裏切り者
もみ消されているかも知れない。
その言葉から予想する事柄は、どれもこれも今後に影を落とすものばかり。
「あくまでも推測の域を出ない話だけどねー」
「……でも、実際のところ、それしかないだろ?」
降りて来るはずの情報が降りて来ない。
仮に難航しているのだとしても、解析できたことはあるはず。
それが現場の人間に降りて来ないはずはないのだ。
未知の怪異。
それは従来の戦法がまったく通じないということ。
過去、未知の怪異によって大勢の魔術師が命を落としている。
ゆえに怪異の解析と対処法の確立は、まず何よりも最優先されるもの。
そして、魔術師のすべてに伝達されるものであるはずだ。
「どうだろうねー。本当にまるで何もわかっていないかも知れないよー。まぁ、その時はその時で、それなりの対応が取られるはずだけど。それもなさそうだよねー」
まったく解析が出来なかったとして、その場合は魔術師たちに警告がいく。
注意を呼びかけて、ルーキーや力の弱い者を下がらせる。
そして魔術組合から選りすぐりの精鋭部隊が、未知の怪異の情報をより多く集めようと行動を開始することだろう。
しかし、三日もの時間が経った今でも、それらしい連絡は来ていない。
「仮に、だ。魔術組合がもみ消しているとして、その理由はなんだと思う」
「色々と考えられるねー。たとえばの話、解析の結果はすでに出ていて、それは公表するにはあまりにも衝撃的な事実だった、とか」
「公表を伏せた方がいい衝撃的な事実か」
たとえば、件という怪異がいる。
牛の身体に人の顔を持つその怪異は、生まれ落ちてわずか数日で死亡する。
だが、それゆえに件が死ぬまでに紡いだ言葉は予言となり、現実と化す。
もし仮に、そのような回避の難しい凶兆が、解析結果として出ていたなら。
混乱を押さえるために、魔術組合がもみ消しに動くかも知れない。
あるいは、期を見て公表するために今は黙っているだけか。
「……いや」
だが、これらも限りなく薄い線だろう。
凶兆に屈して隠蔽に走るなど、魔術師としてはあり得ない選択だ。
人の平穏を守ること、それが魔術師の存在意義だ。
たとえ、それが魔術師の全滅を示唆するものだったとしても、魔術組合は公表するに違いない。
魔術師たちが一丸となって、凶兆に抗おうとするはずだ。
その一点だけは、俺も嫌いな魔術組合を認めている。
そして、期を見て公表する気なら、その意図を報告者である俺とリズに伝え、箝口令を敷くはずだ。
だが、現状それもない。
「その二。解析した結果をどうしても知られたくない誰かが魔術組合にいた、とか」
「知られたくない誰か、か」
知られたくない、後ろめたいことがあった。
だから、解析結果を――あるいは解析そのものを消した?
未知の怪異を調べられて、困る人間などいるだろうか?
「……その誰かは、なんらかの形で怪異と繋がっていた?」
解析されたら、その繋がりが露見する。
だから、握りつぶした?
「わお。それが事実なら魔術組合の内部に裏切り者がいるってことだ。よかったねー、敵は魔術組合そのものじゃなくて、その一部に属する権力者かもよー」
「……こいつは魔術組合の全体が敵じゃないと仮定した希望的な推測だ。最悪でも、そうであって欲しいくらいの願望だよ」
魔術組合のすべてが敵だったなら。
そう考えるとぞっとする。
この世すべての魔術師が敵になってしまう。
魔術組合が一枚岩でないことを祈るばかりだ。
「じゃあ、仮に裏切り者がいるとしてー」
「仮に、な」
「その裏切り者は、どうしてその怪異を放ったんだろうね? 私ならバレて困るものを外には出さないけどなー」
「たしかに……」
解析結果をもみ消すような真似をするくらいなら、初めから怪異を放たなければいい。
宝箱や宝石箱に、仕舞っておけば誰にもバレなかったはず。
あの時、あの場に、あの怪異が現れた理由はなんだ?
「……そうか、リズ」
思い返して見れば、不自然だった。
目の前で相対した俺を完全に無視し、あの怪異はリズを狙った。
あれの目的がリズを仕留めることではなく、連れ去ることだったなら?
復元能力を持ち、液状化能力まで有する怪異なら、確実に連れ去れると踏んで放ったのだとしたら?
