20、異界の真実
畜生道の王、アスタロトは倒した。だが配下の4人、ヴィネ、グレモリー、オセ、ザガンの上位鬼がまだ残っている。閻魔たちと畜生道を繋ぐ霊脈を壊し、修羅界へ無事に戻れるのはいつになる事やら。
ダイキチの背から皆が降りると、槍を持った軍隊が、こちらに向かって来るのが見えた。アスタロトが引き連れていた、黒のっぽの軍勢だ。その数は約1万。
「ジン。話はあいつらを片付けてからだな」
勝利のご褒美に、天女達が代わる代わる俺を抱きしめてくれた。天国気分の俺は我に帰る。
「もういっちょ行きますか!」
俺の掛け声で、全員が身構える。中身は元人間の魂だが、戦闘用の人造人間達を哀れんでいる余裕はない。すると、黒い軍団を見ていたアーシャが、戦闘モードの男達を制止する。
「待ってジン。あの兵隊さん達からは敵意を感じない」
「そうよね。殺気や畜生特有のオーラがない。ジン、彼らは人間の心を取り戻したのよ」
ラングスまでそんな事を言い出した。敵に同情する気だろうか。俺は王クラスとの戦闘で、少々興奮気味だったので、思わず声を荒げてしまった。
「ラングスまでなんだ。敵に情けをかけてる場合じゃない!」
「落ち着けよジン、2人の言う通りだ。畜生道の王であるアスタロトを倒して、洗脳が解けたんじゃないか?」
ジェシカの言葉で、俺もそうかなと冷静さを取り戻す。暴走モードだった自分が恥ずかしい。その点、味方の上位鬼の判断は的確だった。
「念のため爺さん達は後方待機で、霊力を貯めてくれ。俺たちは軍勢の左右に散る」
バルバトス達上位鬼3人と銀狼マルコシアスが、耳栓をして配置へ散る。万が一戦闘になったら、左右前方から攻撃を仕掛けて時間を稼ぎ、地獄王の音響神具を発動させる。俺以外は、皆、冷静に対処している。流石に戦場なれしている戦士達だ。
「悪かったアーシャ、ラングス。俺は戦場で必要な冷静さに欠いていた。面目無い」
女性陣に詫びる。さっきの戦闘は、ラムーとバルカンのお陰で勝てたのだ。少々驕っていた自分に気づく。
「いいんだジン。素直なところがお前の良いところだからな」
ジェシカは俺の肩に手を置く。どんな場合でも、焦らず、腐らず、驕らずだな。
黒い軍団は進軍を止めると、武器の槍をその場に置いた。戦闘の意思がない事を示したいのだろう。先頭の1人がこちらに向かって来る。
俺は戦場では経験不足だが、ここは男の子の出番でしょ!
「こっちは俺とラングスで行こう。武器は置いて行く」
「ええ、罠なら手筈通りに総攻撃ね。お爺さん、私達を避けて神具を使って下さいね」
ラングスが、無理難題を変成王と初江王に言う。音響攻撃は、確かに方位性があるが、直接喰らえば畜生達と運命を共にする事になる。耳栓は、あくまで直撃を避けられた場合に有効なのだ。
俺と、札を隠し持った金髪女子が黒ノッポへ歩いて行くと、向こうは両手を挙げて近づいて来る。お互いが立ち止まると、どこが口なのかわからない黒ノッポが喋った。
「タスケテホシイ。ドウカ、タスケテホシイ」
「君らが、元々畜生の魂だったのは想像がつく。人造兵士に魂を移植されたんだな?」
「オワラセテホシイ。ナカマガ、ミンナ、ソウイッテル」
元は人間の魂を兵士として利用する地獄界の為政者にも腹が立ったが、俺が許せないのは、闘いが終わっても彼らは生き残る事が出来ないという事実だ。
「彼らは、もはや畜生の身体には戻れない。かと言って、一度、畜生道の王であるアスタロトの洗脳から抜けて、人間の記憶と心を取り戻したら、もう他の藩主の兵にはなれない」
ラングスが黒い兵士を哀れむ。彼らの進軍を止めてやれるのは、俺たちだけだ。
「君たちを輪廻から解脱させよう。もし、我々の戦争に参加してくれるなら、畜生道でしか生きれないが、戦士の身体を用意している。希望者がいないか聞いて見てくれないか?」
俺は、修羅界から持参してきた、ホムンクルスの身体の事を、黒ノッポに話した。
「ワカッタ。ミンナニツタエル」
黒ノッポの代表は、大軍団の方へ歩いて行き、俺とラングスはアーシャとエバ、ジェシカの待つ位置まで戻った。
「ジン、どうだった?」
クリスタルで、防壁を作り始めていたエバが聞いてきた。
「味方になりそうな感じではないな。あの軍勢は解脱を望んでいる」
「かわいそうな兵隊さん達」
アーシャも、黒ノッポ達を哀れんでいる。エバは感傷的になって言う。
