作戦名『青い鐘を鳴らせ』(2)姉のうらぎり
マーシャルにとってバンデルクは第2の故郷だ。
住んでいた年数は、生まれ故郷のマルテ国よりも長い。
海賊の島に続き、ここでもマーシャルおすすめの店に行くことになった。
初顔合わせのルーシャとの懇親と、計画についての打ち合わせが目的だった。
マーシャルに案内されたのは路地裏にある地下の魔法装備店。
(話をするのに、どうして魔法装備店?)
しかもその店はすでに営業終了の看板がでている。
いぶかしく思う2人をよそに、マーシャルは慣れた様子で店の扉を開く。
営業を終えているにもかかわらず無施錠だ。
店にはいると誰もいない店内を素通りして、奥にある扉を開く。
なんとそこは飲食店になっていた。
薄暗い店内を見渡しマーシャルは隅にあるテーブルに向かった。
人も少ないが各テーブルが離れて置かれているため、ほとんど人の声が聞こえない。
3人が座ったのを見計らって女性が声をかけてきた。
「お久しぶりね、マーシャル。 お母様はお元気かしら?」
「ハハ、元気でやってますよ!」
ここの店主は裁縫師のマーシャルの母親の知人で、息子はマーシャルと同じ第1王子直属の部隊にいた。
その息子もマーシャルたちと投獄を逃れ、今はマルテ国で暮らしている。
注文を入れ、周りを見渡し安全を確認したあとに、ルーシャが話し始めた。
「この班の班長を任されました。2人ともよろしくね」
ルーシャはそう言うと拳を机の上に出した。
マーシャルとリアナはその拳に自分の拳をぶつけた。
「よろしくキーシャの姉ちゃん」
「え? ええええ!」
「フフ、驚くわよね。 そうなの、キーシャの姉よ」
「ああ……よろしくおねがいします!
そういわれてみれば、目元がよく似ているような」
「でしょう? 父親の影響で2人とも諜報員になっちゃったのよね。
あ、もちろん父も諜報員」
「なるほど……」
そこにお酒と果物のジュースが運ばれて来た。
「おおー来た来た」
「待ちなさい、話が終わってから」
「へい……」
「さてと、じゃあちょっと説明するね。
班は2組にわかれていて第1組はクラウス王子の救出で第2組がオルハン王の救出。
私は班長であり1組の組長も兼ねてます。
救出要員でもあるからあなたたち2人とは常に一緒。
明日の朝、宿の2階で攻城部隊のメンバーと顔合わせをします。
目的はライリの送り先になる相手を覚えるため。
だから全員くるわけじゃないけど、多少打ち合わせも出来ると思う。
当日、ライリの使用先は攻城部隊と本部宛てのみ。
城内に侵入した後の案内はマーシャル。
第1王子の部屋までまっしぐらでお願い」
「あいさー!」
「で、リアナは鳥を使うんでしょ? 王子は乗せられるの?」
「あ……、乗せることはできるんですが不安定なので、縛ってアエロでつかんで逃げるつもりです。
あ、アエロっていうのは鳥のことです。
魔法で縛って……少し乱暴な扱いになってしまうので、王子には申し訳ないですが、そうしようかと」
「うん、それでいいと思う。
救出後は伯爵の家に連れていくことになっているけど、王子の姿を見て兵士がおとなしく言うことを聞くようなら、私たちが護衛をしながら城に残す。
それと作戦決行は2日後の夕刻。
海賊団とうちらのかく乱作戦は同時進行で。
ということで、飲んで良し!」
「うっほーい」
そう言ってマーシャルは一気に飲みほして叫んだ。
「酒おかわり!」
「あの……ルーシャさんは、バンデルクで諜報活動をしてるとき、爵位をもった人たちも調べましたか?」
「んー、調べる必要がある家だけかな。どうして?」
「スノーラン伯爵をご存じでしょうか?」
「うん、知ってる。あそこはちょっと問題があるからね。
今も誰かが張り付いているんじゃないかな」
「問題って、なんですか?」
「話してもいいけど……。その伯爵のことを知りたい訳を聞かせてよ」
ルーシャは少し下を向いたリアナの顔をのぞき込むように言った。
「スノーラン伯爵家に、姉がお世話になっています」
「なっ! 伯爵家に姉って……リアナお嬢様だったのか?!」
「うるさいマーシャル、石になってなさい」
「また石って……」
マーシャルが口をパクパクさせている。
ルーシャは一呼吸おくとリアナを見た。
「姉っていうのはシンシア嬢のこと?」
「あ、姉をご存じなんですか?」
「いいえ、シンシアは調査対象よ」
「え……」
第2王子には隠れた側近がいるとガタルンドの諜報部に情報が入っていた。
その側近は双子の魔法士のミングとラング、そしておそらくシンシアもそうだという見解だった。
シンシアは表向きは魔法研究所の上級研究員ということになっているが、研究所にいたことはほとんどなく、いつもルルクスと行動をともにしている。
ミングとラングは姿をほとんど見せないが常にルルクスの近くにいるという話だった。
リアナは震える手を押さえようと自身の体を抱きしめるようにして力を入れた。
「大丈夫?」
ルーシャが心配そうに言った。
リアナはマーシャルの飲みかけの酒を勢いよく飲みだした。
「お、おい!リアナおまえ……酒」
マーシャルはリアナのコップを取り上げた。
「俺のもん飲むんじゃねぇよ」
そう言って残った酒を飲みほした。
「姉に……会ってきます」
「会ってどうするの。私はスパイでクラウス王子を助けに来ました。
あなたはルルクス王子とどういう関係ですか?って聞くの?