リズはこの世界に来たばかりだ。
有力な同伴者も用意できていないと予想し、行動に踏み切った可能性がある。
だが、想定外にそれは失敗に終わり、怪異の一部まで魔術組合に提出された。
だから、焦ってもみ消しに走った。
すべてが仮定の話で、推測でしかないけれど。
一応の筋は通る。
「リズって?」
「――あぁ、えーっと。ほら、このまえ俺と一緒にこの学園の生徒になった有名人だよ」
「有名人……リズ……あぁ! エリザベス! エリザベス・フリーデ・ベクトファルケだ! 異世界人の!」
「いまは、もうこの世界の一員だ」
三日ほど前に、正式に認められたばかりだが。
「話を戻すぞ。つまり、この件にもし黒幕がいるとするなら、リズを狙っていると見るのが妥当な線だ」
「異世界の知識はみんな欲しいよねー。もちろん、学校側から色々と聞かれて、その情報は魔術組合に行っているんだろうけど。彼女だけが持ってる秘密みたいなものは、それじゃあ聞き出せないだろうし」
「……そう、だな」
秘密。
そう。リズは、秘密を持っている。
俺に割譲した古龍の遺伝子。
そのことはまだ、俺と百合しか知らないことだ。
だが、人は想像する生き物である。
異世界からやってきた、特別な人間。
彼女が有する知識に、もっと特別な何かがあると想像し、期待することは自然なことだ。
そして、実際にあるかないかも漠然とした、根拠のないそれに突き動かされて、行動を起こすのが魔術師という生き物である。
リズを狙うには、十分すぎる動機が揃っていた。
「異世界の知識を目当てに、怪異をけしかける裏切り者……ふふんっ、なかなか面白いことになってきたねー」
「笑い事じゃあない。こいつは正真正銘、危険な――」
危険。
その言葉を自分で発して、ふと気がついた。
「……理緒」
「なにー?」
「そいつを、返してくれないか?」
「そいつって、この残骸のこと?」
「あぁ」
軽率だった。
この件を、無関係の人間に話すべきではなかった。
このままでは理緒までこの件に巻き込んでしまう。
下手をすれば、俺の不用意で理緒にまで危険が及ぶかも知れない。
それは、避けなければならない。
「ふっふっふっ。やーだよ」
握りしめた残骸を後ろ手に回し、理緒は身体で隠すようにする。
「こんなに面白そうなことを知っちゃったんだもん。今更、取り上げないでー。そう言うのが一番、ダメなんだよー。期待させといて取り上げちゃう、なんて」
「だが、そいつは本当に危険なんだぞ」
「百も承知。私の身を案じてくれるのは嬉しいけど、いらないお世話。私、これでも特待生だから、自分の身くらい自分で守れるよ。それに知りたいでしょ? 解析結果」
「それは……」
「だから、ね?」
「……わかった」
理緒がそこまで言うなら、頼りにさせて貰おう。
今のところ、その残骸が唯一の手がかりだ。
その解析結果は、是非とも欲しい。
「理緒。こいつを持っていてくれ」
「なに? これ。折り紙……あぁ、式神ね」
手渡したのは、俺の魔力を通した数枚の折り紙だ。
これに理緒の魔力を反応されれば、自動的に式神へと折り畳まれる。
「そいつを飛ばせば俺のところまですぐに飛んでくる。何かあったら――」
「これを飛ばしてキミを呼ぶ。でしょ?」
「必ず駆けつける」
「ふっふっふっ。ちょーっと、久々に本気出しちゃおっかなー」
そう言って、理緒は丸イスに腰掛ける。
机上には、端からみて難解な器具が散らばっていた。
あれらを使って、怪異の解析を行うのだろう。
その様は、すこし想像が付きづらいけれど。
「じゃあ、今から解析を始めるから、終わるまで一人にしてね。隣に誰かがいると捗らないから」
「あぁ、わかった。解析、頼んだぞ」
「頼まれた。きっちりと期限を守って解析してあげよう。大船に乗ったつもりで、明日に備えたまえー」
理緒に怪異の解析を頼み、理科室をあとにする。
「あとは……」
足は再び、校舎玄関へと向かう。
廊下を渡って外へと出ると、すぐにあまった折り紙に魔力を流して放つ。
空中で折り鶴となった式神は、その薄い羽根で宙を舞う。
行き先は、女子寮にあるリズの部屋だ。
この時間帯なら、百合もリズの所にいるだろう。
まだ門限前、式神を使っての連絡で迷惑は掛けないはず。
「さて、作戦会議といくか」
飛ばした式神は、二人を呼び出すためのもの。
以前の教訓を生かして、待ち合わせ場所も指定してある。
今日の夜には霜田区で怪異の掃討だ。予定は空いているはず。
俺もはやいところ、学生寮の地下にある共有スペースに向かうとしよう。




