今夜
共有スペースの一角にある喫茶店。
その一番目立たない角の席にて。
すべてが仮定と推測でできた話を、俺は百合とリズの二人にした。
「ちょっと待って、頭の中を整理させて」
二人の反応は、それぞれ違っていた。
百合は頭を抱えて話の妥当性について考える。
一方で、リズは瞼を閉じて静かに思いを巡らせていた。
「……今回のこの件、魔術組合が敵って訳じゃあないのよね?」
「その線は薄いだろうと考えている」
怪異を使ってリズを攫うような回りくどい真似はしない。
その気ならもっと直接的で、確実な手を打つはず。
魔術組合はそれが叶う権力と力を持っているのだから。
「目星はついてるの? その裏切り者に」
「まだ見当も付いてない。でも、誰かがリズを狙っているのはたしかだ」
「なら、確実に今夜の仕事にも……」
「出てくるだろうな。得体の知れない未知の怪異が」
一度、失敗したからと言って諦めるとは思えない。
次ぎはあの双頭の怪異と同等か、あるいはそれ以上の怪異が出てくる。
リズを狙って。
「そして、タイミングの悪いことに俺のほうにも、このあと仕事が入ってる。依頼されたのは二日前だ。時期的にみて――」
「双也をリズちゃんから引き離すため」
「たぶんな」
一度、引き受けた仕事は、魔術師として完遂しなければならない。
たとえ、それが罠だったとしてもだ。
依頼主がこの件に無関係な人だったらと考えると、そちらへと向かわざるを得ない。
「裏切り者も俺の存在に気がついている。口封じに俺のところにも刺客が送られる可能性が高い。そいつからなにか新しい情報が得られるかもだ。俺はそれを狙ってみる」
「わかった。じゃあ、こっちは私たち二人で何とかする。どうせ仕事に穴は開けられないし、リズちゃんと正面から迎え撃ってやるんだから」
「任せたぞ」
百合ならリズを安心して任せられる。
実力は折り紙付き。かならずリズを守ってくれる。
なんの憂いもなく、こちらは刺客に集中できそうだ。
「――双也さん、百合さん」
不意に、今まで沈黙していたリズが俺たちの名前を呼んだ。
花のように可憐で、凜とした声音で。
「お話があります」
それには決意の念が秘めれていた。
「私は、本来ならこの世界にいないはずの人間でした」
リズは紡ぐ。
「双也さんと出会い。百合さんと出会い。こちらの世界の住人になることが出来ました」
思いの丈を、言葉として。
「けれど、私がこの世界にいることで、お二人に迷惑を掛けてしまいました。本来ならしなくていいことを、させてしまっています。私は、すぐにでもこの世界からいなくなるべきなのでしょう」
でも、とリズは続ける。
「私は、この世界にいたい。双也さんと、百合さんと、いつまでも共にいたいのです」
震える声で、自らの意思を、願いを言葉にする。
「恐らくこれからも、私はお二人に迷惑を掛けると思います。そんな傲慢な私を……」
一度、声を詰まらせた。
言葉は途切れ、あとに続かない。
けれど、それでもリズは最後まで、自身の思いを口にした。
「――受け入れてくれますか?」
その答えは、考えるまでもなく。
「なーに言ってるの、リズちゃん」
隣に座る百合が、リズの震える手を握る。
「そんなの当たり前でしょ。迷惑なんて、お互いに掛け合うのが友達なんだから。ね?」
「あぁ、百合の言う通りだ。この程度、なんてことない。リズは俺たちの仲間で、友達だ」
たとえ、どんなことが起ころうと、それは変わらない。
リズとはすでに、それだけの繋がりを結んでいる。
嫌だと言っても切れないほど、固く強く。
「双也さん、百合さん……ありがとう御座います――私! 私は、今は迷惑を掛けてばかりですけど、いつかお二人に迷惑を掛けてもらえるくらい強くなりますからっ」
「じゃあ、私たちはその時を楽しみにしてるね」
「それまでは、遠慮なく俺たちを頼ってくれ」