やめておきなさい」
「ちゃかさないで……ください。
ご迷惑はおかけしません。
姉がルルクス王子と一緒にいて命を落としたとしても、私は誰も責めません。
ただ……ただ今は、会いに行きたいんです!」
そう言ってリアナは声を殺して泣き出した。
自分の体を強く抱きしめたまま、苦しそうに時々嗚咽しながら泣き続けた。
「伯爵の家に行くなら……その衣装じゃ怪しすぎるな。着替えないと」
そうマーシャルが言った。
「仕方ない……私のクラシックウィッチローブ一式を貸してあげる」
2人のやさしさに涙は更に止まらなくなった。
ルーシャの衣装を借りたリアナはすぐに伯爵家へ飛んだ。
立派な邸宅だが明かりがついている部屋は少なかった。
「おお、君が妹の……えと」
「リアナです」
「おお、そう、リアナ、リアナだったね。
遠かっただろう、さあ中へ入って」
初老の伯爵はそれなりに愛想良く応対してくれたが、通された大きな居間には座ったままの夫人と娘がいた。
夫人はリアナを一瞥して席を立つとどこかへ行ってしまい、娘もその後を追うように走っていった。
「あ……いやあ、申し訳ないね。
ちょっと虫の居所がわるかったかな……。
シンシアはもうじき帰ると思うから部屋で待つといい」
そう言いながら伯爵はバツが悪そうにリアナに謝った。
(姉さまも……こんな態度をとられていたのだろうか)
通された部屋はとても粗末で、こんなところにあの姉がいたのかと思うと涙がこみ上げ、歯を食いしばってそれを止めた。
「実はね、シンシアは明日この家を出るんだよ」
「え……? どういう……ことですか?」
伯爵はとても困ったようすで話すことをためらっていたが、リアナの顔を見ると少しため息をついて話始めた。
シンシアは数日前に突然家を出ると言いだした。
訳を聞くとルルクス王子から城の中に部屋をもらうことになったからだと。
お妃でもないのになぜかと伯爵が聞くと、自分の働きに対する褒美だと答えた。
荷物はカバン1つだけで、明日それを持ってここを出て行くとのことだった。
伯爵が部屋から出て行ったあと姉の部屋を見回したリアナは、口を押えて声が漏れないように泣いた。
優雅で美しく気高かった姉が、こんな部屋で1人ぼっちで生きてきたのかと思うと、悲しくて胸が張り裂けそうだった。
あまり大きくないカバンがベッドの上に置かれている。
涙で霞む目でそのカバンを開けた。
中には何冊かの本と、家を焼かれて逃げたときにはいていた靴、それと折りたたまれた紙が入っていた。
4つに折りたたまれた紙を広げると、それはシンシアが描いた家族の絵だった。
紙のなかの5人はみんな笑っていて、とても幸せそうに描かれている。
そして右下に『私の家族』と書かれていた。
リアナは床に膝をつき、その絵を胸に抱きしめて、声を上げて泣いてしまった。
そのとき、勢いよく扉が開いてシンシアが現れた。
「な……なにを……」
「姉さま!」
リアナはシンシアに思い切り抱きつき大声で泣いた。
姉に会えた喜びとその苦労を目の当たりにした悲しみが一度に心に流れ込み、整理できない気持ちを姉にしがみつくことで何とかしたかった。
しばらくかたまったように動かなかったシンシアは、はっと我に返りリアナをそっと離した。
「泣き止みなさい。 みっともない」
そういう姉の姿が昔と変わっていないことがおかしくなったリアナは泣きながら笑った。
「姉さま、ちっとも変わってないわ!」
リアナは一瞬で昔に戻れてしまった。
今までたくさんのことがあったはずなのに、昨日もその前もこうして姉と話をしていたかのようだ。
「何よ……。何しに来たの?」
そう言いながらリアナが持っている絵に気づいたシンシアは、乱暴にその絵を取り上げカバンに押し込めた。
そのときリアナの頭の中から、シンシアとルルクス王子のことなどどこかに行ってしまっていた。
「姉さま、爵位と領主の権利を取り戻すことができましたの!」
「え?」
「デイビッドは次期領主として国から認められましたのよ!
