰そうとしたが、予想外に避けられてしまった。

 四風院としては、それくらいの認識だろう。

 だから奴らはまた足を上げ、それを振り下ろしにくる。


「四風院が証拠隠滅に成功しているって思っていることも、一因だよねー。自分の正体がまだバレてない、バレるはずがない。そう考えているからこそ、人造怪異なんて回りくどい手段を取ってる。こっちが反撃するなら、なめられてる今しかない」


 四風院が本気を出してきたら、流石にリズを守り切れない。

 だから、そうなる前に反撃を四風院の急所に当てなければならない。


「……でも、実際のところどうするの? この怪異の構築式を魔術組合に提出する? たぶん、またもみ消されるし。下手をすれば……」

「自身の存在が気取られたと知って、四風院家は本気になるだろうな。だからこそ、こいつは切り札だ。切りどころには慎重にならないとな」


 安易に切ってしまえば、逆に自身を窮地に追い込むことに成りかねない。

 切り方も重要だ。

 ただ闇雲に提出しても学生の悪戯として相手にされない可能性だってある。

 その場合も、四風院家は本気になるだろう。


「敵は天下の四風院。こちらは学生がたったの四人。戦力差も、社会的信頼も、桁違いな名家が……私たちの敵」

「策はある」


 未知数なことが山ほどあるが、勝算はある。

 今なら俺たちが持てる武器は、四風院の喉元にまで届きうる。


「策って、どんな?」

「そうだな。題して――」

「敵の敵は味方さくせーん!」


 理緒に良いところを取られてしまった。

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