「人間時代の記憶が戻るという事は、畜生道での、文字通り血肉を喰らっていた、自分の行為も自覚するという事なのだ。浅ましい自分の姿をね」
少し待っていると、黒ノッポ代表が、俺たちの方までやって来た。
「スマナイ、ミナ、ゲダツヲエランダ。テツダエナクテ、スマナイ」
「いいんだ。君達は人間界で充分生きた。俺たちは、君らを人間として、人間の魂を創造主にお返しするつもりだ」
「アリガトウ。サイゴニ、キミラニアエテ、ヨカッタ」
相手の戦意がない事を知って、上位鬼達と銀狼、後方からはダイキチ乗った老人達が戻って来た。エバはクリスタルで仲間達の周りを囲む。
「なんじゃ。わしらの神具は使わぬのか?」
地獄王達には悪いが、黒ノッポ達が、のたうち回りながら死んで行く姿を見たくはない。
「ジンの神具なら、魂も解脱出来るじゃろ。よかろう。これも壊せ」
畜生達の魂がパンパンに詰まった灯籠を俺に寄越した。バリカンの神具を使えば、ここにいる1万の戦士達と、灯籠の中に閉じ込められた畜生の魂を、解脱へ導く事が出来る筈だ。俺は、隊列へ戻って行く黒ノッポに灯籠を託す。
「いつか創造主の世界でまた会おうな!」
俺は、涙を流しながらラムーの神具を振る。すかさずエバの神具がクリスタルの防壁を展開させる。キラキラと輝くクリスタルの向こう側で、大地は大爆発を起こした。
こんな世界を作った古代人達を、絶対に許さない。輪廻がなんだ、神がなんだと言うのだ。
誰もが救いを求める。ただ肉体が求める救いではない。救われたいと望むのは、乾いた魂だ。
「覚悟はしていたけど、辛いものね。今までは、まったく感じなかった」
ヌエのダイキチの背に揺られながら、ラングスが言った。黒ノッポの1万の兵を解脱させ、その魂が渦を巻いて畜生道から消えていった。俺たちは残る藩主を探して、穴ぐらの世界を進んでいた。
「僕も地上での戦いでは天界の戦士だったけど、こんな哀しい闘いは初めてだ。そうだ、異界戦争には、古代の戦いもあったそうだ」
相変わらずラングスにべったりの、絶世美女エバが話題を作る。ジェシカは俺を慰めようと、ずっとそばで黙って肩を抱いていてくれる。少々、みんな神経が疲れているようだ。
「前の戦は、地獄界との代表戦だったからな。大王と大天使が地上を巻き込んでの争いだ。例えその時代に天界にいても、アタイら下級戦士の出る幕はなかったさ」
「前の大戦は、地獄界と天界での争いだったんだよな?ムー大陸が沈められて、アトランティスが滅ぼされて、結局引き分けに終わったのか?」
俺も異界の歴史に話題をふる。別の事に意識を向けないと、これからの戦闘前にめげそうな雰囲気だ。初江王と変成王は、第一次異界戦争の話題に、聞こえないふりをしている。たぶん、地獄界にとっては、あまりふられたくない過去なのだろう。
「爺さん達の前では言いづらいけんどな、あれも酷い戦争だったなぁ〜」
この中では、地獄の大王を除いて一番長く生きているマルコシアスが口を開いた。
「ずいぶんと昔の話。まだ阿修羅王や蓮華ハンも生まれる前の話や」
当時の世界は、今よりも人口が多かったそうだ。直近の統計によれば、約72億7550万人よりも、古代人の人間の数が多かったとは思えないのだが、当時はエデン、地上界、後の修羅界、後の地獄界が存在していたので、人がなんとか住める土地だけも人界の4倍あった。異界では時間の流れが止まる。マンナの供給が地上からもたらされるので、食糧難もない。人口が増え続けても不思議ではないわけだ。
「ほんでな。ほとんどの人間は、エデンと地上に別れて暮らしてたわけや。そりゃ最初の内はな、仲ようやってましたわ」
エデンの民は、昔から天使とか神と呼ばれ、地上人に崇められていた。強力な神具もあり、地上人が、天界人に逆らう事はなかった。
「けどなぁ。そこにおる大王さん達がな、ガブリエルさん達と争い出してなぁ〜」
天界の使いパシリにされて、一年の半分を人間界、半分をエデンで過ごしていた新参者達は、地上で過ごしている間に身体が老化して行く。当然不公平だと、不満を漏らすようになっていった。
「ほしたら閻魔さんがな、人間界でごっつい人造人間ぎょうさん作ってな。天界のマンナの元。人類皆殺しにしたる!っていうてな」
「そこは話が違うぞ、マルコシアス」
