とある高校生の恋愛事情5
放課後、教室。
さっさと部活へ行こうとする華浦ちゃんと、ちゃっちゃと帰り支度を整える冶田くんをとっ捕まえた私は、無理やり適当な席に座らせた幼馴染組の前を塞ぐようにして立ったまま、口元に笑みを貼り付けた。
「まさかこれ以上、問題を先延ばしにしたりしないよね?」
問題を先送りにしたって、碌なことが無いんだって。宿題然り、テスト勉強然り、犬も喰わない痴話げんか然り、だ。こわばった表情のまま見上げてくる2人はまるっとスルーさせていただく。冶田くんの表情の薄い顔の中で、瞳だけが責めるようにじとりとこちらに向けられた。
「僕は、勘違いしていました。柳瀬さんはもっと温厚な人かと」
「え、温厚なつもりだけど」
とぼけた風に眉を軽くあげて見せれば、複雑そうな表情で治田君は小さく呟いた。
「……僕は、動物園のパンダの気持ちが今日始めてわかった気がします」
あっそう。そんな感じ悪い返事が喉元まで登ってきたけれど、何とか飲み下して口をつぐんだ。
私はそんなのとっくの前から知ってるよ。箱のなかで鑑賞物扱いされる窮屈さも不快感も不自由さも。だからこそ、嫌なんだ。遊びみたいな気軽さで、訳の分からない理不尽さで、身近な人が傷つけられるのを見ているだけなんて。
ぐでりと椅子にもたれかかって息をつく冶田くんはとりあえず置いておいて、小さく縮こまっている華浦ちゃんになるべく柔らかく聞こえるようにと声をかけた。
「華浦ちゃん、いいの?喧嘩して、ごめんなさいって言って仲直りできるなんて、すごい幸せなことなんだよ。その機会を捨てて、もう仲直りできなくなっても」
「……ふっ、うううー!……よく、ないっ!」
途端に涙を溢れさせた彼女にほっと一息つく。私だって、好き好んで説教じみたことなんかしたくない。でも、きっかけになれるのなら多少の息苦しさも窮屈さも目を瞑ってもいいかなって思うから。
そんなことを考えつつ、もやもやする胸中と何とか折り合いをつけていると、突然叫声が空気を切り裂いた。
「ごべんなざいいいいいいいい!!!わたすっ、わたずがっぼけいなごとばっがりいったがらああああ!!!」
がたん!!と机に両手をついて、天井を仰ぐように発狂しだした華浦ちゃんに思い切りビクついた。な、なに?発作か、発作なのか?ていうか、全然何言ってるか分かんないし。何語?いや、訛りなの?
慄く私を尻目に、おっくうそうに椅子に持たれたまま、冶田くんがゆるゆると左右に首を振った。
「……いいよ、華浦が馬鹿なのはもう今に始まったことじゃないし」
「でぼぉ、でぼぉ……どもぐんおごらせちゃっでえええええ……!!」
「お前と居るようになってから、怒らなかった日も呆れなかった日もないからそれこそ今更」
「うぶぶぶっふぅ……!ごびゃんなしゃああああいいいいい!!!」
「うん。俺の方こそ、なんであの程度で苛立ったのか今じゃ阿呆らしい。ごめん」
……う、うん。えーっと、なんか、よくわからないけれど仲直り出来たならいいのかな。ぴゃーって泣く華浦ちゃんと、それを見て微笑を浮かべる冶田くん。ばくばくと鳴る胸の上に手を置いて、私はその和やかで不可思議な光景を少しだけ離れた位置から眺めていた。
「結局、あの先輩?は誰だったの?」
あの後、部活遅れるぅぅぅ!!と言って慌てだした華浦ちゃんを送り出してから、冶田くんと何気なく雑談中。彼は困ったように小首を傾げながら「委員会の先輩です。何かと面倒見の良い方なんですが……」と言った。
面倒見が、いいねぇ。それって特定個人に対してだけだったりしない?なんて聞いた所でニブモテ系男子には何のことか伝わらないだろう。
なんだろうなぁ、これって。
茜色に染まる窓の外に目を向けて、ゆっくりと細く息をつく。すっごく、『ありがち』な気がするんだけれど、それって穿った見方なんだろうか。私にだけ、不自然な色が見えるから。妙なアプリまでパソコンに組み込まれちゃって、まるで何かに巻き込まれてるって示唆されているみたいで。
それは、「私だけ」なんだって思ってた。私だけが、この異常な現実に気がつけているんだから、もちろん主人公は____
「逆なのかも、しれないなぁ」
「……なにがですか?」
訝しげな問いかけを向けられて、私は外に向けていた目を彼の方へ移した。
「冶田くんはさ、主人公になりたいと思う?」
「……は?」
虚を突かれたといった感じで、目を丸くする白い少年が目の前に居る。彼は私のクラスメイトで、友達の幼なじみで。決して親しいといえるほどの仲ではないけれど、すれ違えば目を留める程度には、他人でもない。
迷った。不確かな、それでいて端からすれば意味不明な問いかけの先を口先から出してしまっていいのか、って。
迷って、戸惑って、考えこんで……やめた。
「なかなか少女漫画的な展開だと思うんだけど、どう?ヒーロー役は」
半身引いて、含み笑いと共に向けた言葉をどうとらえたのか。いつもの仏頂面に戻った彼は、からかわないで下さい。と不満気に漏らして、外の落ちていく夕陽を眩しそうに見つめた。




