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別々の道


 近衛隊長の執務室に通されたリアナの前に、淡い橙色の髪を結い上げて深い紺色の瞳で優しく見つめる王妃の姿があった。

 リアナは片足を後ろに引いて、引いた足のつま先で床ををコンっとたたいて貴族の挨拶をした。

 王妃は小さくうなずいた。

「あなたは伯爵令嬢だったのね。その姿をみると、とてもお気の毒に思えるわ」

「私などには、もったいないお言葉です」

「何があったのか、私には話せるかしら?」


 リアナが望む質問を王妃がしてくれた。

 他の者ではなく『私には話してくれた』という好意的な印象を与えられる。

 ためらうようなそぶりを見せながら、リアナは話し始めた。

「私は諜報の仕事に疲れてガタルンドを逃げ出しました。

 スパルクス国に入ったのですが、そこでスパイの容疑をかけられ拘束されてしまい、なんとか逃げることはできたのですが、そのとき負傷しました。

 クッカラド国行きの船へ密航して、寄港直前にその船から飛んで逃げたのですが。

 知らない土地をさまよっているうちに気が付いたら湖に落ちてしまったようで……」

(任務のためとはいえ、嘘が上手になった……)

 エンリッツの話はしたくなかった。

 父と母の不幸をどんな事情があっても話したくなかった。

 話さなければ、きっと落ちぶれてしまった貴族なのだろうと相手が解釈してくれる。


「そう……。では行く当てがないのね?」

「はい」

「近衛隊長、まだ解放はできないでしょうが、この者の面倒を見ていただけるかしら?

 私からのお願いよ」

「はっ、投獄しないだけで普通の容疑者と同じような扱いにはなりますが、お任せください」

「ありがとう」


 話を聞いていた近衛隊長は裏付けを取るため、スパルクス国から追われているかをすぐに調べさせた。

 指名手配されていることがわかり、リアナの話の信ぴょう性が一気に増した。

 その後は、魔力を封じる輪をつけたまま王妃の世話係の1人に任命された。


 世話係と言っても雑用をさせられるわけでもなく、ただ側にいて幼い王子や王女の相手をしたり、王妃の話を聞くくらいだった。

 資料では一番上にもう1人メリッサ王女がいたはずなのだがその姿を見たことはなかった。

 体を壊し長らく床に伏せっているということではあったが、王妃がその部屋に通う様子もなく不自然に思えて、調べる必要があると思った。


 王妃は優しく穏やかで下々への心配りもすばらい人だった。

 リアナはそんな王妃を見ると、自分がとても汚れた人間に思えた。


 ある朝、王妃の言いつけでリアナの魔力封じの輪が外された。

 その日は王妃について王宮の庭園に来ていた。

「ヘレン王妃様、魔力封じの輪を外していただきありがとうございます。

 何もお礼をすることができませんが、お見せしたものがあります」

 リアナは頭を下げてそう言った。

「なにかしら?」

 リアナは少し王妃から離れた。

 リアナの監視をしている兵がすぐに近づこうとしたが王妃がそれを止めた。

 両手を広げて踊るように回りながら魔法で辺りの花びらを天に舞い上げそれで大きな玉を作り、その玉を一気に破裂させ辺り一面に花吹雪を降らせた。

「わあぁーキレイ!」

 メイドたちが声をあげている。


 そしてアエロに乗り、花びらが連なった細い紐をいくつも作り、それを次々に回転させて幻想的な風景を創り上げた。

 王妃はもちろん、そば仕えのメイドたちは飛び跳ねながら喜んでいる。

 監視の兵たちはあっけにとられながらパチパチと拍手をした。

 リアナはアエロから飛び降りると王妃の前に下肢づいた。

 王妃がリアナの手をとった。

「あなた、とってもステキよ! 感動したわ、ありがとう」

「こんなことでしか感謝の気持ちをお伝えすることが出来ませんが、喜んでいただけて何よりです」

 王妃はにこやかに大きくうなずいた。

「ところで……。その鳥は、なんて言う鳥かしら?」

「アエロです。 なぜ私がこの子を扱えるのかわかりませんが、いつもそばにいるんです」

「そう……アエロ」

 そう答える王妃の表情は少し暗く、何かを考えているようだった。


 ◇――エンリッツ国で。

 リアナたちの家の敷地に1年ほどまえから新しい邸宅の建設が始まっていた。

 その工事が終わって、前の家ほど大きくはないがやっと家族の家が出来上がった。

 両親の墓もその敷地に移され、調度品がそろえばすぐに生活が始められる。

 デイビッドはクーバスに、別荘ではなく今度はここで一緒に暮らしたいと申し出た。

 クーバスはとても喜んで、新しい家で今まで通り2人で暮らすことになった。

 もうじきデイビッドは14歳になる。

 この家を見せたときの姉たちの喜ぶ顔を想像しながら、早く来てくれないかとそればかりを願った。


 一方22歳になるユベールは、王妃にせかされ伴侶を決めなければならない立場にあった。

 昔、助けてもらったときに引きちぎってリアナに渡した勲章を見つめていた。

 リアナはその勲章を失くしてしまったと今も思っている。

 その勲章をユベールは握りしめた。

(リアナ、君と一緒に同じ道を歩いて行きたかったが、それはかなわないようだ……)

 ユベールはリアナのことを忘れる決心をした。


 ある日デイビッドのもとにユベールが従者を1人連れて尋ねて来た。

 クーバスはすぐに王子と気づき、下肢づこうとしたがユベールから制された。

「こんにちは、デイビッドだね。私の名はユベールだ。

 リアナの古くからの友人でね。

 ずっと借りていたものがあって、それを返しに来たんだよ」

「初めまして。あいにく姉はおりませんが、わたくしがお預かりいたします」

「うん、そうしてもらえると助かるよ」

 ユベールは後ろの従者が持っていた白い馬の綱を引いてデイビッドに渡した。

「伝言を頼みたい。

 長い間かりていてすまなかった。

 それと。

 君に会えて良かった……そう伝えてほしい」


 ◇


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