今お父様のお友達のクーバス子爵と一緒に暮らしています。
クーバス様のご厚意でデイビッドが大人になるまで領地の管理もしてもらえるの。
そしてその家には……クーバス様が建ててくれた父様と母様のお墓があります」
「クッ……」
シンシアは体に力を入れて涙をこらえているようだった。
人前で泣くことは恥ずかしいことだと常日頃言っていたシンシアらしいが、その姿が痛々しくてリアナの瞳からまた涙があふれ出した。
「そ、そう……。良かった。本当によかった……」
「どうか、姉さまもエンリッツへお帰りに……」
「わたしは!」
シンシアが急に大きな声を出した。
「わたしは、いいの」
そう言ってリアナを見るシンシアの顔は、何かを自慢するときの表情に変わった。
「私はルルクス様と一緒に城で生活をするから!」
「ルルクスって……第2王子の? 姉さま、結婚なさいますの?」
「そんなこと出来るものですか! 私は養女よ!」
自らを卑下するようなシンシアの物言いを聞いたのは初めてだった。
「姉さま、ルルクス様のことは忘れて、何も聞かず逃げてください。
このままじゃ……」
リアナはハッとして、感情に任せて間違った言い方をしてしまったことに気が付いた。
(こんなことを言ったら姉さまにあやしまれる……)
「あなた、ルルクス様のことを何か知っているの?
もう一度聞くわリアナ。あなたは何をしにここに来たの」
姉の表情が一変した。
「まさかあなた国の仕事でここに来たの? 私を探りにきたんじゃないでしょうね!」
「姉さま……私たちは家族じゃありませんか! 私は……危険を……危険をお知らせに」
しばらく沈黙が続き、シンシアが大きくため息をついた。
「あなたがどんな仕事をしていてもかまわないわ。
そうね、家族ですもの……。
ごめんなさい、あなたを疑ってしまって。
教えてちょうだい、その危険がなんなのか」
家族だと言った姉の言葉にリアナの気は緩んでしまった。
「それは……ルルクス様とお姉さまがいつも一緒にいると聞いて。
このままじゃまずい状況になるんじゃないかと……。
お姉さま、私を信じてエンリッツへ……10日ほどでいいので身を隠してください」
シンシアは腰に下げた袋から小さな小瓶を出すと、ローブの中からステッキを出した。
「そう……ルルクス様の身に危険が迫っているってことね」
そう言いながら花瓶の花を1輪取り、小瓶の液体を花にかけてリアナに向かって投げつけた。
「捕縛!」
シンシアがそう叫ぶと花はツルに変化し紫色の煙をあげて一瞬でリアナを縛り上げ、頭までも隠してしまった。
その場に倒れたリアナはまったく動かなかった。
ツルで巻かれたリアナの体はシンシアのステッキの動きに合わせて移動しベッドの上に置かれた。
シンシアがベッドに近づきステッキでそのツルをたたくとツルは崩れるように消えた。
意識のないリアナの皮膚は、ところどころ紫色に変色している。
「あなたはわかっていない……。
私がほしいのは、あなたやデイビッドじゃなくルルクス様なの。
それでも……あなたに会えて、本当にうれしかった」
シンシアはカバンに一度はおさめた家族の絵を取り出すとそこに何かを書いてリアナのポケットに忍ばせた。
「さようなら、リアナ……。死んだら許さないから」
そして窓を開けカバンを持つと夜空へ飛び出した。
伯爵の屋敷のそばにある大きな木の枝に腰かけて部屋の中の様子をうかがっていたルーシャとマーシャルが動き出した。
「出てきたわね。 部屋に入るわよ」
「おうさ!」
2人は窓から部屋に入り、横たわるリアナの皮膚の変色をみてすぐに毒だと気づいた。
マーシャルがリアナを背負いルーシャが自分の髪の毛を1本取って『捕縛』の呪文をかけて2人を固定した。
そしてすぐに部屋から飛び出し部隊本部のおかれた宿に向かった。
「早く解毒をしないとまずいわ」
「医療班は今夜くる予定だったな?」
「ええ、到着してるといいけど……」
息はしているが毒の種類がわからず、ルーシャは不安げにそうつぶやいた。