「はいっ!」
リズは、目を見張るはやさで成長し、この世界に適応し始めている。
まだまだ俺たちが手助けしなければならないことは沢山あるだろう。
しかし、それもあと僅かな期間でしかないのかも知れない。
それが過ぎれば俺たちは頼り頼られる、そんな関係になることができる。
そのためにも、今回の一件は乗り越えなければならない障害だ。
より一層、気を引き締めてことに当たるとしよう。
そう決意を固め、来たるべき夜がくる。
「――じゃあ、行ってくるね」
「行ってきます。双也さん」
「あぁ、二人とも無事でな」
学生寮のまえで二人と別れ、それぞれの仕事現場へと向かう。
二人は霜田区へと。
俺は、二日前に依頼された、恐らくは罠であろう仕事現場へと。
内容は、住宅街に毎夜のごとく現れる正体不明の怪異を滅すること。
怪異の詳細ははっきりとしておらず、見つけ次第、特定と対処にあたることになっている。
仕事内容が曖昧なところが、いかにも怪しい。
まぁ、これくらいの情報量で仕事を回されることなんて、ざらにあるけれど。
こういう状況だ。些細でありがちなことも穿った目で見てしまいがちだ。
疑心暗鬼。
それでも無策で呆けているよりは、ずっといい。
「さて、ついた」
一戸建ての民家が建ちならぶ閑静な住宅街。
それぞれの家庭に明かりが灯り、血の通った場所なのだと認識させられる。
もしここに怪異が現れ、人々の害となっているのなら、滅しなければならない。
なんとしてでも。
「っと、そうだ」
怪異とたたかう姿を、刀を振りまわす様を、一般人に見られる訳にはいかない。
なので、自身が身に纏う魔殻に、認識阻害の魔術を仕込む。
これで魔殻を維持している間は、一般人には認識されなくなった。
ちなみに、腰に差している刀の鞘にも同様の魔術が付与されている。
「これで、よし」
魔術を仕込み終え、見放しのいい場所へと移動するべく、跳躍する。
夜空へと舞い上がり、月に近づき、降り立つのは民家の屋根だ。
住民には悪いが、物見櫓として使わせてもらおう。
「……いないな」
高い位置から見下ろした住宅街に、怪異らしき姿はない。
屋根から屋根へと飛び移り、住宅街を巡回してみるも、やはり見当たらない。
いくら探しても、影も形もない。
「いよいよ……きな臭くなってきたな」
怪異の姿どころか、発生する気配すらない。
たまたま、今日は姿を見せないだけだろうか。
それとも、そもそもこの住宅街に怪異なんていないのか。
思考は巡る。
ぐるぐる、ぐるぐる。
「――」
思考の渦中にあって、しかし、たしかに聞いた。
風を切る音を。得物が振るわれる音を。
瞬間、反射的に刀に手が伸びる。
右足を軸に身をひねり、鞘から刀身を抜き放った。
鞘の鯉口から射出された刀の鋒は、円の軌道を描いて飛ぶ。
その先――背後へと向かった刃は、そして甲高い音を鳴らして停止した。
「よう。誰だか知らないが、随分な自己紹介だな」
鍔迫り合いの最中にみた、敵の姿。
それは黒のフードを深く被った、顔の見えない誰か。
間違いなく、俺に差し向けられた刺客だった。
「俺を始末しに来たのか?」
「言葉は不要」
「あっそう。とりあえず、意思疎通はできる訳だ」
腕に力を込めて、得物ごと奴の身体を押し返す。
すると、無理に攻め込んでは来ないのか。
奴は素直に距離を取った。
「その骨のような剣に、まったく魔力を感じない性質」
骨の得物は、双頭の怪異も用いていたものだ。
魔術師であれば感じ取れるはずの魔力もない。
なのに、認識阻害の魔術を超えて、俺の存在に気がついている。
このことから導き出される答えは一つ。
「お前、怪異だな?」
人型の怪異。
意思疎通が叶い、何者かの命によって動く兵。
なかなかどうして、厄介なものに手を出しているな。
魔術組合のどこかにいる裏切り者は。