初江王が口を挟んで来る。昔の話は、戦争を起こした当事者に聞くのが一番だろう。
「オレらも好き好んで異界戦争を始めたわけじゃない。当時は、人界の国にそれぞれが肩入れしての小競り合いくらいのもんだった」
「左様。人間界を巻き込んだ点は、言い逃れ出来んがな」
つまり、天界の覇権争いを、地上の人間達を駒にして代理戦争をやらせたのだ。2人の大王は、話を続ける。
「ところがエデンは、人界から有能な戦士を自分たちの味方につけて、神具まで与えた。剣や弓の時代に、戦車や爆撃機を持ち込むようなもんだ」
「左様。わしらも対抗して神具を使い、人造人間に魂を吹き込み兵士として戦わせたのは事実じゃ。人間たちもエデン側とこちら側に別れて、それは地上の混乱ぶりは凄かったわ」
どっちもどっちの様な話だが、時代が違えば、ジェシカ達も古代戦争に巻き込まれていたのだろう。
「ほんでな。ウチが知る限りは、神具持ちの神々や大王との、直接対決まで行ってしもて。閻魔はんは肉体を失って、今の身体になったちゅう話や」」
銀狼がそう言うと、ラングスが俺にもわかりやすい様に説明してくれる。
「お互いが神力を使って、地上の半分を吹き飛ばし、巨大なムー大陸を沈めた。生き残った人間達を導こうと、エデンから降りた神々もいたけど、巻き込まれた人界の民はたまったものではないわね」
「人間界の文明は、異界戦争で一度滅んだ。人類が絶滅して、生命エネルギーであるマンナがなくなれば、一番困るのは異界の古代人達。その時の条約が、今の六界支配構造ってわけだね。美しい話ではないね」
エバも話に加わるが、地獄王達を責めている様にも聞こえる。ただ、その時代のその状況に身を置き、責任のある立場になってみなければ、どっちが悪いとか言えないと思う。
その後も、天界と地獄界の小競り合いは異界を舞台に行われた。自分たちが生きていけるように、十王達は天界の機能をいくつも持ち逃げしたという。
「その一つが、あれじゃよ」
変成王が指さした方向に、樹齢何千年とかありそうな巨大な樹木が見える。遠目に見ても、巨大さが解る。
「あれは?」
ダイキチはゆっくりと近づいていった。皆が巨木を見上げている。段々と輪郭が見えて来ると、俺の全身の毛が逆立つ。
「植物じゃない。この大木は・・・」
エバが吐き気がするのか両手で口を抑えている。ラングスもアーシャも悲鳴をあげる。
「人間。人がこの巨木を形造っているの?」
「生きてる。こっちを見ている・・・」
生きた人間がいくつも重なり、樹木の形を成している。子供から老人まで、高い位置には人間の手のひらが樹木の葉のようにうごめいていた。枝に見える人間の胴体から、果実のように赤ん坊の身体がいくつも垂れ下がっている。俺も吐き気をこらえて、現実を直視する。
「酷い。人造人間ではないぞ!地上の人間を材料にするなんて!」
「天界樹。アタイも噂には聞いていたが、これが畜生道の霊脈だな」
地上の戦場で修羅場をくぐり抜けて来たジェシカや、元々畜生道にいたマルコシアスは冷静だが、他の天界メンバーは、地獄界の爺さんや上位鬼を怒鳴りつけたい心境のようだ。
「これが異界の現実だ。天界から来た女性陣には申し訳ないが、修羅界にも天界にも同じものがある。異界の霊脈とは、生きた人間の生体エネルギーを繋いで作られる」
坦々と、上位鬼のサブナックが言う。信じられないと天女達は言うが、たぶんその通りなのだ。天界でも一部の者しか知らない真実。この巨木だけで、数千の命が利用されている。肉体の朽ちることのない異界で、永遠の苦悩の中を生きる。
「誰かが霊脈を繋いでいる、敵よ!」
ラングスの声で、皆が我に返る。ダイキチの巨体の前に、4枚のドアの形をしたゲートが現れた。
「よくぞここまでたどり着いたな、修羅界の戦士たちよ。我らアスタロト配下の4人が歓迎するぞ」
ゲートの向こう側から、風に乗って声がする。俺たちを誘っているようだ。
「罠だな。どうするジン?」
大剣を両手に、ジェシカが大地へ降り立つ。俺たちも戦闘準備をして、敵の上位鬼が開いたゲートの前へ立つ。
「少々、むかっ腹が立ってきたところだ。乗ってやろうじゃないか」
ゲートの向こう側は、上位鬼以外の軍勢も待機しているかもしれない。別行動は不安だが、ヴィネ、グレモリー、オセ、ザガンの4人を倒し、この巨大な人間樹木を解脱へ導けば、畜生道でのミッションクリアだ。




